薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す4 その8

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 前回までで「立法不作為」に関する憲法論・法律論・判例の規範について確認した。

 しかし、裁判の背後には具体的な事件がある

 過去問と過去問と類似する判決には「再婚禁止期間の規定によって再婚が制限された女性(たち)」がいるし、他の判例であれば「選挙会場に移動することが極めて困難だったために投票権を行使できなかった重度の身障者たち」、「医学の進歩に適合しないようなハンセン病の隔離政策のために憲法上の人権が大幅に制限された人たち」、「海外にいたがために選挙権を行使できなかった日本人たち」がいる。

 そこで、今回は各事件の「違法(違憲)」のあてはめ(証拠その他によって認定した「事実」に基づいて「違法」などの要件を充足するか検討する作業)の部分を確認する。

 

12 立法不作為の違憲性が争われた事件における「違法」のあてはめ

 今回見ていく事件は次の4つである。

 本当は西陣ネクタイ事件も入れる予定であったが、裁判所のサイトに判決がなかったことから省略した。

 また、熊本地裁ハンセン病の国賠訴訟も極めて重要であるが、今回は除外する。

 

昭和53年(オ)1240号・昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

(いわゆる「在宅投票制度廃止違憲訴訟」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

平成4年(オ)第255号・平成7年12月5日最高裁判所第三小法廷判決

(再婚禁止期間規定に関する昔の国賠訴訟)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/107/076107_hanrei.pdf

 

平成13年(行ツ)82号・平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

平成25年(オ)第1079号・平成27年12月16日最高裁判所大法廷判決

(再婚禁止期間規定に対する違憲判断がなされた判決)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/085547_hanrei.pdf

 

 

 また、規範部分とその背景も確認しておく。

 

(立法不作為が違法・違憲になる条件、なお、一部省略)

・(昭和60年判決)憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合

・(平成17年判決)立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合

・(平成27年判決)法律の規定が(中略)憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合

 

(規範の背後にある背景)

・国会は国権の最高機関にして唯一の立法機関(憲法41条)、立法に関する広範な裁量がある

・国会議員には免責特権がある(憲法51条)ので、国会議員の責任は原則政治責任である

・国家賠償請求権(憲法17条)を具体化した国家賠償法は国会議員を含む公務員の職務違反行為によって損害が発生したときに、国がその損害を賠償することを定めた規定である

 

 この点、平成17年の在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件と平静27年の再婚禁止期間規定に対する違憲判決は規範に若干の違いがある。

 しかし、「憲法の一義的文言云々」との差に比べれば些細だし、構造として憲法上の立法義務+合理的期間を超えて放置」という構造に変化はない以上、ここでは「ほとんど同じで、より整理された」という評価をする。

 もちろん、「憲法上の立法義務」の範囲が拡張されているのではないか、という感じ(あくまで感じ)がしないではないが。

 

 

 まず、昭和60年の在宅投票制度廃止違憲訴訟において最高裁判所はどんなあてはめをしたか。

 判決の該当する部分を引用すると、次のようになる。

 

(以下、判決文の引用)

 憲法には在宅投票制度の設置を積極的に命ずる明文の規定が存しないばかりでなく、かえつて、その四七条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しているのであつて、これが投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定を原則として立法府である国会の裁量的権限に任せる趣旨である(後略)

(引用終了)

 

 つまり、「立法義務を裏付ける明文の規定の不存在」+「選挙制度の決定に関する国会の裁量」を理由に立法不作為の違法性を否定している。

 このあてはめを見ると、憲法の一義的文言」の存在が軽くないように見えるのだがどうなのだろうか。

 

 この流れは平成7年の再婚禁止期間の違憲性を争った訴訟の判決にもみられる。

 

(以下、平成7年の判決のあてはめ部分の引用)

 合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法一四条一項に違反するものではなく、民法七三三条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上(後略)

(引用終了)

 

 

 これに対して、平成17年の判決はどうか。

 選挙権を制限していた公職選挙法違憲である旨宣言した後で、立法不作為については次のように述べている。

 

(以下、平成17年判決のあてはめ部分引用)

 在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのである(後略)

(引用終了)

 

 この判決では基準が変更されているので、あてはめの中身も異なる。

 ただ、もしも、昭和60年の従前のあてはめに従えばどうなるのだろうか。

「在外日本人に対する選挙権を極めて困難にする制度を作った」と考えれば、昭和60年のケースと同様のあてはめになるように考えられる。

 しかし、憲法15条3項の「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」から見た場合、景色が少し変わる。

 というのも、「普通選挙でない選挙を行うような法律」を制定することや「普通選挙ではない選挙を行う法律」を放置するといった立法不作為は憲法の一義的文言云々に抵触しうるからである。

 憲法47条が選挙の方法に関する国会の裁量を肯定したところで、普通選挙でない選挙を行う裁量が47条から発生することはない。

 そして、例えば、法律による投票制度の内容が「東京都では普通選挙に基づいて行う、沖縄県では普通選挙に基づいて行わない」というものだった場合、これは「普通選挙でない選挙」に該当するであろう。

 この場合、この法律は「普通選挙でない選挙を行うような法律」になる。

 このように考えれば、憲法の一義的文言云々にかなり接近することになるし、場合によってはヒットすることすらあるだろう。

 以上のことを考えると、昭和60年の判決のままでも微妙なものが見られたかもしれない。

 

 

 さて、今回検討している過去問は「再婚禁止期間に関する民法の規定の憲法適合性」である。

 では、平成27年の違憲判決において立法不作為に対してどのように判断したか。

 判決の該当部分を引用する。

 

(以下、平成27年の判決のあてはめ部分引用、強調は私の手による)

 本件規定は、前記のとおり、昭和22年民法改正当時においては100日超過部分を含め一定の合理性を有していたと考えられるものであるが、その後の我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や、父性の判定に誤りが生ずる事態を減らすという観点からは、本件規定のうち100日超過部分についてその合理性を説明することが困難になったものということができる。

 平成7年には、当裁判所第三小法廷が、再婚禁止期間を廃止し又は短縮しない国会の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるかが争われた事案において、国会が民法733条を改廃しなかったことにつき直ちにその立法不作為が違法となる例外的な場合に当たると解する余地のないことは明らかであるとの判断を示していた(平成7年判決)。これを受けた国会議員としては、平成7年判決が同条を違憲とは判示していないことから、本件規定を改廃するか否かについては、平成7年の時点においても、基本的に立法政策に委ねるのが相当であるとする司法判断が示されたと受け止めたとしてもやむを得ないということができる

 また、平成6年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」においては、再婚禁止期間を100日に短縮するという本件規定の改正案が示されていたが、同改正案は、現行の嫡出推定の制度の範囲内で禁止期間の短縮を図るもの等の説明が付され、100日超過部分が違憲であることを前提とした議論がされた結果作成されたものとはうかがわれない。婚姻及び家族に関する事項については、その具体的な制度の構築が第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄であることに照らせば、平成7年判決がされた後も、本件規定のうち100日超過部分については違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった状況の下において、我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い、平成20年当時において、本件規定のうち100日超過部分が憲法14条1項及び24条2項に違反するものとなっていたことが、国会にとって明白であったということは困難である。

(引用終了)

 

 この事件を憲法の一義的文言云々の基準で見た場合の判断は平成7年の判決で確認しているため、ここでは省略する。

 そして、今回のあてはめを基礎づける事情をまとめると、「合理性を失って違憲になった原因は社会の変化にある」+「平成7年の判決を前提とすれば立法義務を国会議員が意識することは困難」+「違憲を前提とした議論の不存在」になる。

 

 そして、今回の規範から見たあてはめを見た場合、興味深いのは「平成7年の判決への信頼」に対する言及があることである。

 もし、これを前提にするなら、前述の平成17年判決にも「昭和60年判決への信頼」があったと思われるがどうなのだろう。

 最高裁判所があれだけ強烈な文言を使ったのだ。

 立法不作為が違法にならないことについて相当の信頼があっても不思議ではない。

 他人から見れば些細だと思われる(私もその点を否定する気は全くない)「憲法の一義的文言云々」にこだわっている理由はここにある。

 

 

 もちろん、「選挙権を実質ならしめるための明文上の立法義務の存在」という点は大きい。

 よって、「その差が違法・合法の差となった」と言われれば、理解も納得も賛成もできる。

 ただ、こうやって色々見ていくと、その裏にあるものが見えてくる。

 私は既に(旧)司法試験に合格しており、現在、憲法の過去問を通じてみているものは、判決の具体的基準よりもその背後にあるもの、例えば、裁判所集団と国会の議員集団の意識・行動規範などである。

 その意味で今回の見直しは意義があるのだが。

 

 以上、事件と法律的なものについてみてきた。

 ただ、私が考えたこと・気になったことは別のところにある。

 次回はその点について触れて、この過去問の検討を終わりにしたい。