薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

司法試験の過去問を見直す18 その9

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。

 今回は選挙訴訟を通じて合理的区別と差別の問題をみていく。

 

12 合理的区別とは_選挙訴訟から

 いわゆる1票の格差」を争点とする選挙訴訟

 最高裁判所公職選挙法に関する初めての法令違憲判決を下して約50年。

 既に長い歴史が経過している。

 

 この点、1票の格差は区別・差別の結果が数値に反映され、その数値に対して合理性の有無が判断される。

 よって、数値と結論の関係から何かが見えてくるかもしれない。

 もちろん、合理性の有無がある数値より上か下かで判断されるわけではないとしても。

 

 まず、一票の格差の訴訟の経緯を見るため、選挙の年・較差・判決の関係を見ていこう。

 なお、データは次のウィキペディアの記事を参照している。

 

ja.wikipedia.org

 

一票の格差の変遷

 グラフで見ると、2010年以前と2010年以降で判断の違いを見出すことができる。

 そして、2010年以前の状況については福田博裁判官(行政官出身)が次のように述べている。

 

平成15年(行ツ)24号選挙無効請求事件

平成16年1月14日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/391/052391_hanrei.pdf

 

(以下、上判決における福田裁判官の追加反対意見から引用、各文毎改行、セッション番号は省略、一部中略、強調は私の手による)

 現実に国会が制定し改正を重ねてきた公職選挙法は,衆参両院双方について,選挙区選挙と比例代表選挙を併用して,両院議員の選挙制度を類似化させるとともに,双方の選挙区選挙において地域的要素を加味ないし維持することにより,投票価値の平等の要請から離れた形の選挙制度を維持し続けており,投票権の平等を実現しようとはしない。

 最高裁判所も,(中略),衆議院議員の選挙区選挙については最大3倍,参議院議員の選挙区選挙においては最大6倍までの較差の存在を合憲とする判断を重ねてきており,(中略)。

(中略)合憲とする多数意見が理由とするところは,立法裁量の範囲内とするもの,地方自治の重要性を強調するもの,選挙訴訟の性質を理由とするものなど様々であるが,いずれも憲法が定める投票権の平等の本質的重要性を理解しないものであり,特に,国会が国権の最高機関で(中略),議員は全国民を代表するもの(中略)である等の憲法の規定に照らせば,全く認めることはできない。

(引用終了)

 

 この判決は9VS6で合憲の判断が下されたが、合憲を支持する9人の側もその根拠で真っ二つに分かれており、それぞれの補足意見において合憲の根拠を述べるという事態になっている。

 また、5人の裁判官で構成された補足意見1は従前の主張を繰り返して国会の広い裁量を肯定したが、この「国会の裁量は平等権に優先する」と述べるが如きこの主張はこの判決を最後に見えなくなることになる。

 

(以下、上記判決の補足意見1からの引用、各文毎改行、セッション番号は省略、一部中略、強調は私の手による)

 憲法は,国会の両議院の議員の選挙について,議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条,47条),どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるのかの決定を国会の広い裁量にゆだねている(中略)。

 それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,やむを得ないものと解すべきである。

(中略)参議院議員選挙制度の仕組みは,憲法が二院制を採用した趣旨から,参議院議員の選出方法を衆議院議員のそれとは異ならせることによって参議院の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとする意図の下に,参議院議員を全国選出議員ないし比例代表選出議員と地方選出議員ないし選挙区選出議員とに分け,後者については,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし,都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができる。

 したがって,公職選挙法が定めた参議院議員選挙制度の仕組みは,国民各自,各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず,(中略)。

 (中略)参議院議員についての選挙制度の仕組みが国会にゆだねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものである以上,(中略)上記の議員定数の定めが憲法14条1項等の規定に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。

 また,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の変動につき,それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は,複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要するものであって,その決定は,種々の社会情勢の変動に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量にゆだねられている

 したがって,(中略),上記のような選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせたこと,あるいは,その後の人口の変動が上記のような不平等状態を生じさせ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する何らの措置も講じないことが,(中略),初めて議員定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。

(引用終了)

 

 そして、現在の主流の発想は次に引用する補足意見2であると考えられる。

 以下に述べられていることは国会の立法裁量に対する違憲審査一般に関する話であり、選挙訴訟自体からは少し離れているとも考えられるが、紹介する。

 

(以下、上記判決の補足意見2からの引用、各文毎改行、セッション番号は省略、一部中略、強調は私の手による)

 一般に,何らかの国家機関がその権限を行使するに当たって裁量権が与えられるということは,いうまでもなく,その権限をほしいままに行使してよいということを意味するわけではなく,法が,そのような裁量権を与えた趣旨に沿った権限行使がなされるのでなければならない

 そして,本件で問題となる立法府の裁量についていえば,何よりもまず,立法府は,選挙制度の在り方について法律によって定めることを憲法上義務付けられているのであり(憲法47条),ここでの裁量権は,専らこの義務を果たすための手段として与えられているものであることを明確に認識する必要がある。(中略)

 ここでの立法裁量権の行使については,憲法の趣旨に反して行使してはならないという消極的制約が課せられているのみならず,憲法裁量権を与えた趣旨に沿って適切に行使されなければならないという義務もまた付随しているものというべきである。(中略)

 立法府には,複雑高度な政策的考慮に基づく判断がゆだねられなければならないからこそ,こういった考慮を適切に行い,与えられた裁量権を十二分に行使して,正に立法府でなければ行えない判断をする責務がある。

 こうして導かれた判断につき,その内容自体が政策上最適のものであったか否かは,違法問題ではなく,司法権の判断の及ぶ限りではないことは,いうまでもない。

 しかしながら,結論に至るまでの裁量権行使の態様が,果たして適正なものであったかどうか,(中略),当然考慮に入れるべき事項を考慮に入れず,又は考慮すべきでない事項を考慮し,又はさほど重要視すべきではない事項に過大の比重を置いた判断がなされてはいないか,といった問題は,立法府憲法によって課せられた裁量権行使の義務を適切に果たしているか否かを問うものとして,法的問題の領域に属し,司法的判断になじむ事項として,違憲審査の対象となり得るし,また,なされるべきものである

(引用終了)

 

 この辺から最高裁判所の意見が変わっていく。

 このことは上の判決の次になされた参議院選挙に関する選挙訴訟の判決文から見ることができる。

 

平成20年(行ツ)209号事件

選挙無効請求事件平成21年9月30日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/014/038014_hanrei.pdf

 

(以下、上記判決から引用、各文毎改行、セッション番号は省略、一部中略、強調は私の手による)

 本件改正の結果によっても残ることとなった上記のような較差は,投票価値の平等という観点からは,なお大きな不平等が存する状態であり,選挙区間における選挙人の投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあるといわざるを得ない。

 ただ,前記2(4)の専門委員会の報告書に表れた意見にもあるとおり,現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振り替える措置によるだけでは,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,これを行おうとすれば,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となることは否定できない。

 このような見直しを行うについては,参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が必要であり,事柄の性質上課題も多く,その検討に相応の時間を要することは認めざるを得ないが,国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることにかんがみると,国会において,速やかに,投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて,適切な検討が行われることが望まれる。

(引用終了)

 

 この後、違憲状態判決が続いくつか続き、ある程度の是正が図られていくことになる。

 そして、現在の最高裁判所のスタンスを見ていくため、最後の違憲状態示した次の判決に登場する千葉勝美裁判官(裁判官出身)の補足意見を見てみる。

 

平成27年(行ツ)267号選挙無効請求事件

平成27年11月25日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/495/085495_hanrei.pdf

 

(以下、千葉裁判官の補足意見から引用、各文毎改行、セッション番号は省略、一部中略、強調は私の手による)

 本件訴訟は,公職選挙法204条が適用される選挙無効訴訟として捉えられており,その無効事由の存否は,選挙区割り決定時ではなく,選挙時において判断されるものであるから,上記1.998倍ではなく,2.129倍の最大較差を憲法上どのように評価するかによって決せられることになる。(中略)

 ところで,昭和51年大法廷判決以降,これまで,当審においては,投票価値の較差の問題について,中選挙区制の時代には,最大較差2.92倍(中略)や同2.82倍(中略)であっても違憲状態とはせず,また,現行の衆議院議員選挙の小選挙区比例代表並立制の下においても,平成19年大法廷判決までは較差が2倍を超えても(中略)これを投票価値の平等の要請に反せず違憲状態とはいえないとする判断を続けてきた。

(中略)平成25年大法廷判決でも,この平成23年大法廷判決の基本姿勢を踏襲した上で,最大較差2.425倍を違憲状態としている。(中略)

 このように,当審は,平成23年大法廷判決を契機として,従前よりも投票価値の較差の評価を厳しく行う姿勢に転じてきているといえよう。(中略)

 憲法は,国民1人1人が選挙を通じて平等に国政に参与し得るという基本的権利の保障として,1人1票を予定していると解される(14条,15条等)。

 このことは,純理論的には,国政の選挙制度において,いわゆる各人の投票価値に差異が生じそれが最大2倍以上となるときには,実質的に他の倍以上の数の選挙権を与えたという評価が生ずることになり,上記の基本的権利の保障との観点からは避けるべき事態であるといえよう(中略)。

(中略)民主主義国家の基本原理である代表民主制は,選挙により選ばれた議員が多数決原理により国の重要政策を決定するものであるところ,(中略)国民各自の自覚的で明確な判断によるべきであるという主権者意識を強く生じさせるようになり,その結果,代表民主制の原理の持つ意味がますます重要性を増してきているといえよう。

 そのような状況において,政治の正統性,あるいは政府・内閣の政策活動の正統性が厳しく問われることとなってきている。(中略)

 もとより,投票価値の較差についての合憲性審査の判断基準は,数値で一義的に示すべきものではなく,他の考慮要素との総合判断であるが,今回,本件の多数意見が,最大較差2.129倍を違憲状態と判断したのは,平成19年大法廷判決がこれよりも大きな最大較差2.171倍を合憲状態とした当時と比べて,投票価値の平等に関する上記のような憲法的状況の変化,特に,政治の正統性への要求が高まってきたことを踏まえての判断であると考える。(中略)

(中略)地方に対する配慮を実現できるような人口比例原則とは異なる理念に基づく選挙区割り策定の原則が必要であるとする見解も見られる。

(中略)ここで問われているのは,そのような人口比例原則に背馳する対応をとることにより生ずる較差の結果が,憲法の許容する程度に収まっているかどうかなのである。

(中略)憲法上,国会議員は,地域の代表ではなく,全国民を代表して行動することが要請されており(43条1項,15条2項),全国民の利益ではなく専ら地方固有の利益の実現を図るための議員活動というものを想定してはいない(中略)。

 以上によれば,人口の少ない地方の実情を国政に届ける地方選出議員の存在が重要であるとしても限度があり,(中略)投票価値の較差の評価において,憲法上の平等の観点から要請される人口比例原則に明らかに反する程度まで許容することの合理性は,説明できないところとなっている。

 多数決原理により制定される我が国の各種政策の正統性に疑義を生じさせる余地は速やかに排除していくべきであろう。

(引用終了)

 

 違憲状態の判断を示した判決の補足意見において最高裁判所裁判官が国会に対してここまで述べるとはいささかあれである。

 まあ、「地域振興の観点から『1人1票よりも地域代表を優先させる』ならば憲法改正が必要になる」ということなのであろう。

 

 

 以上の選挙訴訟を見ていくと、現代における区別と差別のボーダーについて次のようなことが言えそうである。

 第一に、「2倍以上」というのは憲法上の権利の制限が伴うを伴う場合、違憲性を疑わせる事情になる。

「2倍」というメルクマールは選挙訴訟の反対意見において大いに登場していたが、補足意見側に「2倍」というメルクマールが登場するとは感慨深い。

 次に、立法裁量を重視したとしても、3倍を超えると違憲の推定が強くなる。

 

 ちなみに、非嫡出子相続分差別規定違憲決定は2倍の差異について違憲判決が出た。

 2倍でさえ許容しない態度と千葉裁判官の補足意見には一定の共通する背景がありそうである。

 

 

 以上、選挙訴訟についてみてきた。

 次回は、私人間で平等が問題なった判決を2つ見ていきいたい。