薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

司法試験の過去問を見直す4 その7

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 前回において「立法不作為を持ち出す理由」と「立法不作為が違憲になる場合」についてみてきた。

 しかし、訴訟において争点になるのは国家賠償法第1条1項の「違法」の有無である。

 そこで、今回から「違法」の解釈についてみていくことになる。

 

10 立法不作為が国家賠償法上「違法」になるとき

 では、立法不作為が「違法」となる場合の要件はどう考えるべきか。

 この点、国家賠償法の「違法」とは公務員(立法不作為ならば国会や国会議員)の職務義務違反をさす。

 例えば、現在の立法不作為のリーディングケースと言われる在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求訴訟では次のように述べている。

 

平成13年(行ツ)82号在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

(以下、判決文の引用、強調は私の手による)

 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。

(引用終了)

 

 つまり、法内容の違憲・違法と立法不作為の違法は関係がないことになる。

 この点についても、同判決では次のように述べている。

 

(以下、判決文の引用、強調は私の手による)

 国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、

(引用終了)

 

 まあ、立法内容と立法行為の区別がないなら立法不作為を持ち出す必要がないから、当然と言われれば当然なのだが。

 

 

 では、どのような場合に立法不作為(立法行為)が違法になるのか。

 一つの考え方が違憲ならば違法」という発想である。

 つまり、憲法上の立法義務」+「(人権制約を基礎づける立法事実の変化と)相当期間の経過」の2つが成立する場合、立法不作為は違法となる。

 あと、前回は挙げなかったが、違憲であることが明白であるような法律を最初から制定するような場合も国会の持つ立法裁量の完全な逸脱・濫用に該当するから、違法になるだろう。

 この点について判決では次のように述べている。

 

(以下、上記判決から引用、強調は私の手による)

 立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。

(引用終了)

 

11 立法不作為をめぐる最高裁判所の判断の変遷

 ところで、この判決はいわゆる在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決との比較で次のようなことを述べている。

 

(以下、判決引用)

 最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

(引用終了)

 

 ここで引用されている在宅投票制度廃止違憲訴訟はそれまでの立法不作為のリーディング・ケースであった。

 そして、「立法不作為が違法になることはほとんどない」と断言したような判決であり、立法不作為による国家賠償の可能性をほぼ否定した。

 また、時系列をみればこの判決の方が先である。

 だから、この判決を確認する。

 なお、判決のリンクは次のとおりである。

 

昭和53年(オ)1240号損害賠償請求事件

昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

 在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件で「今回の判決と同じ趣旨のことを述べている」と述べた在宅投票制度廃止違憲訴訟では、立法不作為についてどのように述べているか。

 重要と思われる部分を引用しよう。

 

(以下、在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決引用、一部省略、強調は私の手による)

 国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであつて、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。(中略)国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

(引用終了)

 

 規範部分を抜き出してみよう。

 

(在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決引用)

 憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合

(引用終了)

 

 憲法の一義的文言に反するような立法行為は現実的にありえない

 具体的には、議員の免責特権を否定する法律・裁判官の報酬を減額する法律・天皇陛下に政治的権力を付与する法律・一度無罪判決が確定した事件の起訴を認める法律を制定すること、であろうか(他にもあることはあるが、極めて限定的である)。

 この判決によって立法不作為の国賠訴訟で違法の判断が出る見込みは皆無となった。

 

 ところで、在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件の規範の一部(前半は省略)をもう一度見てみよう。

 

(以下、上記判決から引用)

 国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合

(引用終了)

 

 

 最高裁判所によるとこの二つの判決の趣旨は同じなのだそうである。

  確かに、「国会議員の責任は原則政治的責任である」というのは同じであろう。

 しかし、この規範の違いを見れば、これはもはや判例変更ではないのだろうか?

 

 この点、この判決について「『容易に想定しがたい例外的な場合』という強調こそが重要なのであって、『憲法の一義的文言』云々は例示に過ぎない」という考え方がある。

 熊本地方裁判所ハンセン病国家賠償請求訴訟ではこの考え方を採用して、立法不作為を理由とする国家賠償を認めた(当時、画期的な判決と言われた)。

 しかし、最高裁判所がもしこの考えでいたのであれば、「もっと言葉を選べ。あんたらにとって例示はそんなに軽いのか」ということになるだろう。

 もちろん、判決の体系性・統一性を考えれば、「判例変更」を回避すべきであることは分かる。

 また、「判例変更だ」と言ってしまうと、「国会議員は立法不作為が違法になることはないと判断することについて(最高裁判所の判決を信頼したという)相当の理由があるため『過失』がない」ということになりかねないことを懸念したのかもしれない。

 その辺はよくわからないし、やむを得ない面があることは間違いないのだが。

 

 

 以上、立法不作為に関する一般論について確認した。

 このメモは司法試験の憲法の過去問を見直すことが目的であり、過去問の内容は「再婚禁止期間に関する民法の規定の憲法適合性」である。

 そこで、次回は再婚禁止期間の規定に関する立法不作為についてみて、その後、私が過去問その他を見て改めて考えたことについて書いていきたい。