薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 21

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

46 外国所在為替取引業者との契約締結の際の確認

 前回は、疑わしい取引の届出等についてみてきた。

 今回は、外国為替(海外送金)に関する特定事業者の義務についてみていく。

 具体的に見ていくのが、犯罪収益移転防止法第9条、10条である。

 

 なお、今回の内容を学習する際には、法令だけではなく次の資料を参考にした。

 

『犯罪収益移転防止法の概要』(令和6年4月1日、JAFIC)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20240401.pdf

 

 

 まずは、犯罪収益移転防止法第9条を見ていく。

 犯罪収益移転防止法第9条は、特定事業者(特に金融機関)がコルレス契約を締結する際の確認義務について定めている

 

 この点、犯罪収益移転防止法第9条について条文にある「カッコによる定義規定」をそのまま書くと見づらくなってしまう。

 そこで、同条の定義内容を抽出しておく。

 

・ 外国所在為替取引業者

 外国に所在して業として為替取引を行う者

・ 外国

 本邦の域外にある国又は地域

・ 取引時確認等相当措置

 犯罪収益移転防止法第4条、第6条、第7条、第8条の規定による措置(取引時確認等、確認記録の作成義務等、取引記録等の作成義務等、疑わしい取引の届出等)に相当する措置

・ 監督を受けている状態

 犯罪収益移転防止法第15条から第18条までに規定する行政庁の職務(報告、立ち入検査、指導等、是正命令)に相当する職務を行う当該所在する国又は当該外国の機関の適切な監督を受けている状態

・ コルレス契約(定義規定があるわけではないが補足のため記載)

 為替取引を継続的に又は反復して行うことを内容とする契約

 

 

 その上で、犯罪収益移転防止法第9条に定める確認義務の内容についてみていく。

 つまり、金融機関等の特定事業者が外国所在為替取引業者との間でコルレス契約を締結する場合、取引相手の外国所在為替取引業者について次の点を確認しなければならない

 確認内容を見ていくと次の通りとなる。

 

・ 取引相手の外国所在為替取引業者が、取引時確認等相当措置を的確に行うために必要な営業所等の施設が存在すること

・ 取引相手の外国所在為替取引業者に取引時確認等相当措置の実施を統括管理する者がいること

・ 取引相手の外国所在為替取引業者が、取引時確認等相当措置の実施に関し監督を受けている状態にあること

(以下、犯罪収益移転防止法第9条第1号、犯罪収益移転防止法施行規則第29条第1号)

・ 取引相手の外国所在為替取引業者が、業として為替取引を行う者であって監督を受けている状態にないもの(シェルバンク)との間でコルレス契約を締結していないこと

(以下、犯罪収益移転防止法第9条第2号)

 

 取引時確認等相当措置を行う施設があることを確認する、統括管理者が存在するということは、当然、取引時確認等相当措置を実施していなければならないことになる。

 このような形で取引時確認等相当措置の実施を確認する、ということなのだろう。

 

 それから、外国所在為替取引業者が金融庁に準じる国家機関からの監督を受けていること、そのような監督を受けていないシェルバンクとコルレス締結を締結していないことの確認もマネロン・テロ資金供与対策から見れば重要になる。

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法施行規則第28条は、コルレス契約を締結する前の確認事項の確認方法について次のように定めている。

 

・外国所在為替取引業者から申告を受ける方法

・外国所在為替取引業者がインターネットに公開している情報を閲覧すること

金融庁に相当する外国機関がインターネットに公開している外国所在為替取引業者に関する情報を閲覧すること

 

 確認のための情報の入手方法について規則に定めるというのはあれなのだが、「法令上の手続によって確認する義務がある」ということなのかもしれない。

 

47 外国為替取引に係る通知義務

 犯罪収益移転防止法第9条は、コルレス契約、つまり、外国為替取引を開始する際の確認義務について定めていた。

 犯罪収益移転防止法第10条は外国為替取引における通知義務について定めている

 

 

 まず、犯罪収益移転防止法第10条第1項を見てみる。

 

(以下、犯罪収益移転防止法第10条第1項を引用、カッコ書きの中などは省略、強調と改行は私の手による)

 特定事業者は、

  顧客と本邦から外国へ向けた支払に係る為替取引を行う場合において、

    当該支払を他の特定事業者又は外国所在為替取引業者に委託するときは、

     当該顧客及び当該顧客の支払の相手方に係る本人特定事項その他の事項で主務省令で定めるものを通知して行わなければならない。

(引用終了)

 

 ざっくり見るならば、外国に向けた海外送金行う場合で他の特定事業者に支払を委託する場合、送金を受け付けた特定事業者は委託先に対して一定の事項の通知することが必要になる、ということになる。

 以下、犯罪収益移転防止法施行令、犯罪収益移転防止法施行規則を見ながら、「支払に係る為替取引」の範囲と「委託先への通知事項」についてみてみる。

 

 

 まず、「支払に係る為替取引」に含まれないものを確認する。

 犯罪収益移転防止法施行令第17条と犯罪収益移転防止法施行規則第30条によると、海外送金の範囲には、次のものが除かれているらしい。

 

・小切手、手形の振出し、通常為替、払込為替、払出為替

 

 ざっくり見ると、手形、小切手による送金がこの通知義務から除外される、といったところであろうか。

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法施行規則第31条第1項から「委託先への通知事項」を確認する。

 ざっくり述べれば「送金元の顧客等及び送金先の名義人の情報」となるが、細かく見ていくと次のようになる。

 

・顧客等(送金元)が自然人や代表者・管理者の定めがない人格なき社団・財団の場合

1、顧客等及び代理人氏名

2、顧客等及び代理人住居又は本人確認書類に関する情報若しくは顧客識別番号

(顧客と支払に係る為替取引を行う特定事業者が管理している当該顧客を特定するに足りる記号番号)

3、送金について預金又は貯金口座を用いる場合は口座番号

4、送金について預金又は貯金口座を用いない場合は取引参照番号

(顧客と支払に係る為替取引を行う特定事業者が当該取引を特定するに足りる記号番号)

 

・顧客等(送金元)が法人(代表者の定めある人格なき社団・財団含む)の場合

1、法人の名称

2、本店等(本店若しくは主たる事務所)の所在地又は顧客識別番号

3、送金について預金又は貯金口座を用いる場合は口座番号

4、送金について預金又は貯金口座を用いない場合は取引参照番号

 

・送金先(顧客の支払いの相手方)

1、送金先の氏名又は名称

2、送金について預金又は貯金口座を用いる場合は口座番号

3、送金について預金又は貯金口座を用いない場合は取引参照番号

 

 ざっくとまとめれば、送金元の名義、住所等、口座番号又は取引参照番号、送金先の名義、口座番号又は取引参照番号となりそうである。

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法第10条第2項によると、海外送金についてとある特定事業者から委託・再委託を受けた特定事業者がさらに別の特定事業者に委託する場合、委託元から通知を受けた「委託先への通知事項」について委託先に通知しなければならない

 まあ、間をとりもった特定事業者が通知しなければそこで情報がストップしてしまう。

 このことを考えれば当然といえる。

 

 さらに、犯罪収益移転防止法第10条第3項は、海外から送金先に指定された特定事業者がさらに海外に送金する場合で、かつ、海外への送金を別の特定事業者に委託する場合の通知義務に関する規定である。

 つまり、ここで間に立った特定事業者は送金先に指定された海外の金融機関等から一定の通知を受けているところ、自分たちが行う海外送金を他の特定事業者に委託する場合、送金元と送金先の情報といった「犯罪収益移転防止法施行規則第31条第1項に記載されている委託先への通知事項」を委託先に通知しなければならない。

 そして、犯罪収益移転防止法第10条第4項は、犯罪収益移転防止法第10条第3項によって委託・再委託を受けた特定事業者が別の特定事業者に再委託等する場合は「委託先への通知事項」を委託先に通知しなければならないことになる。

 

 いずれにせよ、「海外送金を委託・再委託する際には、『送金元の名称(氏名)・所在地(住所)と口座番号又は取引関連情報、送金先の名称(氏名)と口座番号又は取引関連情報』を委託先に通知する必要がある」ということなのだろう。

 送金窓口となった特定事業者は調査することにより、委託を受けた特定事業者は通知された事項をさらに通知することで。

 

 

 以上、コルレス契約や外国送金の通知義務についてみてきた。

 次回は、犯罪収益移転防止法第11条についてみていく。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 20

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

43 疑わしい取引の届出方法

 前回は、疑わしい取引に該当するかの判断についてみてきた。

 今回は、疑わしい取引の届出方法についてみていく。

 

 

 まず、最初に届出先を確認する

 この点、犯罪収益移転防止法第8条第1項には「行政庁」としか書かれていない。

 しかし、犯罪収益移転防止法第22条第1項第1号によると概ねの金融機関にとっての行政庁は「内閣総理大臣となっており、犯罪収益移転防止法第22条第5項によると内閣総理大臣の権限は金融庁長官へ委任されている

 したがって、普通の金融機関であれば届出先は金融庁長官ということになる

 

 

 次に、届出方法についてみてみる

 この点、犯罪収益移転防止法施行令第16条第1項に届出の方法等について定められているが、具体的な方法は犯罪収益移転防止法施行規則第25条に定められているため、それも見る必要がある。

 

 まず、犯罪収益移転防止法施行規則第25条第1項によると、疑わしい取引の届出の際の書式は、犯罪収益移転防止法施行規則の別記書式第1号から第3号によるところ、e-Govにはこの書式がpdfファイルとして置かれている。

 また、犯罪収益移転防止法施行規則第25条第2項によると、別記書式第1号から第3号の代わりに電磁的記録媒体及び別記様式第4号の電磁的記録媒体提出票を提出することによって行うこともできるらしい。

 紙だのUSBだのを一々決める必要があるのか、と考えないではないが、疑わしい取引の届出は義務である以上、違反の有無をある程度明確にしなければならない。

 このように考えれば、こういう規定も必要なのだろう。

 

 

 さらに、届出内容についてみてみる。

 犯罪収益移転防止法施行令第16条第2項によると、届出の内容・記載事項は次の通りとなっている。

 

・ 疑わしい取引の届出を行う特定事業者の名称及び所在地

・ 対象取引(疑わしい取引の届出の対象となる取引)が発生した年月日及び場所

・ 対象取引が発生した業務の内容

・ 対象取引に係る財産の内容

・ 特定事業者において知り得た対象取引に係る取引時確認の内容

・ 疑わしい取引の届出を行う理由

(以上、犯罪収益移転防止法施行令第16条2項第1号から第6号まで)

 

 まあ、ありきたりの内容である。

 

44 疑わしい取引における補足事項

 次に、疑わしい取引に関する補足事項を見ていく。

 まずは条文に記載されいている補足事項から。

 

 

 まず、内報の禁止から

 犯罪収益移転防止法第8条第4項によると、特定事業者及びその役職員は、疑わしい取引の届出の実施したこと、または、実施を予定していることについて、顧客等や顧客等の関係者に漏らしてはならない

 そりゃ当然である。

 

 この点、届出の有無を判断するために調査することそれ自体に問題はないだろう。

 もっとも、「疑わしい取引の届出の有無について判断するための調査です」と正直に調査目的を告げることは論外であるとしても

 

 

 あと、犯罪収益移転防止法第8条第5項、6項は、行政庁が疑わしい取引を受理した後の通知等について定めている。

 つまり、都道府県知事又は都道府県公安委員会が疑わしい取引の届出を受理した場合、速やかに届出に関する事項を主務大臣に通知することになる。

 また、都道府県知事又は都道府県公安委員会を除く行政庁や国家公安委員会以外の主務大臣が疑わしい取引を受理した場合、または、通知があった場合、速やかに届出・通知に関する事項を国家公安委員会に通知することになる。

 、、、なんか、届出先を国家公安委員会に集中させればいいではないか、と考えないではないが。

 

 それから、このような通知に関する事項が法律で書かれているのは意外であった。

 内部事項だから政令・規則でもいいのではないか、と考えなくもないのだが。

 これは法律による行政の影響なのかもしれない。

 

 

 それから、「犯罪収益移転防止法の概要」に記載のある注意事項についても確認しておく。

 

「犯罪収益移転防止法の概要」(令和6年4月1日、JAFIC)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20240401.pdf

 

 まず、疑わしい取引は契約が締結されなかった場合でも届出を実施する必要がある

 また、取引原資が犯罪収益等の疑いがある場合、その犯罪の特定は不要である点にも注意が必要である

 逆に言えば、財産の背後に犯罪が伺われるのであれば、犯罪収益等における「犯罪」に該当しないことが明らかな場合(例えば、名誉棄損罪等の微罪)を除いて届出義務があると考えればいいのだろうか。

 

45 疑わしい取引の参考事例

 以上、疑わしい取引の届出についてみてきた。

 なお、この疑わしい取引については、「疑わしい取引の参考事例」なるものがウェブ等にある。

 

www.fsa.go.jp

 

 この参考事例には冒頭でこのようなことが書かれている。

 

(以下、上記サイトから引用、改行・強調は私の手による)

 以下の事例は、金融機関等が「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条第1項に規定する疑わしい取引の届出義務を履行するに当たり、

  疑わしい取引に該当する可能性のある取引として特に注意を払うべき取引の類型を例示したものであり、

  個別具体的な取引が疑わしい取引に該当するか否かについては、

  金融機関等において、顧客の属性、取引時の状況その他保有している当該取引に係る具体的な情報を最新の内容に保ちながら総合的に勘案して判断する必要がある

 したがって、これらの事例は、金融機関等が日常の取引の過程で疑わしい取引を発見又は抽出する際の参考となるものであるが、

  これらの事例に形式的に合致するものがすべて疑わしい取引に該当するものではない一方

  これに該当しない取引であっても、金融機関等が疑わしい取引に該当すると判断したものは届出の対象となることに注意を要する。

(引用終了)

 

 この点、この参考事例に該当しなくても疑わしい取引に該当するものがあることは当然である

 時代の変化に沿って犯罪収益を洗浄・隠匿する手段はいくらでも発明されるであろうから。

 

 しかし、「この参考事例に形式的に合致するものがすべて疑わしい取引に該当するものではない」とはどういうことであろう。

 確かに、「犯罪において構成要件に該当するが、違法性阻却事由や責任阻却事由があるため犯罪が成立しない」ということは普通にある話であり、それと同じことなのかもしれない。

 しかし、そういう趣旨であれば、「形式的に合致するとしても、個々の取引対する追加調査の結果、または、リスク分析の結果、合理的な理由・相当な事情による場合は疑わしい取引に該当しない」とストレートに書いてしまえばいいような気もするのだが・・・。

 疑わしい取引の届出は義務なのだから

 

 

 以上、疑わしい取引についてみてきた。

 次回は、犯罪収益移転防止法第9条と第10条についてみていく。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 19

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

41 疑わしい取引の届出等

 この点、犯罪収益移転防止法第1条は犯罪収益の移転を防止する手段として次の3点を明示している。

 

・ 特定事業者による顧客等の本人特定事項等の確認(取引時確認)

・ 取引記録等の保存

・ 疑わしい取引の届出等

 

 ここまでで見てきたのが、取引時確認(の実施と確認)と取引記録等の保存

 今回は、疑わしい取引の届出等についてみていく。

 

 なお、このブログは私の学習メモであって、犯罪収益移転防止法の解説記事でもレポートでもないので、私の関心のない部分や必要のない部分が省略されるのはこれまでと同様である。

 また、私の関心を持った方向に脱線することもあり、ここで記載していることが必ずしもマネロン・テロ資金供与対策のために有用であることを保証するわけでもないので、その点も注意を。

 

 

 まず、疑わしい取引について定めているのは犯罪収益移転防止法第8条であるから、この条文を見ていく

 そして、犯罪収益移転防止法第8条第1項には次のことが書かれてある(犯罪収益移転防止法第8条第2項は一部の士業者を対象としているためここではスルー、以下同じ)。

 

(以下、犯罪収益移転防止法第8条第1項を引用、カッコ書きの部分等一部は省略、改行と強調は私の手による)

 特定事業者(中略)は、

  特定業務に係る取引について、

   当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあるかどうか

    又は

   顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがあるかどうか

    を判断し、

   これらの疑いがあると認められる場合においては、速やかに、

    政令で定めるところにより、

    政令で定める事項を行政庁に届け出なければならない

(引用終了)

 

 これまでの私はこの条文をざっとしか見ていなかった。

 ただ、今回ブログの記事を書くにあたってちゃんと条文を見て、結構驚いた

 

 

 この点、犯罪収益移転防止法第8条第1項には特定事業者(一部除く)に対して2つの義務が定められている。

 

1 特定事業者の特定業務に関する「総ての取引」において2点を判断する義務

 ① 取引で収受される財産が犯罪による収益である疑いの有無

 ② 顧客等がマネロン罪(組織的犯罪処罰法第10条、麻薬特例法第6条)に当たる行為を行っている疑いの有無

2 疑いがあると認められる場合の行政庁への疑わしい取引の届出義務

 

 この点、私がこの文章を書くまでこの条文に届出義務が記載されていることを知っていた。

 そして、届出に際して届出に至る判断が必要であることも。

 しかし、特定業務に関する総ての取引に対して判断する義務まで明示しているとは考えていなかった

 

 そして、理系的な頭でこの条文を見ると、「総ての取引に対して『疑いがあると判断して届出を行う』か『疑いすらないと判断した上でスルーする』のいずれかを行う義務がある」と読める。

 では、金融機関などの特定事業者は総ての取引において上の二択の「判断」しているのだろうか

 やっている場合、その「判断」方法は?

 

 

 この点、「法律上書いてあることだから当然『判断している』に決まっているではないか」というかもしれない。

 もちろん、「判断している」という結論部分には私も異論がない。

 そこで、私がこのような疑問を持つに至った金融機関の取引量の膨大さを確認する。

 

 次の資料によると、令和5年の金融機関による「疑わしい取引」の届出件数は約50万件となっている。

 

犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和5年度)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/data/jafic_2023.pdf

 

 これに対して、内国為替の年間取引件数は約19億件、年間取引総額は約3300兆円である。

 また、外国為替の年間取引件数は約700万件と少ないが、年間取引総額は約5300兆円であって、その規模は内国為替と同程度である。

 さらに、日本には預貯金口座が約7億8千万口あり、1口座あたりの入出金取引は年間約10件を超えると推測できるから(実際はもっと多いだろう)、金融機関の年間取引件数は最低でも50億件を超えるだろうし、場合によっては100億件を超えていても不思議ではない

 以上の情報は次の資料による。

 

犯罪収益移転危険度調査書(令和5年12月、JAFIC)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/risk/risk051207.pdf

 

 このことから、ざっくり見るならば1件の「『疑わしい取引』と判断した上での届出」の背後に約1000件レベルの「『疑いがない』判断した上でスルー」がある

 

 例えば、窓口の取引であれば、相対した職員が直接判断したと言えるだろう。

 また、相対した職員から見て不審な点があっため追加調査した結果、疑わしい点がないと判断できたものもあろう。

 

 これに対して、ATMにおける入出金(及び内国為替)についてはどうか。

 この点、上記資料によると、主要金融機関の店舗数は約3万7000、ATM設置台数が約8万8千台である。

 この点を考慮すれば(しなくても実感として)、ATM取引というのは例外的なものではない

 というのも、上にリンクがある『犯罪収益移転危険度調査書』(令和5年12月、国家公安委員会)では、ATM取引が持つ「非対面取引」・「現金取引」という取引態様について「マネロン等リスクの高い」として評価しているからである。

 

 そして、事後的であれ具体的に不審な点があれば、追加調査を実施して疑わしい取引に該当すると判断して届出を実施する、疑わしい点がないと判断してスルーするといったことはある。

 しかし、これらが少数であるということは言うまでもない。

 とすれは、ATM取引において異常検知されなかった大多数の取引について、窓口での取引のように金融機関の職員が具体的な取引内容を確認して『疑いがないと判断した』と考えるのは現実的ではないだろう。

 

 そこで、このようなATMおける日常的な取引においてどのような過程を経て「判断した」ことになるのか。

 以下、「疑わしい取引」の該当性について掘り下げながら確認する。

 ヒントになるのが、犯罪収益移転防止法第8条第3項と犯罪収益移転防止法施行規則第26条、27条である。

 

42 疑わしい取引か否かの判断

 まず、犯罪収益移転防止法第8条第3項は次のように規定されている。

 なお、そのまま眺めていてもわかりにくいため、改行・強調等を施した。

 

(以下、犯罪収益移転防止法第8条第3項を引用、カッコ書きの部分等一部は省略、改行と強調は私の手による)

 前二項の規定による判断は、

  第一項の取引

   又は前項の特定受任行為の代理等(中略)に係る取引時確認の結果、

   当該取引等の態様

   その他の事情

   及び第三条第三項に規定する犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案し

  かつ、主務省令で定める項目に従って

  当該取引等に疑わしい点があるかどうかを確認する方法

   その他の主務省令で定める方法により行わなければならない。

(終了)

 

 この条文は、疑わしい取引を判断する際の内容、項目、方法について定められている。

 まず、判断の際に利用すべき内容(事実と評価)は次のとおりである。

 

・ 前提となる取引時確認の内容

・ 当該取引等の態様その他の内容

・ 犯罪収益移転危険度調査書の内容

 

 まあ、普通のことが書いている。

 

 次に、どういう項目に着目するのかについては犯罪収益移転防止法施行規則第26条1号によって次のように規定されている(例によって金融機関に関係ない第2号等の部分は省略)。

 以下、この3つの項目を「判断項目」と書くことにする

 

・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等と同様の属性を持つ顧客等との間で通常行われる取引内容との比較

・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等がこれまで行ってきた取引内容との比較

・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等に関して金融機関が持っている取引時確認記録や顧客に関する情報との整合性

 

 最後に、疑わしい取引を判断する方法について犯罪収益移転防止法施行規則第27条第1項第1号は次のように規定している(ここも第2号の部分は省略)。

 その内容をまとめてしまうと次のようになる。

 

・ 単発の取引、継続的取引関係を開始する際の取引(現金送金、口座開設等)

 判断項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法

・ 取引時確認の確認記録、取引記録を作成、保存している顧客との取引

 取引時確認の確認記録、その顧客との取引記録、その他の情報を精査した上で、判断項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法

・ ハイリスク取引(犯罪収益移転防止法第4条第2項)、疑わしい取引、同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引(犯罪収益移転防止法施行令第7条第1項)その他犯罪収益移転危険度調査書等を考慮した結果これらの取引に準じる取引

 取引時確認の確認記録、その顧客との取引記録、その他の情報を精査するだけではなく、顧客等又は代表者等に対する質問及び必要な調査を行った上で、統括管理者およびこれに準じる者によって疑わしい点があるかどうかを確認させる方法

 

 ざっくりと書いてしまえば、不審な点のない通常の取引の場合、取引時確認の確認記録、取引記録等の情報を用いて判断項目に従って判断すればよい一方、ハイリスク取引、疑わしい取引、同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引等の場合、追加調査を調査を行って統括管理者等(犯罪収益移転防止法第11条第3号)の承認を得るという方法によらなければならない。

 ざっくりとみてしまえば、まあ常識的な手法である。

 

 以上、疑わしい取引の判断過程を確認した。

 以下、預金口座を持っている人の日常的なATM取引がどのような過程を経て「疑わしい取引ではないと判断されるのか」をみていく。

 

 

 具体例として、私がキャッシュカードと通帳を利用して、また、暗証番号入力において1回もミスすることなく、金融機関のATMから7万円を出金したとする

 この点、出金目的は生活において利用する現金の取得にあること、預貯金口座にあった原資は私の給料等であるところ、金融機関にはそのようなことを伝えていない。

 また、取引時確認等において私は金融機関に対して職業は従業員であり、取引目的は生活費決済と貯蓄であると告げており、さらに、「反社でないことの誓約」も行っているものとする。

 

 このようなATM取引は頻繁に見かけることであろう。

 当然だが、この取引は「特定事業者たる金融機関の特定業務に係る取引」と言える。

 そして、これまた当然だが、私自身、このレベルの取引は何度も行っているが、これに対して金融機関から何かを質問されたことは一度もない。

 とすれば、相手方金融機関は「①原資が犯罪収益等である疑いがないこと」、マネロン罪に該当しないこと、つまり、「②なりすまし(取引名義の仮装)の疑いがないこと」、「③取引内容につき事実の仮装の疑いがないこと」旨判断したことになる。

 では、それはどうやって判断されたのだろうか?

 

 この点、②なりすまし(取引名義の仮装)の疑いがないことは、確認済顧客との取引における確認措置の実施(とその段階で不審な点がないこと)から判断できるだろう。

 もちろん、取引時確認(と確認記録の保存)やいわゆる「当該取引時確認をした事項に係る情報を最新の内容に保つための措置」(犯罪収益移転防止法第11条柱書前段、詳細は後述)、いわゆる継続的顧客管理が重要であること、不審な点があれば追加調査が必要であることは当然であるとしても。

 

 では、③取引内容に関する事実の仮装の疑いがないことについてはどうか。

 取引時確認において顧客等は、取引目的と職業、事業の内容については申告している。

 とすれば、取引内容を判断項目に従って判断すれば、「今回の取引は、(類型的に見て)一定の職業、一定の取引目的を有する顧客が通常行う取引の範囲あり、かつ、その顧客等がこれまで行ってきた取引と同様の取引の範囲内である」と言えそうである。

 その結果、「取引内容に関する事実の仮装の疑いがない」と判断できそうである。

 

 最後に、①原資が犯罪収益等でないことの疑いがないことはどう考えるのか。

 これは、「反社ではない旨の誓約書を差し出し、かつ、その顧客等について不審な情報(逮捕情報等)が入ってこない顧客等の所有する財産には『犯罪収益等』が含まれる疑いはない」と考えるのではないか。

 それゆえ、犯罪収益等の点についても疑いがないと判断できるのではないか。

 

 以上のプロセスを経ることで、日常的に行われる大多数の取引に関する疑わしい取引ではない旨の判断が実施されているうように見える。

 また、このように見ることで、「①取引時確認及び継続的顧客管理における申告内容に虚偽や乖離がないこと、②具体的な取引内容がその顧客等の属性と同等の属性を有する者が行うであろう取引の範囲に含まれ、③その顧客等がこれまで行ってきた取引とも大きく乖離していない場合、(なりすまし、虚偽申告、犯罪収益の観点から見て)疑わしい点はない」という判断プロセスが見えてくる。

 大多数の取引は概ねこのようなプロセスによって「疑わしい点はない」と判断することになるのだろう。

 

 

 以上、疑わしい取引の判断方法についてみてきた。

 こうやって見ると、法律や施行令、施行規則を見るだけでも輪郭がある程度見えてくるのだなあ。

 もちろん、いきなり条文を見ても混乱するだけであるのは間違いないとしても。

 

 次回は、疑わしい取引の届出方法等についてみていく。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 18

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

39 本人確認書類等を取引時確認記録に保存する際の注意事項

 前回は取引時確認の確認記録についてみてきた。

 ただ、次の解説によると、本人確認書類を確認記録に添付する場合には注意事項があるらしい

 そこで、その内容を確認しておく。

 

『犯罪収益移転防止法の概要』(2024年4月1日分、JAFIC)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20240401.pdf

 

 まず、マイナンバーカードを本人確認書類として用いられた場合、「本人確認書類を特定するに足りる事項」として「マイナンバー」を記載してはならず、発行者や有効期間等を記載することになる。

 また、国民年金手帳が本人確認書類として用いられた場合、「本人確認書類を特定するに足りる事項」として「基礎年金番号」を記載してはならず、交付年月日等の国民年金手帳に記載されている事項を記載することになる。

 さらに、各種健康保険証等が本人確認書類として用いられた場合、「本人確認書類を特定するに足りる事項」として「被保険者記号・番号」を記載してはならず、保険証の名称、発行主体及び交付年月日等を記録することになる。

 

 このように、マイナンバー、基礎年金番号、被保険者記号・番号等といったものは確認記録に記載してはならない

 また、本人確認書類の写しを受け取った際、あるいは、コピーを取らせてもらった際、これらの情報はマスキングをして見えなくした上でで保存しなければならない

 

 これらのことは、犯罪収益移転防止法等に記載されているわけではないが、個人情報保護、特定個人情報保護の観点からそれなりに重要なことなので確認しておく。

 

40 取引記録の作成・保存

 この点、犯罪収益移転防止法第1条は犯罪収益の移転を防止する手段として次の3点を明示している。

 

・ 特定事業者による顧客等の本人特定事項等の確認(取引時確認)

・ 取引記録等の保存

・ 疑わしい取引の届出等の措置

 

 そして、これまで見てきたものが一つ目の「取引時確認」であった。

 今回は、二つ目の取引記録等の保存についてみていく。

 

 この取引記録等は財産の移転状況を記録するものであり、いわゆる「お金に色をつける」作業になる。

 そう考えることで、犯罪収益の没収等の観点から見て重要な役割を果たすことがわかる。

 

 以下、法令を具体的に見ていくわけだが、注意事項を

 このブログは私の学習メモであって、犯収法のレポート・解説ではない。

 よって、私に関係のない部分、かつ、興味のない部分については言及しない予定なので、そのつもりで。

 

 

 では、具体的な法令について確認する。

 まず、犯罪収益移転防止法第7条第1項、2項は、特定事業者の特定業務に関する取引記録の作成義務を規定している(第2項はいわゆる士業に関する規定)。

 ここで重要なのは、作成義務のある取引記録は特定取引に限定されない、ということだろうか。

 また、犯罪収益移転防止法第7条第3項は、7年間の保存義務を規定している。

 7年間というのは取引時確認の確認記録と同様である。

 

 以上が、取引記録等に関する犯罪収益移転防止法の規定内容であるが、これだけではよく分からない。

 そこで、次に犯罪収益移転防止法施行令についてみていく。

 

 

 まず、犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項は士業者以外の特定事業者における取引記録等の作成義務が免れるいわゆる「少額の取引その他の政令で定める取引」が規定されている。

 また、犯罪収益移転防止法施行令第15条第2項は士業者における取引記録等の作成義務が免れる取引について規定されている。

 ここでは、犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項で定めている取引記録の作成義務のない取引について確認する。

 ここで列挙されている取引は次のとおりである(金融機関以外の特定事業者を対象としている事項はここでは列挙しない)。

 

・ 財産移転を伴わない取引

(犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項第1号)

・ 一万円以下の財産の財産移転に係る取引

(犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項第2号)

・ 二百万円以下の本邦通貨間の両替、本邦通貨と外国通貨の両替、旅行小切手の販売、買取り

(犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項第3号イ)

・ 自動預払機その他これに準ずる機械を通じてされる顧客等と他の特定事業者との間の取引(為替取引のために当該他の特定事業者が行う現金の支払を伴わない預金又は貯金の払戻しを除く。)

・ 保険契約又は共済に係る契約に基づき一定金額の保険料又は共済掛金を定期的に収受する取引

・ 当せん金付証票又はスポーツ振興投票券の販売及び当該当せん金付証票に係る当せん金品又は当該スポーツ振興投票券に係る払戻金であって二百万円以下のものの交付

(犯罪収益移転防止法施行令第15条第1項第4号、犯罪収益移転防止法施行規則第22条第1項各号)

 

 取引記録等が不要なものをざっとまとめると、次のような感じになるだろうか。

 

・ 残高照会、通帳の繰り越し・再発行等

・ 1万円以下の財産移転にかかる取引

・ 200万円以下の両替、外貨両替、旅行小切手の売買

・ 自社のATMを利用しているが他の金融機関との間で行われる入出金取引

(ただし、為替取引のみの場合は除く)

・ 保険料又は共済掛金の定期的支払

・ 宝くじやサッカーくじ等の販売と払戻金で200万円以下のもの

 

 以上が、作成義務のある取引の具体的内容である。

 このように見ていくと、ほとんどの取引について作成義務があると言ってよいことになる。

 

 

 次に、取引記録等の作成方法についてみてみる。

 まず、犯罪収益移転防止法施行規則第23条1項によると、取引記録等は文章、電磁的記録、マイクロフィルムという媒体を利用して作成しなければならないらしい

 この辺は、取引時確認の確認記録と同様である。

 

 では、その取引記録等には何を記載しなければならないか。

 犯罪収益移転防止法第23条第2項に取引記録等に記録すべき内容が規定されている

 以下、列挙していく(金融機関に関するものに限る、電子決済手段等取引業者や暗号資産交換業者に関する部分は除く)。

 

・ 口座番号等(口座番号その他の顧客等の確認記録を検索するための事項)

 なお、確認記録がない場合は氏名等(氏名その他の顧客等又は取引若しくは特定受任行為の代理等を特定するに足りる事項)

・ 取引又は特定受任行為の代理等の日付

・ 取引又は特定受任行為の代理等の種類

・ 取引又は特定受任行為の代理等に係る財産の価額

・ 財産移転を伴う取引又は特定受任行為の代理等の場合におけるその財産の移転元と移転先の名義等(名義その他の当該財産移転に係る移転元又は移転先を特定するに足りる事項)

 なお、特定事業者たる自分たちが行う取引又は特定受任行為の代理等が当該財産移転に係る取引、行為又は手続の一部分である場合は、それを行った際に知り得た限度において最初の移転元又は最後の移転先

(犯罪収益移転防止法第23条第2項第1号から第5号)

 

 ここまでは、「取引を実施する顧客等の情報又は顧客の取引時確認記録へアクセスするための番号、取引の実施日、種類、財産の価格、財産の移転が伴う場合の移転元と移転先の名義等」となる。

 これは、取引内容それ自体といってもよい。

 

 

 なお、一定の国内の為替取引の場合、取引記録等に記載すべき内容がある。

 以下、犯罪収益移転防止法施行規則第22条第2項第6号を確認する。

 

 まず、犯罪収益移転防止法施行規則第22条第2項第6号は、国内為替取引に関して次の2条件を満たす場合に取引確認記録への記載が求められている。

 

・ 顧客等との間で行う為替取引によって、特定事業者たる金融機関間の資金決済を伴うものであること

・ 当該取引に係る情報の授受が電磁的方法により行われること

 

 この2条件を満たした場合、送金元(支払元)の金融機関と送金先(支払先)の金融機関は次の事項を取引記録等に加えなければならないことになる。

 

 まず、送金元の金融機関は、送金先の金融機関から送金元の顧客と送金先の顧客に関する情報を求められた場合に三営業日中に次の情報を得るために必要な事項を記録しなければならない。

・ 送金取引を特定するための事項

・ 送金元の顧客の確認記録を検索するための情報

(確認記録がない場合は、送金元の顧客の氏名等の顧客に関する事項を特定するための情報)

・ 送金先の相手方の氏名等の相手方に関する事項を特定するための情報

 

 また、送金先の金融機関は、本件送金取引に関する情報を検索するための情報を記録する必要がある。

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法施行規則第22条第2項第7号から外国への為替取引の場合に取引記録等に記載すべき内容をみてみる。

 

・ 特定金融機関が法第十条第一項の規定により他の特定金融機関又は外国所在為替取引業者に通知する場合は、当該通知をした事項

・ 特定金融機関が外国所在為替取引業者から法第十条の規定に相当する外国の法令の規定による通知を受けて外国から本邦へ向けた支払の委託又は再委託を受けた場合であって、当該支払を他の特定金融機関又は外国所在為替取引業者に再委託しない場合は、当該通知を受けた事項

・ 特定金融機関が他の特定金融機関から法第十条第三項又は第四項の規定による通知を受けて外国から本邦へ向けた支払の委託又は再委託を受けた場合であって、当該支払を他の特定金融機関又は外国所在為替取引業者に再委託しない場合は、当該通知を受けた事項

 

 要は、通知した内容、通知を受けた内容を取引記録などに記載する必要がある、といった感じであろうか。

 

 

 以上、取引記録などの作成・保存について確認した。

 次回は、疑わしい取引の届出についてみていく。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 17

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

38 取引時確認の確認記録の作成・保存

 前回まで取引時確認に内容・手段についてみてきた。

 今回は、取引時確認の確認記録の作成・保存についてみていく。

 

 この点、特定事業者が取引時確認を実施したところで、その記録がなければ犯罪収益の追跡、確保(没収)は事実上不可能になる。

 また、取引時確認の確認記録がなければ確認した内容が分からず、確認済顧客等に対する確認措置が実施できないから、取引時確認もやり直さなければならない。

 これでは事務処理上の停滞を招きかねない。

 このように考えると、取引時確認の実施と確認記録の作成・保存はセットであると言える。

 

 

 以下、取引時確認の確認記録に関する法令を具体的な規定を見ていく。

 まず、犯罪収益移転防止法第6条は、第1項で特定事業者の取引時確認を実施した際の確認記録の作成義務を、第2項で確認記録に関する7年間の保存義務を定めている。

 しかし、確認記録の作成方法、確認記録の内容、保存期間の起算点等に関する細かいことは犯罪収益移転防止法施行規則が規定しているため、犯罪収益移転防止法施行規則を見ていくことにする。

 

 

 まず、犯罪収益移転防止法施行規則第19条は確認記録の作成方法(媒体)について規定している。

 つまり、犯罪収益移転防止法施行規則第19条第1項第1号によると、確認記録は文章、電磁的記録、マイクロフィルムによって作成する必要があるらしい。

 こういう記録媒体についてもちゃんと規定する必要があるのだろう。

 例えば、「確認記録を読み上げた音源が取引記録である」などとなっては大変だろうし。

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法施行規則第19条第1項第2号柱書よると、確認記録に本人確認書類や補完記録の原本、または、写しを添付することができるらしい。

 そして、犯罪収益移転防止法施行規則第19条第2項によると、添付した資料は確認記録の一部になるらしい。

 

 では、どんな資料が添付資料になるのか。

 この点、添付資料となりうるものは本人特定事項の確認方法によるが、本人特定事項の確認の際に得られた資料の原本、写し、または、情報ということになる。

 以下、条文に規定されている具体例として次のものが挙げられている。

 

・ 本人特定事項の確認のために送付を受けた「本人確認書類の原本、または、写し」

・ 本人特定事項の確認のために送付を受けた「補完書類の原本、または、写し」

・ 本人特定事項の確認の際に受領した「本人確認用画像情報、または、その写し」

・ 本人特定事項の確認の際に受領した「当該半導体集積回路に記録された氏名、住居、生年月日及び写真の情報、または、その写し」

・ 本人特定事項の確認を行ったことを証するに足りる電磁的記録(電子署名が行われた特定取引等に関する情報)

・ 本人特定事項の確認の際に受領した「登記情報、または、その写し」

・ 本人特定事項の確認の際に利用した「公表事項、または、その写し」

 

 

 次に、確認記録の記載内容についてみていく。

 犯罪収益移転防止法施行規則第20条第1項によると記載内容として列挙しているものは次のとおりである。

 ざっくりまとめていくと、次のようになる。

 

(取引時確認の実施者と確認記録者、第1号、2号)

・取引時確認の実施者及び確認記録の作成者の氏名等(氏名その他の当該者を特定するに足りる事項)

 

(取引時確認の実施に関連する日付や時刻、第3号から第14号まで)

・ 本人確認書類の原本、または、補完書類の原本の提示を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合はその提示を受けた日付及び時刻(ただし、提示を受けた本人確認書類、または、補完書類の写しを確認記録に添付し、確認記録と共に次条第一項に定める日から七年間保存する場合にあっては、時刻の記載は不要)

・ 本人確認書類の原本、本人確認書類の写し、補完書類の原本、補完書類の写しの交付を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合はその送付を受けた日付

・ 本人確認書類に記載されている住居に宛てて取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便物等として送付することによって本人特定事項の確認を実施した場合はその取引関係文章を送付した日付

・ 本人確認用画像情報の送信を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合はその送信を受けた日付

・ 特定事業者が本人確認用画像情報と半導体集積回路に記録された氏名、住居、生年月日及び写真の情報の送信を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合はそれらの送信を受けた日付(異なる場合は別々に記載)

・ 特定事業者が本人確認用画像情報の送信、または、半導体集積回路に記録された氏名、住居及び生年月日の情報の送信、及び、犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1号号ト(1)、または、(2)に掲げる行為によって本人特定事項の確認を実施した場合はそれらの情報の送信を受けた日付、及び、犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1号号ト(1)、または、(2)に掲げる行為を実施した日付

・ 本人確認書類の送付、または、半導体集積回路に記録された氏名、住居及び生年月日の情報若しくは本人確認用画像情報の送信を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合は書類の送付、または、情報の送信を受けた日付

・ 登記情報提供サービスから登記情報の送信を受けることによって本人特定事項の確認を実施した場合は登記情報の送信を受けた日付

・ 国税庁・法人番号公表サイトにより公表されている当該顧客等の名称及び本店、または、主たる事務所の所在地を確認することによって本人特定事項の確認を実施した場合は確認実施日

・ 特定事業者の役職員が、本人確認資料や補完資料等によって確認した顧客等の住所等(住居、または、本店等の所在地)に赴いて当該顧客等や代表者等に取引関係文書を交付することによって本人特定事項の確認を実施した場合は取引関係文章を交付した日付

・ ハイリスク取引の取引時確認において本人確認書類、または、補完書類の提示を受けた場合のその提示を受けた日付、本人確認書類の原本、本人確認書類のコピー、補完書類の原本、または、補完書類の写しの送付を受けた場合の送付を受けた日付

・ 顧客等の取引目的、職業、事業の内容、実質的支配者の本人特定事項、資産及び収入の状況に関する確認を実施した日付

 

(取引時確認の方法、利用した本人確認書類や補完書類等、第16号から第19号)

・ 顧客等、または、代表者等の本人特定事項の確認を行った方法

・ 顧客等、または、代表者等の本人特定事項の確認のために本人確認書類、または、補完書類の提示を受けたときは、当該本人確認書類、または、補完書類の名称等(名称、記号番号その他の当該本人確認書類、または、補完書類を特定するに足りる事項)

・ 本人確認書類に記載された住所等(住居若しくは本店若しくは主たる事務所の所在地)と現実の住所等が一致しないため、第六条第二項(第十二条第一項において準用する場合を含む。)の規定により本人特定事項の確認を実施する場合の顧客等、または、代表者等の現在の住居等の確認を行った場合の当該本人確認書類、または、補完書類の名称等

・ 本人特定事項の確認において第六条第三項若しくは第十二条第三項の規定により法人の住所等の代わりに営業所の住所にあてて取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便物等として送付する方法、特定事業者の職員がその住所に赴いて取引関係文章を直接交付する方法を用いた場合の営業所の名称、所在地等(所在地その他の当該場所を特定するに足りる事項)及び当該本人確認書類、または、補完書類の名称等

 

(取引に関する事項及び取引時確認事項、第15条、第20号から第30号まで)

・ 取引時確認を行った取引の種類

・ 顧客等の本人特定事項

・ 代表者等による取引取引の場合の代表者等の本人特定事項、代表者等と顧客等との関係、代表者等が顧客等のために特定取引等の任に当たっていると認めた理由

・ 顧客等の取引を行う目的について申告を受けた場合の取引目的の内容

・ 顧客等の職業、または、事業の内容、顧客等が法人である場合の事業の内容の確認を行った方法及び書類の名称等(書類の名称その他の当該書類を特定するに足りる事項)

・ 顧客等が法人であり実質的支配者について確認した場合の実質的支配者の本人特定事項、実質的支配者と顧客等との関係、実質的支配者の確認方法、書類を用いて確認した場合は書類の名称等

・ ハイリスク取引において資産及び収入の状況の確認を行った場合の当該確認を行った方法及び書類等

・ 顧客等が自己の氏名等(氏名及び名称)と異なる名義を取引に用いる場合の異なる名義及び異なる名義を用いる理由

・ 顧客等との取引記録等を検索するための口座番号等(口座番号その他の事項)

・ 顧客等が外国PEPsである場合の顧客等が外国PEPsであるという事実とその事実を認定した理由

・「なりすまし取引」や「虚偽申告取引」における(ハイリスク取引としての)取引時確認を行った場合の確認記録を検索するための前提となった継続的契約に関する取引時確認を行った日付等(日付その他の事項)

・ 在留期間等の確認を行うことによって「本邦内に住居を有しないこと」と判断した場合の旅券、または、許可書の名称等(名称、日付、記号番号その他の当該旅券、または、許可書を特定するに足りる事項)

 

 うーん、結構たくさんある。

 もっとも、実施者、実施日、確認方法、確認内容と分けて考えれば、なんとか把握できなくもない。

 

 なお、今回の整理の際には次の資料を活用している。

 

犯罪収益移転防止法の概要(JAFIC、2024年4月1日時点)

https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20240401.pdf

 

 

 次に、犯罪収益移転防止法施行規則第20条第2項を見ると、提示された本人確認資料や補完書類のコピーを添付する場合、または、本人特定事項の確認の際に受領した添付資料(本人確認書類の原本、本人確認書類のコピー、添付資料の原本、添付資料のコピー)を確認記録に添付する場合には、添付資料、本人確認書類、または、補完書類に記載されている事項を確認記録に記録しなくてもいことになっている。

 つまり、確認記録に資料等を添付した場合、添付資料に記載されている事項は確認記録への記載が必要なくなるらしい。

 二度手間になることを考えればある意味当然というべきか。

 

 

 なお、継続的取引等の場合、取引時確認を複数回行うことがある。

 あるいは、継続的取引等を行っている間に、住所、氏名、代表者といった確認事項に変更が生じるかもしれない。

 そこで、犯罪収益移転防止法施行規則第20条第3項は、確認記録に記載すべき内容に追加や変更があったときの追記・附記の方法について定めている。

 

 まず、犯罪収益移転防止法第20条第3項前段には2つの内容が規定されている。

 まず、取引時確認における確認事項に変更があることを知った場合、変更内容・追加内容を確認記録に付記しなければならないこと

 また、過去に確認事項として記載した内容、過去に添付した資料を確認記録から消去してはならないこと

 確かに、変更のたびに過去の記録を消去・削除していたら、過去の状況が分からなくなってしまう。

 そう考えれば、当然ともいえるか。

 

 もっとも、紙等に付記しようとしたが、付記する場所がないといったことも考えられる。

 そこで、犯罪収益移転防止法第20条第3項後段には、確認記録に付記する代わりに、変更内容、または、追加内容に関する記録を別途作成して、別途作成した記録を従前の確認記録と一緒に保存するという手段を認めている。

 まあ、付記によって見づらくなること等を考慮すれば、こちらの手段をデフォルトと考えた方がいいのかもしれない。

 

 

 さらに、犯罪収益移転防止法施行規則第21条には「7年」という保存期間の起算点について定められている

 まず、犯罪収益移転防止法施行規則第21条第1項は、犯罪収益移転防止法第6条第2項の保存期間の起算点について、「取引終了日及び取引時確認済みの取引に係る取引終了日のうち後に到来する日」としている。

 また、犯罪収益移転防止法施行規則第21条第2項は、特定取引毎に犯罪収益移転防止法施行規則第21条第1項の「取引終了日」について規定している。

 さらに、犯罪収益移転防止法施行規則第21条第3項は、確認済顧客等との取引等において確認措置を実施した場合、この確認措置による取引も取引に含めて取引終了日を考慮する旨規定している。

 

 ざっくりとらえるのであれば、単発の特定取引であればその取引の実施日が保存期間の起算点となり、継続的取引であればその取引や契約が終了した日が保存期間の起算点となる

 

 

 以上、取引時確認に関する確認記録の作成・保存について確認した。

 次回は、犯罪収益移転防止法第1条において「犯罪収益移転防止の手段」として具体的に列挙されている「取引記録の保存」についてみていく。

ランダムと連続に関するシミュレーション(簡易版)

 先日、日ごろから興味を持っていたことについて、モンテカルロ・シミュレーションを用いて調査した。

 そこで、今回行った調査結果についてメモに残しておく。

 もっとも、もう一度やり直すことになると考えているが。

 

1 背景

 私が「日ごろから興味を持っていたこと」とは次のような疑問である。

 

 半々で勝ち負けが決まる勝負を相当回数(例えば、100回、1000回)実施した場合、最大何連勝(何連敗)くらいを経験しうるのか

 

 このことを調べるために、モンテカルロ・シミュレーションを実施した(計算に拠らなかった理由は後述)。

 

 ただ、モンテカルロ・シミュレーションによって調べるためには、この疑問をモデル化する必要がある。

 そこで、上の問いを次のように書き換えた。

 

(以下、変数を使って具体化した問題)

 あるコインがある。

 このコインを使ってコイントスしたとき、表が出る確率がpとする

 このコインを使ってコイントスをn回連続して行った

 このn回のコイントスにおいて表が連続して出た回数の最大値をmとする

 mの平均値や偏差値はいくつになるか

 

 ・・・すごく風呂敷の広い問いとなってしまった。

 というのも、私はm(n,p)の一般式を求めたいわけではないからである。

 

 そこで、nとpに具体的な数値を代入する

 

(以下、変数を使わないで具体化した問題)

 コイントスしたとき、表と裏が半々の確率で出るコインがある(p=0.5)。

 このコインを使ってコイントスを100回連続して行った(n=100)。

 この100回のコイントスにおいて表が連続して出た回数の最大値をmとする

 mの平均値や偏差値はいくつになるか

 

 50%の確率で表が出たり裏が出たりする場合、表が出る回数の期待値はコイントスの回数の半分で表現できる。

 また、表が出る回数の標準偏差は(試行回数の平方根の半分)で表現できる。

 これらの結果は二項分布の公式を使えば容易に分かる。

 

 これに対して、私が知りたいのは「どれくらい連続するのか」である。

 というのも、50%の確率で表が出る(裏が出る)としても、表と裏が交互に出るわけではないからである。

 つまり、今回は「連続」といった観点に注目して調査を行うことにした

 

2 調査方法

 この点、「連続した回数の最大値」を計算で求めるのは容易ではない。

 何故なら、最初の具体的なモデルにおいてコイントスの回数(n)は100となっていて、相当大きな数になっているからである。

 そこで、今回はモンテカルロ・シミュレーションによって調査することにした。

 

 次に、モンテカルロ・シミュレーションのサンプル数は1000とした

 というのも、「感覚的にこの辺」ということが分かれば十分だからである。

 本来なら、1000では全然足らないだろうが(最低1万、できれば100万)。

 

 さらに、今回はエクセルで調査することにした

 というのも、エクセルのセルや関数を使えば楽に計算できるからである。

 なお、サンプル数が1000になったのは、エクセルを使っていることも理由の一つになっている。

 

 なお、将来的には、RubyかPythonによってプログラムを組んで調査する予定である

 サンプル数が1000では全然足らないような気がするからである。

 

3 調査結果(n=100、p=0.5の場合)

 では、今回の調査結果をば。

 

 コイントスの回数が100回、表が出る確率が50%の場合、1000回のモンテカルロ・シミュレーションによる平均値と標準偏差は次の通りとなった。

 

※ n=100、p=0.5において(試行回数1000)

表が出た回数 平均値 49.97回、標準偏差5.07回

最も連続して表が出た回数 平均値5.94回 標準偏差1.76回

 

 この点、n=100、p=0.5の場合、「表が出た回数」の平均値や標準偏差を2項分布の公式から計算すると、平均値が50回、標準偏差が5.0回となる。

 この計算結果と上のシミュレーション結果を比較すると、今回のシミュレーション結果は概ね理論値と重なり、シミュレーションとして大きな問題がないと言える。

 

 そのうえで、連続して表が出た回数の最大値を見ると、平均値は約5.9回、標準偏差は1.76回となった

 ここで、強引に「この結果と無限回数行った結果が等しい」と考えて考察する。

 この場合、半々の勝負を100回実施した場合、6連勝、6連敗といった事実は十分に経験しうると言える。

 逆に、有意水準5%という基準で考えた場合、10連勝以上、2連勝以下といったことは生じにくい(棄却される)と言うこともできそうである。

 

 この結果を見ると、「結構ばらつくんだなあ」と感じる次第である。

 

4 別のケースの場合

 せっかくなので、パラメーターをいじって遊んでみよう。

 

 まず、コイントスの回数を100回から1000回に増やしたらどうなるか。

 モンテカルロ・シミュレーションによる結果は次のとおりである。

 

※ n=1000、p=0.5において(試行回数1000回)

表が出た回数 平均値 500.66回、標準偏差16.17回

最も連続して表が出た回数 平均値9.33回 標準偏差1.8回

 

 n=1000、p=0.5の場合、「表が出た回数」の平均値や標準偏差を2項分布の公式から計算すると、平均値が500、標準偏差が15.8となる。

 この計算結果と上のシミュレーション結果を比較すると、今回のシミュレーション結果は概ね理論値と重なり(やや標準偏差が高くなっているが)、シミュレーションとして大きな問題がないと言える。

 

 そして、連続して表が出た回数の最大値の平均値は9.33回、標準偏差は1.8回となった

 同じように、強引に「この結果と無限回数行った結果と等しい」と仮定する。

 この場合、半々の勝負を1000回実施した場合、9連勝、9連敗といった事実は十分に経験しうることになる。

 逆に、有意水準5%の基準で考えた場合、14連勝以上、5連勝以下といったことは生じにくい(棄却される)、と言える。

 

 こちらの結果を見ても「結構ばらつくんだなあ」と感じる次第である。

 

 

 なお、nは100か1000とし、pを0.25、0.75に動かした場合の結果は次の通りであった。

 こちらは結果のみ掲載しておく。

 

※ n=100、p=0.25において

表が出た回数 平均値 25.05回、標準偏差4.25回

最も連続して表が出た回数 平均値3.06回 標準偏差0.97回

 

※ n=1000、p=0.25において

表が出た回数 平均値 250.1回、標準偏差13.91回

最も連続して表が出た回数 平均値4.72回 標準偏差0.96回

 

※ n=100、p=0.75において

表が出た回数 平均値 74.9回、標準偏差4.58回

最も連続して表が出た回数 平均値12.8回 標準偏差4.1回

 

※ n=1000、p=0.75において

表が出た回数 平均値 749.9回、標準偏差13.77回

最も連続して表が出た回数 平均値20.5回 標準偏差4.35回

 

 

 以上、ランダムを連続の関係を調べてみた。

 意外に連勝(連敗)はばらつくんだなあ、と感じた次第である。

 ランダムが絡む場合、連勝、連敗といった結果に心理的に振り回されないことが重要である、と言えるだろうか。

 

 では、今回はこの辺で。

先日の最高裁判所の違憲判決を見て感じたこと

 最近、13件目の最高裁判所による法令違憲判決が出た。

 そこで、その最高裁判決を見て感じたこと、確認したことをメモに残しておく

 

 この点、「被害者救済に照らして妥当な判決である」といった実体的な部分に対してコメントすることはない。

 結論自体に反対するつもりは全くないから

 また、法理論的なところに踏み込むつもりもない。

 

 つまり、このブログで書くことはそれ以外のことである。

 そして、その内容をワンワードで示せば、

 

嗚呼、国会は大いに劣化せり

 

ということになるだろうか。

 

1 憲法上の権利に対する制約が違憲であることに対する言及

 最初に感じたのが、「法令違憲の理由がたったこれだけ?」という点である。

 

 この点、判決理由中、法令違憲と立法不作為の違憲性に関する言及は第6項第1号にあるところ、文字数をカウントしたら約2200文字しかなかった

 ちなみに、平成27年の再婚禁止規定違憲判決は明らかに8000文字を超えている。

 他の法令違憲判決も似たり寄ったりであろう(他の判決も調べようかと考えたが、あまりの落差にやる気をなくした)。

 

 この点、本件は重要な争点が別にあり、かつ、その点について判例変更もなされている。

 それゆえ、法令違憲に分量を割けなかったと言えなくもない。

 ただ、この規定を合憲であると考える側が、「こんな簡単に法律を違憲にしていいのか」と批判的に考えたとしても不思議ではない。

 もちろん、「簡単に違憲にできるほど法令があれだった」ということなのだろうが。

 

 

 ここで法令違憲に関する最高裁判所判決の判示を確認する。

 なお、この件に関する最高裁判決は5点あるが(後述)、今回はそのうちの1点を取り上げるものとする。

 

令和5年(オ)第1341号国家賠償請求事件

令和6年7月3日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「旧優生保護法違憲判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/159/093159_hanrei.pdf

 

令和5年(受)第1050号国家賠償請求事件

令和5年(受)第1319号国家賠償請求事件

令和5年(受)第1323号国家賠償請求事件

令和5年(受)第1411号国家賠償請求事件

令和6年7月3日最高裁判所大法廷判決

 

 まず、法令が憲法13条に反する点から。

 

(以下、上記リンク先の最高裁判決から引用、セッション番号等は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 本件規定は、①優生保護法の定める特定の疾病や障害(以下「特定の障害等」という。)を有する者、②配偶者が特定の障害等を有する者又は③本人若しくは配偶者の4親等以内の血族関係にある者が特定の障害等を有する者を対象者とする不妊手術について定めたものである。

 憲法13条は、人格的生存に関わる重要な権利として、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障しているところ(中略)、不妊手術は、生殖能力の喪失という重大な結果をもたらす身体への侵襲であるから、不妊手術を受けることを強制することは、上記自由に対する重大な制約に当たる

 したがって、正当な理由に基づかずに不妊手術を受けることを強制することは、同条に反し許されないというべきである

 これを本件規定についてみると、(中略)、本件規定の立法目的は、専ら、優生上の見地(中略)から、特定の障害等を有する者が不良であるという評価を前提に、その者又はその者と一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせることによって、同じ疾病や障害を有する子孫が出生することを防止することにあると解される。

 しかしながら、憲法13条は個人の尊厳と人格の尊重を宣言しているところ、本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえないものであることが明らかであり、本件規定は、そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものといわざるを得ない。

 したがって、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められず、本件規定により不妊手術を受けることを強制することは、憲法13条に反し許されないというべきである。

 なお、本件規定中の優生保護法3条1項1号から3号までの規定は、本人の同意を不妊手術実施の要件としている。

 しかし、(中略)そのような規定により行われる不妊手術について本人に同意を求めるということ自体が、個人の尊厳と人格の尊重の精神に反し許されないのであって、これに応じてされた同意があることをもって当該不妊手術が強制にわたらないということはできない。

 加えて、優生上の見地から行われる不妊手術を本人が自ら希望することは通常考えられないが、周囲からの圧力等によって本人がその真意に反して不妊手術に同意せざるを得ない事態も容易に想定されるところ、同法には本人の同意がその自由な意思に基づくものであることを担保する規定が置かれていなかったことにも鑑みれば、(中略)その実質において、不妊手術を受けることを強制するものであることに変わりはないというべきである。

(引用終了)

 

「こんなことを『あの』最高裁判所が判決として書けるのか」と考えさせられるような文章であった。

 そして、正直に申し上げれば、私自身、こんなことを最高裁判所が判決で書けるとは想定すらしていなかった。

 この点は、素直に自分の思い違いを恥じなければならないだろう。

 

 

 なお、ここで確認しておきたいのは次の2点。

 

 まず、規範部分について

 最高裁判決は、「正当な理由に基づかずに(上記自由に対する重大な制約に当たる)不妊手術を受けることを強制することは、同条に反し許されない」と規範を立てている。

 そして、「目的において正当な理由すらない」と切って捨てている。

 

 ただ、この規範部分だけを見ると、「上記自由に対する重大な制約に対して『正当な理由』さえあれば合憲になる」とも読める

 そして、この「正当な」というのは結構緩やかな基準に見える。

 この点は、猿払事件に対する憲法学者らの批判を見ればわかるし、選挙権の制限が問題になった在外日本人選挙権制限違憲判決を見ればわかる。

 

平成13年(行ツ)第82号在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「在外日本人選挙権制限違憲判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

 選挙権の行使という重要な権利の制限について、最高裁判所は次のように述べた。

 

(以下、在外日本人選挙権制限違憲判決から引用、各文毎に改行、強調は私の手による)

 国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。

 そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。

 また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても,同様である。

(引用終了)

 

 この判決は「やむを得ない事由」を要求しており、「正当な理由」どころではない。

 とすれば、故意または日本教的習性により規範の部分のみを「切り抜き」をする人間が現れて、この基準が独り歩きすれば、と不安に感じないわけではない。

 

 

 しかし、千葉勝巳裁判官が次の最高裁判決の補足意見で述べていたことを考慮すれば、最高裁判所は通常のパターンを踏んだだけ、ともいえる。

 逆に言えば、この短い点は通常通りであって、その点が確認できたともいえる。

 

平成22年(あ)第762号国家公務員法違反被告事件

平成24年12月7日最高裁判所第二小法廷判決

(いわゆる「堀越事件判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/801/082801_hanrei.pdf

 

(以下、「堀越事件判決」より引用、各文毎に改行、一部中略、なお強調は私の手による)

 この見解を踏まえると,猿払事件大法廷判決の上記判示は,当該事案については,公務員組織が党派性を持つに至り,それにより公務員の職務遂行の政治的中立性が損なわれるおそれがあり,これを対象とする本件罰則規定による禁止は,あえて厳格な審査基準を持ち出すまでもなく,その政治的中立性の確保という目的との間に合理的関連性がある以上,必要かつ合理的なものであり合憲であることは明らかであることから,当該事案における当該行為の性質・態様等に即して必要な限度での合憲の理由を説示したにとどめたものと解することができる(中略)。

 ちなみに,最高裁平成10年12月1日大法廷決定・民集52巻9号1761頁(裁判官分限事件)も,裁判所法52条1号の「積極的に政治運動をすること」の意味を十分に限定解釈した上で合憲性の審査をしており,厳格な基準によりそれを肯定したものというべきであるが,判文上は,その目的と禁止との間に合理的関連性があると説示するにとどめている。

 これも,それで足りることから同様の説示をしたものであろう

(引用終了)

 

 なお、これに対する私の感想は従前と同じなので、省略する。

 あるいは、最高裁判所の基準は限定的に使わないと足元をすくわれる」とも。

 

 あと、最高裁判所が「空気による圧力」を事実として認定した点はちゃんと確認したい。

 できれば、刑事手続においても、という感じがしないではないが。

 

 

 なお、平等原則違反に関する判示は次のとおりである。

 憲法第13条違反が認定されている以上、こちらはあっさりしている。

 

(以下、上記リンク先の最高裁判決から引用、セッション番号等は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 また、憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(中略)。

 しかるところ、(中略)、上記のとおり、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められないから、上記①から③までの者を本件規定により行われる不妊手術の対象者と定めてそれ以外の者と区別することは、合理的な根拠に基づかない差別的取扱いに当たるものといわざるを得ない。

(引用終了)

 

2 国会の機能

 次に、立法不作為に関する判示は次のとおりである。

 

(以下、上記リンク先の最高裁判決から引用、セッション番号等は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 以上に述べたところからすれば、本件規定の内容は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったというべきであるから、本件規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けると解するのが相当である(最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。 

(引用終了)

 

 立法不作為ではなく、立法行為自体の違憲性があっさり認定されてしまった

 それから、憲法上の権利の制限を正当な理由がないことが明らか=立法行為の違法性が明白」というのはリンクしているとみていいのだろうか。

 いずれにせよあれである。

 

 

 ところで、この最高裁判決を見てから、立法行為の違憲性を事実上否定した在宅投票制度廃止違憲訴訟最高裁判決と比較すると興味深い。

 なお、この判決は判例変更されておらず、在外日本人選挙権制限違憲判決でさえこの判例の趣旨に変更はない旨述べている。

 

昭和53年(オ)第1240号国家賠償請求事件

昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

(いわゆる「在宅投票制度廃止違憲訴訟最高裁判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

(以下、在宅投票制度廃止違憲訴訟から引用、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

(前略)憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ、議員の自由な討論を通してこれらを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家意を形成すべき役割を担うものである。

 そして、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのであつて、議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも、国会議員の立法過程における行動で、立法行為の内容にわたる実体的側面に係るものは、これを議員各自の政治的判断に任せ、その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価にゆだねるのを相当とする

 さらにいえば、立法行為の規範たるべき憲法についてさえ、その解釈につき国民の間には多様な見解があり得るのであつて、国会議員は、これを立法過程に反映させるべき立場にあるのである。

 憲法五一条が、「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定し、国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除しているのも、国会議員の立法過程における行動は政治的責任の対象とするにとどめるのが国民の代表者による政治の実現を期するという目的にかなうものである、との考慮によるのである。

 このように、国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであつて、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。(中略)

 以上のとおりであるから、(中略)、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

(引用終了)

 

 最近の法令違憲判決や国会のごたごたを見るに、原則論的な話で済まなくなった、というところなのだろうか

 本判決の結論自体には大いに賛成であるが、判決を見るにつけ国会の劣化を感じざるを得なかった

 

 

 以上、感じたことをメモに残しておいた。

 では、今回はこの辺で。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 16

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

35 国等や人格のない社団又は財団に対する取引時確認

 前回は、確認済顧客等との取引等についてみてきた。

 今回は、取引時確認における補足事項についてみていく。

 

 まず、犯罪収益移転防止法第4条第5項において、顧客等がいわゆる「国等」だった場合、取引時確認の内容が変更される旨規定されている。

 

 

 この点、「国等」に該当する団体・法人のうち重要なものを列挙していくと次のようになる。

 また、「※」で記載された団体は実質的支配者の判定で自然人として扱われる対象を示している。

 

※ 国、地方公共団体

・ 人格のない社団又は財団

(犯罪収益移転防止法第4条第5項)

※ 独立行政法人

※ 国又は地方公共団体の子会社等

※ 外国政府、外国の政府機関、外国の地方公共団体、外国の中央銀行又は我が国が加盟している国際機関

・ 勤労者財産形成貯蓄契約等を締結する勤労者

※ いわゆる上場企業等

(犯罪収益移転防止法施行令第14条各号)

※ 犯罪収益移転防止法第18条各号で規定される基金基金連合会

・ 犯罪収益移転防止法第18条各号で規定される被用者

※ 外国の上場会社等

(犯罪収益移転防止法施行令第14条第6条、犯罪収益移転防止法施行規則第18条)

 

 ざっくりまとめれば、①公共性が強い団体、②人格のない社団又は財団、③勤労者財産形成貯蓄契約等の契約締結者ということだろうか。

 そして、①については実質的支配者の判定において自然人扱いになる。

 

 

 次に、①公共性の強い団体と③勤労者財産形成貯蓄契約等の契約締結者の取引時確認の内容は「担当者等(代理人、代表者)に対する本人特定事項の確認」のみになる。

 また、200万円を超えの財産の移転を伴うハイリスク取引の場合、資産や収入状況の確認が不要になる。

 

 この点、顧客等が国等の場合、顧客等の情報が明白であるから確認不要、ということなのだろう。

 もちろん、資産・収入の状況等も含めて。

 また、顧客等が勤労者財産形成貯蓄契約等の契約締結者の場合、こちらは本人特定事項、職業などは既に把握されているし、取引目的も明白であろうから、ということなのだろう。

 

 

 次に、②人格のない社団又は財団の場合、取引時確認の内容は次のようになる。

 

・特定事業者と特定取引を行う担当者(代表者等)の本人特定事項の確認

・取引目的

人格のない社団又は財団の事業内容

 

 つまり、人格のない社団又は財団自体の本人特定事項の確認が不要になる

 これは、本人確認書類自体がないのだからしょうがないのかもしれない。

 もちろん、人格なき社団又は財団であることの確認をするだろうから、いわゆる人格なき社団又は財団の要件が満たされていることを書類その他で確認することになると考えられる。

 

 また、ハイリスク取引の場合であっても、資産、収入の状態の調査が不要になる

 もちろん、法律上不要なだけで一切確認をしないということはないだろう。

 

36 取引時確認における虚偽申告の禁止

 次に、犯罪収益移転防止法第4条第6項についてみていく。

 犯罪収益移転防止法第4条第6項は、取引時確認における虚偽申告を禁止している。

 また、この規定に反して本人特定事項について虚偽申告を実施し、かつ、隠ぺい目的があった場合、刑事罰の適用(懲役一年以下若しくは百万円以下の罰金又はこれを併科)の可能性が生じることになる。

 なお、職業や事業内容、取引目的、実質的支配者については刑事罰の適用がないようである。

 また、これだけを理由に刑事裁判になる可能性はほとんどないように感じるが。

 

 

 この点、虚偽申告の禁止がなければ、法令上で取引時確認の実施を義務付ける意味がない。

 とすれば、この規定は当然のもの、というべきであろうか。

 

37 取引時確認に応じない場合の特定事業者の免責

 次に、犯罪収益移転防止法第5条についてみていく。

 ここには、顧客等や代表者等が取引時確認に応じない場合の免責規定が示されている。

 

 つまり、特定事業者による取引時確認を顧客側(顧客等と代表者等)が拒否した場合、特定事業者としても義務の履行に応じなくても(民事上)違法にならず、債務不履行責任に問われることがなくなる。

 

 この点、顧客と特定事業者が最初の特定取引をしようとする段階、例えば、口座開設の段階で取引時確認に応じない場合、この条文はさほど意味を持たないだろう。

 というのも、特定事業者側から見ても、最初の取引時確認にすら応じない顧客等とは取引をしないだろうし、このことは契約自由の原則からみて当然のことであるから。

 

 そこで、この免責規定は、通常なら確認済顧客等との取引等になり得た一方、なりすまし取引、虚偽申告取引、疑わしい取引、または、いわゆる異常取引の場合(犯罪収益移転防止法施行令第13条第2項、犯罪収益移転防止法施行規則第17条)に意味があることになる。

 この場合、免責規定がなければ、履行(入出金や口座振替)に応じない場合に債務不履行責任を問われる可能性が高くなるから。

 まあ、その場合であっても債務不履行責任に問われないかどうかは微妙であるし、信用などを失う可能性があるわけだが。

 

 なお、免責に関する問題として、犯罪収益移転防止法第11条柱書前段に規定されている「取引時確認をした事項に係る情報を最新の内容に保つための措置」に応じない顧客に対する取引制限(履行の拒否)がある。

 この点は、いわゆる継続的顧客管理の本格的運用が求められるようになった現時点でそれなりに大きな問題となっているが、これについては犯罪収益移転防止法第11条を見る際に確認することにする。

 

 

 以上、取引時確認における補足事項についてみてきた。

 次回は、これまで見てきた取引時確認の確認記録の作成と保存について見ていく。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 15

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

34 確認済顧客等との取引等

 前回は、ハイリスク取引の条件と取引時確認の確認事項・確認方法について見てきた。

 今回は、犯罪収益移転防止法第4条第3項が定める「既に確認を行っている顧客等との取引に準ずる取引等」における確認措置等についてみていく。

 

 

 この点、通常の特定取引の場合は犯罪収益移転防止法第4条第1項の取引時確認が、ハイリスク取引の場合は犯罪収益移転防止法第4条第2項の取引時確認が必要になる。

 しかし、総ての特定取引に通常の取引時確認を求めていたら事務処理上大変である

 そこで、犯罪収益移転防止法第4条第3項は、取引時確認を省略できる場合について規定している。

 

 この点、犯罪収益移転防止法第4条第3項の適用がある取引のことを犯罪収益移転防止法施行令第13条は「既に確認を行っている顧客等との取引に準ずる取引等」と言っている。

 ここでは「確認済顧客等との取引等」とする。

 

 

 以下、「確認済顧客との取引等」に該当する条件をみていく

 その条件は次の4点である(なお、確認措置の実施、実施記録の作成・保存に関する条件もこの条件に含める)。

 

 

 第1の条件は次の3つの場合のいずれかに該当することである。

 

・特定事業者が、その顧客等と過去に行った特定取引において、取引時確認を実施し、かつ、実施時の取引時確認記録が作成・保存されている場合

(犯罪収益移転防止法第4条第3項)

 

 これは事前に取引時確認を実施した場合である。

 なお、単に取引時確認を実施しただけではダメで、確認したときの記録を作成・保存している必要がある

 

・特定事業者が、他の特定事業者にその顧客との取引を委託して行う場合であって、委託先の特定事業者がその顧客に対して既に取引時確認を実施している場合

(施行令第13条第1項第1号)

 

 これは委託先がその顧客の取引時確認を実施している場合である。

 委託による取引であれば、委託先の取引時確認は自分の取引時確認としてみてよい、ということだろう。

 

・ 事業譲渡等によって承継した特定事業者がその顧客などと既に取引時確認を実施していた場合

(施行令第13条第1項第2号)

 

 これは事業承継が関連する場合である。

 承継した特定事業者が取引時確認を実施している場合、自分が既に取引時確認を実施したとみていいだろう。

 

 

 第2の条件が次のいずれの取引にも該当しないことである。

 

・ハイリスク取引に該当しないこと、特に、なりすましや虚偽申告がないこと

・疑わしい取引に該当しないこと

・同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引(異常取引)に該当しないこと

(犯罪収益移転防止法施行令第13条第2項、犯罪収益移転防止法施行規則第17条)

 

 このような取引に該当する場合はマネロン・テロ資金供与のリスクがあるだろうから、取引時確認を省略するわけにはいかない。

 ある種当然のことである。

 

 

 第3の条件が「その顧客等が既に取引時確認を行っている顧客等であることを確かめる措置の実施したこと」である。

 つまり、取引時確認はしなくていいとしても、確認事項がないわけではない。

 そして、この確認措置は次の3つの方法のどれかによることになる。

 

預貯金通帳その他の顧客等が確認記録に記録されている顧客等と同一であることを示す書類その他の物の提示又は送付を受けること

(犯罪収益移転防止法施行規則第16条第1項第1号)

 

 つまり、預貯金通帳を提示することが顧客等の確認措置となる。

 これは主に窓口の確認措置であろうか。

 

顧客等しか知り得ない事項その他の顧客等が確認記録に記録されている顧客等と同一であることを示す事項の申告を受けること。

(犯罪収益移転防止法施行規則第16条第1項第2号)

 

 例えば、ATMで出金・送金する場合の暗証番号の申告がこれにあたるであろうか

 ATMを用いて自分の預金口座から別の口座へ送金する場合、その額が10万円を超えればそれは特定取引に該当する。

 しかし、口座開設をしていれば通常の取引時確認は実施しているし、送金時にキャッシュカードの暗証番号を入力すれば、「顧客等しか知り得ない事項の申告」を受けることで確認措置が成立することになる。

 

・取引を行う担当者が顧客等又は代表者等と面識がある等、取引を行う顧客等が確認記録に記録されている顧客等と同一であることが明らかな場合

(犯罪収益移転防止法施行規則第16条第2項)

 

 これは顔なじみの場合ということであろうか。

 例えば、その顧客が養育費等の送金のため10万超えの現金送金を毎月行っていたとしよう。

 その際、毎月毎月取引時確認を実施し、あるいは、その取引時確認の確認記録を作成するのもあれである。

 だから、この条項で確認措置が可能になるのだろう。

 

 

 第4の条件が、確認措置の実施記録の作成・7年間の保存である。

 つまり、犯罪収益移転防止法施行規則第16条第1項柱書によると、今回の取引における犯罪収益移転防止法施行規則第24条第1号から第3号までに掲げた事項を確認措置の実施記録として作成し、この実施記録を取引実施日から7年間保存しなければならない。

 なお、犯罪収益移転防止法施行規則第24条第1号から第3号までに掲げた事項は次のとおりである。

・ 口座番号その他の顧客等の確認記録を検索するための事項

・ 取引又は特定受任行為の代理等の日付、種類

 

 

 このように、犯罪収益移転防止法は取引時確認の不要な場合を規定している。

 一般に行われる特定取引の大半がマネロン・テロ資金供与対策と関係がないことを考慮すれば、このような規定は必要であろう。

 その範囲の妥当性はさておいて。

 

 

 以上、「確認済顧客との取引等」についてみてきた。

 そして、代理人や代表者に対する確認事項(犯罪収益移転防止法第4条第4項)については既にみてきた。

 そこで、次回は犯罪収益移転防止法第4条第5項以降についてみていくことにする。

マネロン・テロ資金供与対策等の勉強を始める 14

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。

 

33 「ハイリスク取引」における取引時確認の内容

 前回はハイリスク取引の条件について見てきた。

 具体的なハイリスク取引の条件は次のとおりである。

 

1、なりすまし取引

2、虚偽申告取引

3、特定国等に居住し、所在地を持つ顧客との特定取引

4、特定国等に居住し、所在地を持つ顧客への財産移転を目的とする特定取引

5、外国PEPsとその関係者、外国PEPsとその関係者が実質的支配者になっている法人を顧客とする特定取引

 

 そして、これらのハイリスク取引の確認事項は、移転する財産の価格が犯罪収益移転防止法施行令に定められたボーダーを超えているか否かによって分かれる。

 そして、そのボーダーは200万円である(犯罪収益移転防止法施行令第11条)。

 

 

 この点、移転する財産の価格が200万円以下のハイリスク取引の場合、取引時確認における確認事項は次のとおりである。

 この場合、通常の取引時確認における確認事項と同じになっている。

 

・顧客が個人の場合

①本人特定事項(氏名、住居、生年月日)

②取引目的

③職業

・顧客が法人の場合

①本人特定事項(名称と本店等の所在地)

②取引目的

③事業内容

④実質的支配者

 

 これに対して、移転する財産の価格が200万円を超える場合、上に記載した確認事項に「資産・収入の状況」が加わる(犯罪収益移転防止法第4条第2項前段)。

 つまり、マネロン・テロ資金供与の疑いの可能性があり、移転する財産の価格も相当程度高額になる場合、資産・収入の状況を調べることによって移転する財産の原資も確認することになる。

 

 なお、資産・収入の状況の調査の範囲には制限がある。

 つまり、資産及び収入の状況の確認は、疑わしい取引の届出を行うべき場合に該当するか否かの範囲で行う、と(犯罪収益移転防止法第4条第2項後段、第8条第1項、第2項)。

 ざっくり述べると、「疑わしい取引」とは移転する財産が犯罪収益等である場合かこの取引がマネロン罪等に該当する場合のいずれかを指すわけだから、この確認において顧客等の資産・収入の両内容を厳密に明らかにする必要はないとも言える。

 

 しかし、資産・収入の確認は、犯罪収益移転防止法施行規則第14条第4項に規定された書類の原本又はコピーによって行わなければならない旨定められている。

 

・顧客等が個人の場合

 顧客等又は顧客等の配偶者(事実婚含む)の源泉徴収票、確定申告書、預貯金通帳等

(犯罪収益移転防止法施行規則第14条第4項第1号)

・顧客等が法人の場合

 貸借対照表損益計算書

(犯罪収益移転防止法施行規則第14条第4項第2号)

 

 つまり、ハイリスク取引においては、公的書類やそれに準じる書類によって資産や収入を確認しなければならない、と言える。

 

 

 なお、移転する財産の価格が200万円以下のハイリスク取引の場合、取引時確認における確認事項は通常の特定取引と同内容である。

 しかし、ハイリスク取引の場合、額のいかんにかかわらず、その確認方法が通常の特定取引とは異なるため、その違いを意識しながら確認していく。

 

 

 まず、本人特定事項の確認方法から。

 ハイリスク取引における本人特定事項の確認の場合、追加の本人確認書類や補完書類(原本)の提示、本人確認書類や補完書類(原本又はコピー)の送付が必要になる(犯罪収益移転防止法施行規則第14条第1項)。 

 つまり、「免許証(原本)の提示+マイナンバーカード(原本)の提示」や「『免許証とマイナンバーカード(コピー)の送付+健康保険証(コピー)の送付』と『取引関係文章等を書留郵便等によって転送不要郵便等として送付』の合わせ技」等のように追加の本人確認書類や補完書類の提示・送付が必要になる。

 マネロン・テロ資金供与を警戒する以上、追加の本人確認書類や補完書類を要求してその可能性がないことをチェックする、というところであろうか。

 

 なお、「なりすまし取引」や「虚偽申告取引」の場合、前提となる取引(口座開設時)において用いなかった本人確認書類や補完書類を用いる必要があるらしい

 この場合、口座開設において免許証とマイナンバーカードの写しを用いて本人特定事項の確認を行った場合、免許証とマイナンバーカード以外の本人確認書類が必要になる。

 ただ、他に身分証明書がない場合でも、戸籍の附表の写しや住民票の写しでも本人特定事項の確認は可能なので、手詰まりになることはなさそうだが。

 

 

 次に、取引目的、職業、事業内容は、通常の特定取引における確認方法と同じである(犯罪収益移転防止法施行規則第14条第2項)。

 つまり、取引目的と職業の確認方法は申告、事業内容の確認方法は、定款や登記事項証明書等による

 この辺も、定款と登記事項証明書の両方を求めても意味がなさそうだし、取引目的や職業を公的な証跡によって示すのは難しいことを考えれば、通常の取引時確認と同じ確認方法になるのはやむを得ないのかもしれない。

 

 

 では、実質的支配者の確認方法はどうか。

 この点、通常の取引時確認の場合、実質的支配者は「申告」によるとされていた。

 これに対して、ハイリスク取引の場合は次の方法による。

 

・資本多数決法人(株式会社等)の場合

 株主名簿や有価証券報告書

・資本多数決法人以外の法人の場合

 登記事項証明書

(犯罪収益移転防止法施行規則第14条第3項)

 

 このように、ハイリスク取引の場合、実質的支配者は公的な書類によって確認することになる

 マネロン・テロ資金供与のリスクが高まっているため、実質的支配者(黒幕)の確認に公的な裏付けを求める、ということなのかもしれない。

 

 

 最後に、代理人や代表者の本人特定事項の確認方法は顧客等の本人特定事項の確認方法とほぼ同様なのでここでは割愛する。

 

 

 以上、ハイリスク取引の取引時確認についてみてきた。

 次回は、犯罪収益移転防止法第4条第3項による確認方法についてみていく。