今回はこのシリーズの続き。
司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。
6 私企業における平等権の適用
前回までで設問前段の条例の検討を行った。
今回からは設問後段の検討に移る。
まず、問題文を確認しよう。
(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成2年度・憲法第1問の問題文を引用、引用元・リンク先などは前回と同様ゆえ省略、なお、文毎に改行)
ある市において一般職員の採用に関し、身体障碍者については健常者に優先して一定の割合で採用すること、男性については肩までかかる長髪の者は採用しないこと、を内容とする条例を定めたとする。
この場合の憲法上の問題点について論ぜよ。
私企業が同じ扱いをした場合についても論ぜよ。
(引用終了)
設問前段では市の条例で定めたという事情があったため、憲法の平等原則との関係をストレートに検討した。
これに対して、私企業には憲法がストレートに適用されるわけではない。
だから、平等原則としてではなく平等権の制限という形で検討する必要がある。
また、平等権が憲法上の保障を受けるからといっても、私人間においては憲法の人権規定は私法の一般条項の解釈において趣旨が考慮されるに過ぎない。
いわゆる間接適用説である。
そのため、設問後段では民法90条の「公序良俗」の解釈において人権規定の趣旨が解釈されるに過ぎないことになる。
以上の一般論の部分を一気に書き切ってしまおう。
なお、問題文の身体障碍者には知的障がい者や精神障がい者を含むものと考える。
私企業が設問前段と同様なことをした場合、①健常者は障がい者と比較して採用時に不利に扱われることになるし、②長髪の女性と異なり長髪の男性はその企業に一律に採用されないということになる。
そこで、これらの規定は健常者や長髪男性の平等権を制約するものとして許されないのではないか。
この点、憲法14条1項の平等原則は、国民に対して不合理な差別を受けない権利を保障していると解されているので、不合理な差別を受けない権利は憲法上の権利として保障されるものと解される。
そのため、設問後段の扱いは平等権の制限にあたりうることになる。
もっとも、設問後段で権利の制限をしている主体は企業であって、公権力の主体ではない。
そこで、人権規定が私人間にも適用されるかが問題となる。
この点、社会的権力が増大した現代においては人権を社会的権力から保護する必要がある。
もっとも、人権の直接適用は私法の大原則たる私的自治の原則に反することとなり、妥当でない。
そこで、人権保障と私的自治の原則の調和の観点から、私法の一般条項に憲法の人権規定の趣旨を解釈・適用することで、間接的に私人間の行為を規律すべきものと解する。
つまり、民法90条の「公序良俗」の解釈において憲法14条1項の趣旨を解釈することにより、私企業の扱いの適法性を検討していくべきものと解する。
以下、障がい者の優遇と長髪の男性についてそれぞれ検討する。
間接適用説については以前に述べた三菱樹脂事件最高裁判決のとおりである。
なお、平等権の私人間適用が問題になった事件として日産自動車事件があるが、ここで最高裁判所は次のように述べている。
昭和54(オ)750号雇傭関係存続確認等事件
昭和56年3月24日最高裁判所第三小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/345/056345_hanrei.pdf
(以下、上記判決から引用、セッション番号など省略、一部中略、各文毎改行、強調は私の手による)
原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)。
(引用終了)
この判決では平等権(平等原則、憲法14条1項)の趣旨が民法90条の解釈として用いられていることが分かり、無適用説や直接適用説ではなく間接適用説が用いられていることが分かる。
ここまでの骨組みは最高裁判所の枠と同様(同趣旨)である。
以下、障がい者の優遇、長髪男性の排除、それぞれのケースについてみていこう。
ただし、間接適用説は基準としてあいまいなので、日産自動車事件の最高裁判決がどんな要素を検討したのかを確認する。
7 日産自動車事件最高裁判決を見る
日産自動車事件とは、男性の定年を60歳、女性の定年を55歳とする企業の規定に対して、この規定を不服とした従業員(おそらく女性と考えられる)が訴訟を起こしたものである。
そして、原審においてこの規定が公序良俗違反である旨判断されたのを不服とした企業側が最高裁判所に上告した。
この点、この規定が無効になれば従業員の退職が無効になるため、企業は一定の賃金を支払うことが要請される。
だから、この規定の適法性により一定の金銭が動くことなる。
ただ、「規定が無効」だけで終わるわけではない(終わるならそもそも「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にならないので訴えを却下して終わる)。
さて、この事件で最高裁判所は次のように述べて、男女別の定年規定を無効とした。
(以下、上記判決から引用、セッション番号など省略、一部中略、各文毎改行、強調は私の手による)
上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定しているところ、右の男女別定年制に合理性があるか否かにつき、原審は、上告会社における女子従業員の担当職種、男女従業員の勤続年数、高齢女子労働者の労働能力、定年制の一般的現状等諸般の事情を検討したうえ、上告会社においては、女子従業員の担当職務は相当広範囲にわたつていて、従業員の努力と上告会社の活用策いかんによつては貢献度を上げうる職種が数多く含まれており、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を上告会社に対する貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はないこと、しかも、女子従業員について労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡が生じていると認めるべき根拠はないこと、少なくとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはなく、各個人の労働能力の差異に応じた取扱がされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないことなど、上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない旨認定判断したものであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。
(引用終了)
ちなみに、引用した部分はこれで1文である。
めちゃくちゃ長い。
ワンセンテンスワンテーマの原則を蹂躙するような長文である。
このままではあれなので、整理しよう。
(規定について)
上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定している
(判断の根拠になった事情)
上告会社における①女子従業員の担当職種、②男女従業員の勤続年数、③高齢女子労働者の労働能力、④定年制の一般的現状等諸般の事情
(合理性が認められない根拠)
①、上告会社においては、女子従業員の担当職務は相当広範囲にわたつていること
②、(①の結果、女子)従業員の努力と上告会社の活用策いかんによつては貢献度を上げうる職種が数多く含まれており、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を上告会社に対する貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はないこと、
③、女子従業員について労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡が生じていると認めるべき根拠はないこと
④、少なくとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはないこと
⑤、各個人の労働能力の差異に応じた取扱がされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないことなど、
(結論)
上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない
この判決は原審の判断を是認している(なお、原審の判決は次のサイトを参考にした)。
また、地方裁判所の判決もこの点については公序良俗違反としている。
そして、この点に関する原審の判決文を見ると、具体的かつ詳細に合理性の有無を判断している。
ある種、企業経営上の観点と男女別退職規定の合理的関連性のみにとらわれず、実質的関連性の有無を調べているといってもよい。
まあ、本件はいわゆる歴史的・伝統的な差別規定と言いうるところから、審査基準が厳格になったのかもしれないが。
ところで、判決から設問(特に、長髪について)に使えそうだなと考える部分は、①業務範囲の広範性と②一律排除の合理性に関する部分であろうか。
退職と採用は入口と出口という点で異なるが、企業内と企業外の差を分けるという点では共通するから。
もちろん、退職と採用と比べれば採用の方が企業にとっては自由になるとは言え、この点は三菱樹脂事件最高裁判決が述べている通りであるとしても。
昭和43(オ)932号労働契約関係存在確認請求事件
昭和48年12月12日最高裁判所大法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/931/051931_hanrei.pdf
(以下、同判決から引用、各文毎に改行、セッション番号などは省略、強調は私の手による)
ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。
それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。(中略)
(引用終了)
これらの点を考慮しながら、設問の検討をしていこう。
しかし、規定量を超えているので、具体的な検討は次回に。