薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す16 その8(最終回)

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成6年度の憲法第1問を見ていく。

 もっとも、問題文の検討は前回までで終了した。

 そこで、今回は問題外の事情について考えたことを述べていきたい。

 

10 森林法共有林事件最高裁判決の各意見から見えてくるもの

 本問の検討にあたって森林法共有林事件違憲判決を検討した。

 

昭和59年(オ)805号共有物分割等

昭和62年4月22日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「森林法共有林違憲判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/203/055203_hanrei.pdf

 

 この森林法共有林事件違憲判決では、営業の自由の違憲審査基準にあるような「規制目的による違憲審査基準の詳細化」といった作業はしていない。

 ただ、意見や反対意見を見ると、規制目的を考慮して審査基準を具体化しているため、この点を確認しておく。

 

 まずは、大内恒夫裁判官(裁判官出身)の意見から。

 この裁判官は森林法の共有地分割の制限について本件を含む一部のみを違憲と考えている(だから、補足意見ではなく意見となっている)。

 

(以下、大内裁判官の意見から引用、セッション番号省略、各文毎改行、一部中略、強調は私の手による)

(中略)かかる規制は、憲法上、経済的自由の一つである財産権の制約に当たり、憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合することを必要とする。

 ところで、経済的自由の規制立法には、精神的自由の規制の場合と異なり、合憲性の推定が働くと考えられ、財産権の規制立法についても、その合憲性の司法審査に当たつては、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、これを尊重すべきものである。

 そして、同じく経済的自由の規制であつても、それが経済的・社会的政策実施のためのものである場合(積極的規制)は、事の性質上、社会生活における安全の保障や秩序の維持等のためのものである場合(消極的規制)に比して、右合理的裁量の範囲を広く認めるべきであるから、右積極的規制を内容とする立法については、当該規制措置が規制の目的を達成するための手段として著しく不合理で裁量権を逸脱したことが明白な場合でなければ、憲法二九条二項に違反するものということはできないと解するのが相当である

(引用終了)

 

 ここで述べられていることは、小売市場距離制限事件最高裁判決や薬事法距離制限事件最高裁判決にみられるいわゆる規制目的二分論である。

 こうやってみると、財産権の場合も「合理性の基準を立てた上で、さらに基準を詳細化する」というステップを踏んでもいいようにも見える。

 

 そして、次のように述べて本問の規制目的は積極目的であるとしている。

 

(以下、大内裁判官の意見から引用、セッション番号省略、各文毎改行、一部中略、強調は私の手による)

 同法一八六条の立法目的は、林業経営の安定を図るとともに、これを通じて森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もつて国土の保全と国民経済の発展に資するにあると解すべく、(中略)、森林の細分化防止をもつて同条の直接の立法目的であるとすることはできないと考える。(中略)

 ところで、右は前記経済的自由についての積極的規制に当たり、前示基準に従つてその憲法適合性が判断されることになるが、(後略)

(引用終了)

 

 積極目的と認定すれば、違憲審査基準は明白性の基準となる。

 ならば、違憲と判断されることはないのではないかとも考えられるが、持分50%の共有者の分割請求の制限については(持分50%未満の共有者と異なり)、次のように述べて、違憲と判断した。

 

(以下、大内裁判官の意見から引用、セッション番号省略、各文毎改行、一部中略、強調は私の手による)

 持分価額が二分の一の共有者(以下「二分の一持分権者」という。)が分割請求をする場合は、(中略)過半数持分権者が存在しないが、森林法一八六条はこの場合も分割請求を禁じている。(中略)

 この場合共有者の一人である甲が同条によつて分割請求を禁じられるのは、ただ甲が過半数持分権者に該当しないというだけの理由からであつて、(中略)、他に過半数持分権者が存在し、多数持分権者の意思を尊重するのが合理的であるというような実質的理由に基づくものではない

 そして、過半数持分権者に該当しないという理由で分割請求を禁じられるのは、共有者の他の一人である乙も同様であつて、甲、乙互いに対等の地位にあるにかかわらず、いずれも相手に対して分割請求をすることを禁じられるのである。

 その結果は、甲、乙両名(すなわち共有者全員)が共有物分割の自由を全く封じられ、両者間に不和対立を生じても共有関係を解消するすべがないこととなるが、このことの合理的理由は到底見出だし難く、共有者の権利制限として行き過ぎであるといわなければならない。(中略)

 したがつて、二分の一持分権者の共有関係の解消について生ずる右のような結果は、同条の所期するところでないとも考えられ、結局、同条のうち二分の一持分権者の分割請求を禁止する部分は、前記立法目的を達成するための手段として著しく不合理で立法府裁量権を逸脱したことが明白であるといわざるをえない。

 よつて、同条の右部分は憲法二九条二項に違反し、無効であるというべきである.。

(引用終了)

 

 明白性の基準を使って違憲にする意見がある、というのは興味深い

 このことを見れば、説得力次第では司法試験においても明白性の基準を立てて違憲にしてもいいということになるだろう。

 

 また、積極目的規制とまでは言っていないが、明白性の基準を採用して合憲であると述べている反対意見として香川保一裁判官の反対意見があった。

 この反対意見に対して、日本の具体的な状況を統計を用いて示し、制限が実態とあっていないと述べているのが、坂上壽夫裁判官(弁護士出身)の補足意見である。

 両者は違憲審査基準(審査密度)が異なると考えられるため、何とも言えないところではあるが、両意見を対比するならば明白性の基準では日本の具体的事情を考慮することなく合理性などを判断しても差し支えない、ということなのかもしれない。

 

11 私有財産の収用目的と正当な補償の関係

 次に、損失補償の要否と正当な補償の意義について収用目的との兼ね合いで考えたことをメモ代わりに書いておく。


 損失補償の趣旨は①価格補償による財産権不可侵の原則の徹底と②平等原則の契機であった。

 また、農地改革事件最高裁判決の補足意見によると「財産権」の評価は経済価値のみならず社会的価値をも評価しながら考えなければならない、としている。

 

(以下、農地改革事件最高裁判決の補足意見から引用、強調は私の手による)

 正当な補償をするために社会的に見て合理的な基準で私有財産権が収用されなかつたであろうと同じ程度の価値評価をするにしても、この価値評価は必しも被収用財産の損失の経済評価ばかりでなく社会価値の評価が伴われなければならないことは明である。

(引用終了)

 

昭和25年(オ)98号農地買収に対する不服申立(特別上告)

昭和28年12月23日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「農地改革事件最高裁判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/042/056042_hanrei.pdf

 

 このように見ると、私有財産の収用目的が消極目的か積極目的によって考え方が変わるのではないかと考えられる

 例えば、消極目的規制であれば福祉政策・経済政策といった要素が弱くなるため、経済的要素が重視され、社会的評価は重視されない。

 その結果、正当な補償とは市場価格かそれに準じたと合理的に考えられる額による補償となると考えられる。

 もちろん、特定の個人や集団を対象とし、かつ、受忍限度を超えた強度の制限であるような場合に限り補償が認められるとしても(だから、原則補償は要しない、ともいえる)。

 これに対して、収用目的が積極目的であれば、社会政策や経済政策の及ぼす影響が大きくなる。

 また、趣旨のところで述べた平等原則における平等は実質的平等の要素も含まれる。

 このことを考慮すれば、正当な補償が市場価格から離れていても正当な補償になる、とも言えそうである。

 

 この発想で本問法律について考えると、本問法律の収用目的は消極目的というよりは積極目的であるから、市場価格より低額な収用は認められるようにも思われる。

 このように、農地改革事件の最高裁判決から基準のようなものを考えるならばこのようになるのかもしれない。

 

 

 ところで、これまでの私は農地改革事件最高裁判決は戦後の特殊なケースにあると考えており、補足意見などの部分まで見たのは今回が初めてであった(司法試験の勉強時代には見ていない)。

 そして、読んでみてすごい勉強になった。

 判例のすごさを感じた次第である。

 

 

 以上で本問の検討を終了する。

 次回は平成7年度の過去問を検討したい。