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司法試験の過去問を見直す16 その6

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成6年度の憲法第1問を検討していく。

 

8 損失補償が認められる場合

 まず、問題文と憲法29条3項を確認する。

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成6年度憲法第1問の問題文を引用、引用元は前回までと同様、よって、リンク先は省略)

 用地の取得が著しく困難な大都市において、公園及び公営住宅の建設を促進するために、当該都市に所在する私有の遊休土地を市場価値より低い価格で収用することを可能とする法律が制定されたと仮定する。

 この法律に含まれる問題点を挙げて論ぜよ。

(引用終了)

 

憲法29条3項 

 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる

 

 前回までは、本問法律における土地の収用が財産権に対する合理的な制限として合憲であること、仮に、収用価格が不合理な価格(廉価)である場合、憲法29条3項を直接根拠にして損失補償請求ができることを確認した。

 今回からは本問で損失補償請求が認められるかについてみていく。

 というのも、問題文には「土地を市場価値より低い価格で収用することを可能とする」としか書いておらず、計算方法も示されていなければ、下限も示されていない。

 そのため、本問法律は「単位面積当たり0円で土地を収用する」ということを可能にしていると見ざるを得ないからである。

 

 

 なお、損失補償請求が認められるか否かについては次の二段構えで考える必要がある。

 まず、そもそも損失補償自体が認められるかどうか

 というのも、本問法律は財産権に対する合理的制限として合憲と考えているところ、後述のように、財産権に対する合理的制限であり、かつ、補償を要さない場合もあるからである。

 次に、損失補償が必要であることを前提として、市場価格から低い価格が「正当な補償」と言えるか、ということ

 こちらでは、「正当な」補償の意義が問題となる

 もちろん、そもそも本問収用が「公共のため」と言いうるかという点も問題となるが、この点は明白に認められるため、あっさり触れることにする。

 

 

 では、損失補償はいかなるときに必要か。

 憲法29条3項の趣旨は、①価格による補償を通じた財産権不可侵の徹底と②平等原則の維持(契機)になる

 とすると、①の観点から見た場合、財産権に対する軽微な制限、例えば、使用権の一部制限であれば、一般的な受忍限度の範囲に属するとして補償は不要となるだろう。

 逆に、財産権の制限が強度なもの、例えば、所有権の喪失を伴うような場合、補償が必要になると言える。

 また、②の観点から見た場合、国民全体に対する制限であれば、平等な制限になるため補償は不要となる。

 これに対して、特定の人間や集団のみが対象となるような場合、全体ではなく一部に不利益を押し付けることになるので補償が必要になる、ということになる。

 では、これをコンパクトにまとめてしまおう。

 

 

 まず、本問法律による土地の収用に対して損失補償は必要か。

 この点、本問収用の目的は大都市における公園・公営住宅の建設促進にあるため、「公共のため」であることは明白である。

 そこで、損失補償の要否の基準が問題となる。

 この点、前述の通り、憲法29条3項の趣旨が価格補償による財産権不可侵の原則の徹底や平等原則の維持にあることを考慮すれば、損失補償が必要か否かは、①対象が国民全体を対象とするものか、あるいは、特定の個人や集団を対象とするものか、という点と②制限の程度が一般的な受忍限度の範囲にとどまるものか、それを超えて財産権に対する強度な制限となるものか、という2点から決定すべきものと解する。

 本問法律について見ると、大都市の土地が収用の対象となっているところ、土地の所有権者だけが収用の対象となっているから、特定の個人や集団を対象としている。

 また、土地の収用によって土地の所有権を失うことになるので、これは強度な制限と言わざるを得ない。

 よって、本問では29条3項による補償が認められる。

 

 この部分は触れる必要はあれどもあっさり認めて良かろう。 

 というのも、メインディッシュは次の点にあるからである。

 

9 「正当な」補償の意義

 では、市場価格より低い価格であっても「正当な補償」と言えるか。

 憲法29条3項の「正当な」補償の意義が問題となる。

 

 ここで判例にご登場いただこう。

 土地収用法の合憲性が問題となった事件で最高裁判所は次のようなことを述べている。

 

平成10年(行ツ)158号土地収用補償金請求事件

平成14年6月11日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/242/052242_hanrei.pdf

(ここでは、以下「土地収用法合憲判決」という)

 

(以下、土地収用法合憲判決から引用、各文毎に改行、強調は私の手による)

 憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって,必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではないことは,当裁判所の判例最高裁昭和25年(オ)第98号同28年12月23日大法廷判決・民集7巻13号1523頁)とするところである。

 土地収用法71条の規定が憲法29条3項に違反するかどうかも,この判例の趣旨に従って判断すべきものである。

(引用終了)

 

 やや分かりにくいのでぶっちゃけて言い換えてみよう。

「その当時の経済状態において成立すると考えられる価格」とはいわゆる当時の市場価格である。

 そのため、「上記の価格」というのも(当時の)市場価格になる。

 だから、「正当な補償」について最高裁判所は次のように述べていると言える。

 

・正当な補償とは市場経済に基づき合理的に算出された相当な額

・正当な補償額が必ずしも当時の市場価格と一致する必要はない

 

 とすれば、市場価格より低額であるという理由のみによって「正当な補償」ではないということにはならないとしても、決定された価格自体が「市場価格に基づき合理的に算出された相当な額」であることは必要であり、その「相当な額」よりも低額である場合、損失補償として請求できる、ということになる。

 

 

 もっとも、これでは基準としてあまりに抽象的である。 

 また、「最高裁判所が示した基準」は実務における最強のカードではあるが、最高裁判所が言ったから」というのは司法試験の答案において基準の根拠にはできない

 そこで、この判決で最高裁判所がどのようなこことを述べたかを見ながら、この基準の根拠を見つつ、さらに、基準を具体化していく。

 

(以下、土地収用法合憲判決から引用、各文毎に改行、ところどころ中略、セッション番号は省略、強調は私の手による)

 土地の収用に伴う補償は,収用によって土地所有者等が受ける損失に対してされるものである(土地収用法68条)ところ,収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであり,その時に補償金の額が具体的に決定される(同法48条1項)のであるから,補償金の額は,同裁決の時を基準にして算定されるべきである。

 その具体的方法として,同法71条は,事業の認定の告示の時における相当な価格を近傍類地の取引価格等を考慮して算定した上で,権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて,権利取得裁決の時における補償金の額を決定することとしている。

 事業認定の告示の時から権利取得裁決の時までには,近傍類地の取引価格に変動が生ずることがあり,その変動率は必ずしも上記の修正率と一致するとはいえない

 しかしながら,(中略),事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は,起業者に帰属し,又は起業者が負担すべきものである。(中略)

 そして,任意買収においては,近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる。

 なお,土地収用法は,事業認定の告示があった後は,権利取得裁決がされる前であっても,土地所有者等が起業者に対し補償金の支払を請求することができ,請求を受けた起業者は原則として2月以内に補償金の見積額を支払わなければならないものとしている(同法46条の2,46条の4)から,この制度を利用することにより,所有者が近傍において被収用地と見合う代替地を取得することは可能である

 これらのことにかんがみれば,土地収用法71条が補償金の額について前記のように規定したことには,十分な合理性があり,これにより,被収用者は,収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである。

 以上のとおりであるから,【要旨】土地収用法71条の規定は憲法29条3項に違反するものではない。そのように解すべきことは,前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。

(引用終了)

 

 この点、最高裁判所土地収用法71条によるを合憲と判断している根拠を拾ってみると次のようになる。

 

・相当な額は土地収用の裁決時を基準として決定される

・相当な額は事業認定の告知時における近傍類地の取引価格などを考慮して決定される①告知時の相当な額と物価変動率によって計算される②修正率の積で決定される

・任意買収に応じる人に対しては告知時の取引価格を基準に実際の買収額を決定している

・修正率と実際の価格変動率が一致するとは限らないから相当な額と(採決時の)市場価格が異なることはありうるが、それは任意買収に応じた人間も同様であり、この差額分の不利益が受忍限度を超えるものとは言えない

・裁決前に補償金を請求することが可能であるから、採決前に補償金を得て代替地を得ることは可能

 

 以上の事情から、土地収用法71条による計算は合理的なものと判断した。

 ざっくりまとめると、算定方法に用いる額についてはある時点の市場価格が反映されていること、任意買収に応じた人間と条件が同じであること、代替地の取得が相当程度可能であることが根拠となっている。

 そして、収用前後における被収容者の財産価値を等しくなるように補償が受けられる旨の認定がなされている。

 

 とすると、本判決さらに具体化するならば、「相当な額」は収用時(裁決時)の市場価格と一致する必要はないとしても、収用前後における被収容者の財産価値を等しくなるように補償が受けられていると言えることは必要である。

 なぜなら、憲法29条3項の趣旨は、収用される私有財産に対して価格で補償することによって財産権不可侵の原則の徹底をはかることにあるところ、この趣旨を十全ならしめるためには収用によって被収容者の財産が大きく変わることがないことが求められるからである。

 なお、任意買収との対比や告知と裁決の間にタイムラグがあることを考慮すれば、完全に市場価格に一致させることは不可能であることも「相当な額」でよいことの根拠となるかもしれない。

 

 

 以上を用いて本問を考えるならどうなるだろうか。

 問題提起から結論までを一気に示していこう。

 

 では、本問法律によって「正当な補償」がなされていると言えるか。「正当な補償」の意義が問題となる。

 確かに、憲法29条3項の趣旨たる財産権不可侵の原則の徹底すれば、収用前後による被収容者の財産変動がないことが求められる。

 この発想を前提とすれば、正当な補償とは収用時の市場価格そのものによる補償であるということになるだろう。

 しかし、財産を収用する際には、収用する旨の告知から収用するまでにタイムラグがあり、収用額は告知のタイミングで考えざるを得ない以上、実際の市場価格と一致させることは不可能である。

 そこで、憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,当時の経済状況を考慮しつつ合理的に算出された相当な額であり、実質的に見て収用前後における被収容者の財産価値を等しくなるようにすることが求められるものと解する

 本問についてこれを見ると、確かに、本問の「市場価格より低い価格」であるだけでは、「正当な補償」ではないということはできない。

 しかし、本問法律は「低い価格」としか書かれておらず、算定基準が全く示されていない。

 とすれば、この価格が大都市の不動産価格を全く考慮しないものであるとか、代替地の取得が極めて困難であるような価格であるならば、実質的に見て収用前後における被収容者の財産価値を等しくなるとはいえない。

 したがって、この場合はその差額を損失補償として請求できる。

 

 

 財産権不可侵の原則の徹底を重視すれば、このような結論になるであろう。

 というのも、大都市において有休の土地を維持するには相応の費用がかかることから、所有者にとってその土地が不要であれば任意買収に応じるであろうところ、任意買収に応じないならばその土地を必要とする相応の理由があると考えられるからである。

 その理由を無視して強引に低い価格で収用することは必ずしも妥当とは言えないだろうからである。

 

 とはいえ、本問の問題意識として次のようなものがあると考えられる。

 土地が足らない大都市で有休の土地を活用したいが、市場価格を基準に土地の収用していたら自治体の金が足りない

 だから、敢えて法律で「市場価格より低い価格の収用」を可能にしたのに、差額の請求を認めたら法律を制定する意味がないではないか

 

 もちろん、この点に踏み込まなくても合格答案にはなるだろう。

 しかし、この点は考えてみる価値がある。

 そこで、土地収用法合憲判決が引用している農地改革事件の最高裁判決を見ながら、本問の問題意識に対してどう応えるべきかを考えていく。

 

 ただ、既に結構な分量になってしまったので、ここからは次回に。