今回はこのシリーズの続き。
犯罪収益移転防止法の条文を通じてマネロン対策(AML/CFT)についてみていく。
41 疑わしい取引の届出等
この点、犯罪収益移転防止法第1条は犯罪収益の移転を防止する手段として次の3点を明示している。
・ 特定事業者による顧客等の本人特定事項等の確認(取引時確認)
・ 取引記録等の保存
・ 疑わしい取引の届出等
ここまでで見てきたのが、取引時確認(の実施と確認)と取引記録等の保存。
今回は、疑わしい取引の届出等についてみていく。
なお、このブログは私の学習メモであって、犯罪収益移転防止法の解説記事でもレポートでもないので、私の関心のない部分や必要のない部分が省略されるのはこれまでと同様である。
また、私の関心を持った方向に脱線することもあり、ここで記載していることが必ずしもマネロン・テロ資金供与対策のために有用であることを保証するわけでもないので、その点も注意を。
まず、疑わしい取引について定めているのは犯罪収益移転防止法第8条であるから、この条文を見ていく。
そして、犯罪収益移転防止法第8条第1項には次のことが書かれてある(犯罪収益移転防止法第8条第2項は一部の士業者を対象としているためここではスルー、以下同じ)。
(以下、犯罪収益移転防止法第8条第1項を引用、カッコ書きの部分等一部は省略、改行と強調は私の手による)
特定事業者(中略)は、
特定業務に係る取引について、
当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあるかどうか、
又は
顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがあるかどうか
を判断し、
これらの疑いがあると認められる場合においては、速やかに、
政令で定めるところにより、
政令で定める事項を行政庁に届け出なければならない。
(引用終了)
これまでの私はこの条文をざっとしか見ていなかった。
ただ、今回ブログの記事を書くにあたってちゃんと条文を見て、結構驚いた。
この点、犯罪収益移転防止法第8条第1項には特定事業者(一部除く)に対して2つの義務が定められている。
1 特定事業者の特定業務に関する「総ての取引」において2点を判断する義務
① 取引で収受される財産が犯罪による収益である疑いの有無
② 顧客等がマネロン罪(組織的犯罪処罰法第10条、麻薬特例法第6条)に当たる行為を行っている疑いの有無
2 疑いがあると認められる場合の行政庁への疑わしい取引の届出義務
この点、私がこの文章を書くまでこの条文に届出義務が記載されていることを知っていた。
そして、届出に際して届出に至る判断が必要であることも。
しかし、特定業務に関する総ての取引に対して判断する義務まで明示しているとは考えていなかった。
そして、理系的な頭でこの条文を見ると、「総ての取引に対して『疑いがあると判断して届出を行う』か『疑いすらないと判断した上でスルーする』のいずれかを行う義務がある」と読める。
では、金融機関などの特定事業者は総ての取引において上の二択の「判断」しているのだろうか。
やっている場合、その「判断」方法は?
この点、「法律上書いてあることだから当然『判断している』に決まっているではないか」というかもしれない。
もちろん、「判断している」という結論部分には私も異論がない。
そこで、私がこのような疑問を持つに至った金融機関の取引量の膨大さを確認する。
次の資料によると、令和5年の金融機関による「疑わしい取引」の届出件数は約50万件となっている。
犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和5年度)
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/data/jafic_2023.pdf
これに対して、内国為替の年間取引件数は約19億件、年間取引総額は約3300兆円である。
また、外国為替の年間取引件数は約700万件と少ないが、年間取引総額は約5300兆円であって、その規模は内国為替と同程度である。
さらに、日本には預貯金口座が約7億8千万口あり、1口座あたりの入出金取引は年間約10件を超えると推測できるから(実際はもっと多いだろう)、金融機関の年間取引件数は最低でも50億件を超えるだろうし、場合によっては100億件を超えていても不思議ではない。
以上の情報は次の資料による。
犯罪収益移転危険度調査書(令和5年12月、JAFIC)
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/risk/risk051207.pdf
このことから、ざっくり見るならば1件の「『疑わしい取引』と判断した上での届出」の背後に約10000件レベルの「『疑いがない』判断した上でスルー」がある。
例えば、窓口の取引であれば、相対した職員が直接判断したと言えるだろう。
また、相対した職員から見て不審な点があっため追加調査した結果、疑わしい点がないと判断できたものもあろう。
これに対して、ATMにおける入出金(及び内国為替)についてはどうか。
この点、上記資料によると、主要金融機関の店舗数は約3万7000、ATM設置台数が約8万8千台である。
この点を考慮すれば(しなくても実感として)、ATM取引というのは例外的なものではない。
というのも、上にリンクがある『犯罪収益移転危険度調査書』(令和5年12月、国家公安委員会)では、ATM取引が持つ「非対面取引」・「現金取引」という取引態様について「マネロン等リスクの高い」として評価しているからである。
そして、事後的であれ具体的に不審な点があれば、追加調査を実施して疑わしい取引に該当すると判断して届出を実施する、疑わしい点がないと判断してスルーするといったことはある。
しかし、これらが少数であるということは言うまでもない。
とすれは、ATM取引において異常検知されなかった大多数の取引について、窓口での取引のように金融機関の職員が具体的な取引内容を確認して『疑いがないと判断した』と考えるのは現実的ではないだろう。
そこで、このようなATMおける日常的な取引においてどのような過程を経て「判断した」ことになるのか。
以下、「疑わしい取引」の該当性について掘り下げながら確認する。
ヒントになるのが、犯罪収益移転防止法第8条第3項と犯罪収益移転防止法施行規則第26条、27条である。
42 疑わしい取引か否かの判断
まず、犯罪収益移転防止法第8条第3項は次のように規定されている。
なお、そのまま眺めていてもわかりにくいため、改行・強調等を施した。
(以下、犯罪収益移転防止法第8条第3項を引用、カッコ書きの部分等一部は省略、改行と強調は私の手による)
前二項の規定による判断は、
第一項の取引
又は前項の特定受任行為の代理等(中略)に係る取引時確認の結果、
当該取引等の態様
その他の事情
及び第三条第三項に規定する犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案し、
かつ、主務省令で定める項目に従って
当該取引等に疑わしい点があるかどうかを確認する方法
その他の主務省令で定める方法により行わなければならない。
(終了)
この条文は、疑わしい取引を判断する際の内容、項目、方法について定められている。
まず、判断の際に利用すべき内容(事実と評価)は次のとおりである。
・ 前提となる取引時確認の内容
・ 当該取引等の態様その他の内容
・ 犯罪収益移転危険度調査書の内容
まあ、普通のことが書いている。
次に、どういう項目に着目するのかについては犯罪収益移転防止法施行規則第26条1号によって次のように規定されている(例によって金融機関に関係ない第2号等の部分は省略)。
以下、この3つの項目を「判断項目」と書くことにする。
・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等と同様の属性を持つ顧客等との間で通常行われる取引内容との比較
・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等がこれまで行ってきた取引内容との比較
・ 判断対象たる取引の内容・態様と取引相手の顧客等に関して金融機関が持っている取引時確認記録や顧客に関する情報との整合性
最後に、疑わしい取引を判断する方法について犯罪収益移転防止法施行規則第27条第1項第1号は次のように規定している(ここも第2号の部分は省略)。
その内容をまとめてしまうと次のようになる。
・ 単発の取引、継続的取引関係を開始する際の取引(現金送金、口座開設等)
判断項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法
・ 取引時確認の確認記録、取引記録を作成、保存している顧客との取引
取引時確認の確認記録、その顧客との取引記録、その他の情報を精査した上で、判断項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法
・ ハイリスク取引(犯罪収益移転防止法第4条第2項)、疑わしい取引、同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引(犯罪収益移転防止法施行令第7条第1項)その他犯罪収益移転危険度調査書等を考慮した結果これらの取引に準じる取引
取引時確認の確認記録、その顧客との取引記録、その他の情報を精査するだけではなく、顧客等又は代表者等に対する質問及び必要な調査を行った上で、統括管理者およびこれに準じる者によって疑わしい点があるかどうかを確認させる方法
ざっくりと書いてしまえば、不審な点のない通常の取引の場合、取引時確認の確認記録、取引記録等の情報を用いて判断項目に従って判断すればよい一方、ハイリスク取引、疑わしい取引、同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引等の場合、追加調査を調査を行って統括管理者等(犯罪収益移転防止法第11条第3号)の承認を得るという方法によらなければならない。
ざっくりとみてしまえば、まあ常識的な手法である。
以上、疑わしい取引の判断過程を確認した。
以下、預金口座を持っている人の日常的なATM取引がどのような過程を経て「疑わしい取引ではないと判断されるのか」をみていく。
具体例として、私がキャッシュカードと通帳を利用して、また、暗証番号入力において1回もミスすることなく、金融機関のATMから7万円を出金したとする。
この点、出金目的は生活において利用する現金の取得にあること、預貯金口座にあった原資は私の給料等であるところ、金融機関にはそのようなことを伝えていない。
また、取引時確認等において私は金融機関に対して職業は従業員であり、取引目的は生活費決済と貯蓄であると告げており、さらに、「反社でないことの誓約」も行っているものとする。
このようなATM取引は頻繁に見かけることであろう。
当然だが、この取引は「特定事業者たる金融機関の特定業務に係る取引」と言える。
そして、これまた当然だが、私自身、このレベルの取引は何度も行っているが、これに対して金融機関から何かを質問されたことは一度もない。
とすれば、相手方金融機関は「①原資が犯罪収益等である疑いがないこと」、マネロン罪に該当しないこと、つまり、「②なりすまし(取引名義の仮装)の疑いがないこと」、「③取引内容につき事実の仮装の疑いがないこと」旨判断したことになる。
では、それはどうやって判断されたのだろうか?
この点、②なりすまし(取引名義の仮装)の疑いがないことは、確認済顧客との取引における確認措置の実施(とその段階で不審な点がないこと)から判断できるだろう。
もちろん、取引時確認(と確認記録の保存)やいわゆる「当該取引時確認をした事項に係る情報を最新の内容に保つための措置」(犯罪収益移転防止法第11条柱書前段、詳細は後述)、いわゆる継続的顧客管理が重要であること、不審な点があれば追加調査が必要であることは当然であるとしても。
では、③取引内容に関する事実の仮装の疑いがないことについてはどうか。
取引時確認において顧客等は、取引目的と職業、事業の内容については申告している。
とすれば、取引内容を判断項目に従って判断すれば、「今回の取引は、(類型的に見て)一定の職業、一定の取引目的を有する顧客が通常行う取引の範囲あり、かつ、その顧客等がこれまで行ってきた取引と同様の取引の範囲内である」と言えそうである。
その結果、「取引内容に関する事実の仮装の疑いがない」と判断できそうである。
最後に、①原資が犯罪収益等でないことの疑いがないことはどう考えるのか。
これは、「反社ではない旨の誓約書を差し出し、かつ、その顧客等について不審な情報(逮捕情報等)が入ってこない顧客等の所有する財産には『犯罪収益等』が含まれる疑いはない」と考えるのではないか。
それゆえ、犯罪収益等の点についても疑いがないと判断できるのではないか。
以上のプロセスを経ることで、日常的に行われる大多数の取引に関する疑わしい取引ではない旨の判断が実施されているうように見える。
また、このように見ることで、「①取引時確認及び継続的顧客管理における申告内容に虚偽や乖離がないこと、②具体的な取引内容がその顧客等の属性と同等の属性を有する者が行うであろう取引の範囲に含まれ、③その顧客等がこれまで行ってきた取引とも大きく乖離していない場合、(なりすまし、虚偽申告、犯罪収益の観点から見て)疑わしい点はない」という判断プロセスが見えてくる。
大多数の取引は概ねこのようなプロセスによって「疑わしい点はない」と判断することになるのだろう。
以上、疑わしい取引の判断方法についてみてきた。
こうやって見ると、法律や施行令、施行規則を見るだけでも輪郭がある程度見えてくるのだなあ。
もちろん、いきなり条文を見ても混乱するだけであるのは間違いないとしても。
次回は、疑わしい取引の届出方法等についてみていく。