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司法試験の過去問を見直す17 その3

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成7年度の憲法第1問を見ていく。

 

5 放送法に関する最高裁判所の言及について

 前回、放送事業者の放送の自由に対する審査基準を定立した。

 そこで、ここからあてはめに移ることになる。

 しかし、放送法に関して最高裁判所が述べていることを確認することはあてはめの際の参考になると考えられる。

 そこで、あてはめの前に次の最高裁判決を確認したい。

 

平成13年(オ)1513号訂正放送等請求事件

平成16年11月25日最高裁判所第一小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/321/052321_hanrei.pdf

 

 最高裁判所判決に従うとこの事件の概要は次のとおりである。

 

(以下、上述の最高裁判所判決から引用、各文毎改行、セッション番号など省略、強調は私の手による)

 被上告人は,上告人に対し,本件放送により甲とその妻であった被上告人との離婚の経緯や離婚原因に関する真実でない事項の放送がされたことによって,被上告人の名誉が毀損され,プライバシーを侵害されたと主張して,民法709条,710条に基づく慰謝料等の支払,同法723条に基づく謝罪放送及び放送法(以下「法」という。)4条1項に基づく訂正放送を求めている。

 なお,被上告人の上記請求のうち,民法723条に基づく謝罪放送を求める部分については,原判決において請求を棄却すべきものとされ,これに対して被上告人から不服申立てがされていないので,上記部分は,当審における審理判断の対象とはなっていない。

(引用終了)

 

 これに対して、原審では次のような判断を示した。

 

(以下、上述の最高裁判所判決から引用、各文毎改行、セッション番号など省略、一部中略、強調は私の手による)

 原審は,被上告人の損害賠償請求を一部認容するとともに,訂正放送請求を認容した。

 原審の判断中訂正放送請求に関する部分は,次のとおりである。

 本件放送で放送された上記1(2)ウ①から④までの各事項は真実ではない。

 本件放送では甲及びその長男の顔はぼかしをかけずに放映されたのであるから,これが被上告人の夫又は息子であることを知る者が通常の注意力をもって本件放送を見ていれば,容易に本件放送が被上告人とその夫との離婚問題を取り上げていることに気付くものと認められ,本件放送は,被上告人のプライバシーを侵害したものというべきである。

 また,本件放送は,被上告人が夫である甲に対する思いやりのない,自己中心的で人間性に欠ける女性であるとの印象を与えるものということができるので,被上告人の名誉を毀損したものということができる。

 法4条1項の規定は,放送事業者の放送により権利を侵害された者は,私法上の権利として,その放送のあった日から3か月以内にその放送事業者に対して訂正放送を求めることができることを規定したものと解するのが相当であり,放送事業者が請求を受けても訂正放送に応じない場合には,裁判によりその実現を求めることができるというべきである。

(引用終了)

 

 そして、最高裁判所はこの原審が肯定した「被害者の放送事業者に訂正放送をさせる権利」を否定するわけだが。

 その際に、放送法について言及しているので、この点を確認しよう。

 

(以下、上述の最高裁判所判決から引用、各文毎改行、セッション番号など省略、一部中略、強調は私の手による)

 このように,法4条1項は,真実でない事項の放送について被害者から請求があった場合に,放送事業者に対して訂正放送等を義務付けるものであるが,この請求や義務の性質については,法の全体的な枠組みと趣旨を踏まえて解釈する必要がある

 憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において,法1条は,「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること」(1号),「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」(2号),「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(3号)という三つの原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを法の目的とすると規定しており,法2条以下の規定は,この三つの原則を具体化したものということができる。

 法3条は,上記の表現の自由及び放送の自律性の保障の理念を具体化し,「放送番組は,法律に定める権限に基く場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない」として,放送番組編集の自由を規定している。

 すなわち,別に法律で定める権限に基づく場合でなければ,他からの放送番組編集への関与は許されないのである。

 法4条1項も,これらの規定を受けたものであって,上記の放送の自律性の保障の理念を踏まえた上で,上記の真実性の保障の理念を具体化するための規定であると解される。

 そして,このことに加え,法4条1項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。

 前記のとおり,法4条1項は被害者からの訂正放送等の請求について規定しているが同条2項の規定内容を併せ考えると,これは,同請求を,放送事業者が当該放送の真実性に関する調査及び訂正放送等を行うための端緒と位置付けているものと解するのが相当であって,これをもって,上記の私法上の請求権の根拠と解することはできない。

(引用終了)

 

 確かに、判決で述べていることは本問要求との関連性が密接であるわけではない。

 しかし、ここで述べたことは本問要求との関係では参考になる点が多かろう。

 

 ちなみに、ここで登場する放送法4条1項と罰則については現在の条文では次のようになっている。

 

放送法第9条(訂正放送等)

第1項

 放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によつて、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、放送のあつた日から三箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から二日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない。

第2項

 放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも、前項と同様とする。

第3項

 前二項の規定は、民法(明治二十九年法律第八十九号)の規定による損害賠償の請求を妨げるものではない。このようになっている。

 

放送法186条

 第九条第一項(第八十一条第六項において準用する場合を含む。)の規定に違反した者は、五十万円以下の罰金に処する。

 

 つまり、この事件では訂正放送を怠れば刑事罰の適用を受ける可能性があった。

 これに対して、本問要求に対しては現行法上は特に罰則がない

 この点はあてはめで活用できるかもしれない。

 

 以上、最高裁判所の判決を確認した。

 以下、あてはめに移る。

 

6 放送事業者に対する本問要求に関するあてはめ

 前回見てきた通り、放送事業者の放送編集の自由に対する具体的な基準はいわゆる「厳格な合理性の基準」、つまり、目的が重要であって、手段が目的との関係で実質的関連性を有する場合に合憲、という基準である。

 合理的関連性で足りるとはしなかったが、LRAの基準、とか、必要不可欠・必要最小限度といったもっとも厳格な審査基準は採用していない。

 

 なお、問題文は次のとおりである。

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成7年度憲法第1問の問題文を引用、引用元は前回と同様のため、引用元の書籍へのリンクは省略)

 放送法は、放送番組の編集に当たって、「政治的公平であること」、「意見の対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を要求している。新聞と対比しつつ、視聴者及び放送事業者のそれぞれの視点から、その憲法上の問題点を論ぜよ。

(引用終了)

 

 では、あてはめをしていこう。

 まずは、目的から。

 

 

 これを本問について見た場合、放送法が放送番組の編集にあたって「政治的公平であること」や「意見の対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を要求した目的は、放送の政治的中立性を確保するとともに国民に対して多様な情報を提供することにある。

 このような目的が実現すれば、国民の知る権利(憲法21条1項)の実効性に寄与する一方、多様な論点の提供により議論の質の向上に寄与し、憲法が採用する民主主義(前文、1条)の発展にもつながる。

 したがって、目的は憲法上の利益を実現する上で重要であると言える。

 

 

 目的については否定する必要はほとんどないので、これでよろしいかと考えられる。

 やや丁寧なきらいもなくはないが、事実の評価を忘れないようにはしたい

 

 次に、手段の実質的関連性についてみていく。

 実質的関連性の有無を判断する要素は①合理性(手段の実効性)と②必要性(代替手段の可能性)である。

 ここからは新聞と対比しながら検討していくことにする。

 

 

 次に手段について検討すると、放送事業者といっても視聴者やスポンサーからの評価を無視することは極めて難しい。

 そのため、新聞に対する規制と同様に、政治的公平性や対立論点の多角的な指摘について放送事業者の自由に任せた場合、視聴者やスポンサーに過剰に忖度し、政治的に偏向性を持たせたり、対立する問題に対して一方的な立場の主張を重ねることは十分ありうる。

 その結果、新聞と放送の表現手法の違いから、視聴者は放送に大きな影響を受ける可能性が高く、その結果、一方的な世論が形成されたり、意見の対立する論点において単純化して扱われ、議論の多様性を損なう危険がある。

 そして、現代のインターネットにおける炎上事件などを考慮すれば、この危険性は抽象的・観念的なものではなく、具体的・現実的な危険であると言える。

 ならば、条文において本問要求をすることは、目的の実現に十分な効果があり、具体的に有効なものである、と言える。

 

 また、現行の放送法では、単に本問要求をしているにすぎず、訂正放送を怠ったときの場合のような刑事罰は設定されていない

 さらに、政治的公平性についても「公平」という基準を客観的に設定するのは難しいし、意見の対立する問題を放送するときも「できるだけ」多くの論点を指摘することを要求しているに過ぎない。

 ならば、両者は努力目標として放送事業者の判断によってなされることを想定しており、要求による制限の程度は軽微である。

 以上を考慮すれば、本問要求は放送事業者の自律的判断を十分尊重していると言え、適切なものと言える。

 

 したがって、本問要求は前述の目的を実現する上で有効適切な手段であると言え、実質的関連性を有する。

 よって、本問要求は放送事業者の放送編集の自由に対する合理的制限と言える。

 以上より、本問法律は放送事業者との関係では合憲である。

 もっとも、本問要求は基準として不明確であるし、放送法は放送事業者の放送の自由やその自律性を十分に尊重することを前提としているから、この要求を口実に放送事業者に介入し、不利益処分を課すことは極めて例外的な状況を除けば許されないと考える。

 

 

 以上、あてはめを行った。

 結論は合憲としている。

 まあ、現在する法律であるから、違憲にするのは難しかろう。

 

 なお、本問要求は不明確であり、委縮効果を招くことから明確性の原則に反しないかが問題となるが、それについては一番最後の「もっとも」以下のところで少し触れることにした。

 というのも、訂正放送のケースのように、本問要求に反する行為に対して直ちに刑事罰を発動させるような条項を追加したら、違憲になるであろうから。

 でも、問題文にはそのような言及はないし、現行の放送法にもそのような規定があるので、制裁条項はないという前提で議論を進めてよいものと考えられる。

 

 

 以上、放送事業者の観点からみてきた。

 次回は、視聴者の立場からみていくことにする。