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司法試験の過去問を見直す13 その3

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 旧司法試験・二次試験の論文式試験・平成19年度の憲法第1問についてみていく。

 

5 外国人の公務就任権について

 前回は法律によって外国人の市議会議員の選挙権を制限することの合憲性について検討した。

 今回は市役所職員を日本国籍に限る旨の条例についてみていく。

 なお、問題文を再掲載する。

 

(以下、問題文を引用)

 A市では 条例で市職員の採用に当たり 日本国籍を有することを要件としている。この条例の憲法上の問題点について,市議会議員の選挙権が,法律で,日本国籍を有する者に限定されていることと対比しつつ,論ぜよ。

(引用終了)

 

 条例では、市の職員を日本国民(日本国籍を持つ者)に限ると述べており、「一律に」外国人を排除している

 そのため、外国人の市職員として働く自由が全面的に制限されていることになり、この点で憲法違反とならないかが問題となる。

 

 

 ここで、「市の職員にとして働く自由」はいわゆる公務就任権(公務員に就任する自由)にカテゴライズされる権利である。

 この公務就任権の典型的なものとして被選挙権がある。

 この被選挙権は国会議員や地方議会の議員に立候補する自由であるところ、投票によって当選して議員になれば、国政や地方政治の意思決定に対し重要な役割を演じることになる。

 このように、議員であれ、行政公務員・市役所の職員であれ、公務員になることで「権力を行使する側」に転じることになる。

 そのため、公務就任権参政権的な性格があると言える

 したがって、権利の性質上日本国民をその対象にしており、外国人には公務就任権は保障されない

 とすれば、本問の条例は原則として合憲となる。

 

 

 以上は権利の性質から述べた場合の結論である。

 もっとも、原則があるということは例外もある。

 以下、例外について検討していく。

 

6 最高裁判所が傍論で述べた「許容説」から考えた場合の議論

 前回取り上げた判決(リンク先などは以下参照)で、最高裁判所憲法92条の地方自治の本旨を持ち出して、地方自治体と特段の関係を持つに至った定住外国人などに対して法律により地方議会の議員や地方自治体の長に関する選挙権を与えることは憲法に反しない旨述べた。

 

平成5(行ツ)163号選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消

平成7年2月28日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/525/052525_hanrei.pdf

 

 そのため、出題趣旨を踏まえるならば、例外の部分でこの判決を踏まえて議論する必要がある。

 また、憲法上の他の条文に引き付けるため、「市役所の職員として働くこと」について実質的に見ていく必要がある。

 

 

 まず、「市役所の職員として働く」という点を実質的に見ていった場合、公務就任権の要素の他に、職業選択の自由の面がある

 そのため、選挙権の場合と異なり、公務員になって仕事を行うことは職業選択の自由という自由権的な意味と公権力を行使するという参政権的な意味の両側面がある。

 そして、職業選択の自由は権利の性質上日本国民のみをその対象とするものとは言えないから、外国人にも職業選択の自由が保障される。

 ならば、この点からの検討が必要になる。

 当然だが、このことは日本国民との取り扱いの差異を絶対に許さない結論を導くわけではない。

 

 次に、公務員の職務として重要な要素である「公権力の行使」についてみていく。

 公務員の職務には、国会議員・地方議会の議員のように政治的意思決定に参与する者から専ら事務的・機械的職務に従事する職員まで千差万別である

 そして、後者においては権力の行使に関する裁量が極めて乏しいもの、民間でも同様の職務に従事しているものもある。

 

 さらに、前回述べた通り、憲法が92条で地方自治の本旨を制度として保障した趣旨は、住民の生活に密接な公共的事務の適正化にある

 そして、その地方に住む「住民」は必ずしも日本国籍を持つ者に限られない。

 この事実は地方自治法10条に見ることができる。

 

地方自治法第10条

第1項 市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。

第2項 住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

 

 このように見ていくと、次の2条件が満たしている外国人さえも市役所の職員から一律に排除していいのかという問題が生じる。

 

1、民間にも同種の内容があるような職種で、かつ、公権力の行使や裁量といった要素が乏しい職務

2、実質的に見て、日本人と同様の生活を送っている外国人

 

 この点、1の具体例は技術的・事務的職務である

 また、2の具体例は定住外国人で特別定住者もこれに入る

 

 さらに、「条例で制限する」ということは「受験資格さえ認めない」ということを意味する。

 とすれば、これは制限の程度としてはかなり強力である

 

 以上を考慮すれば、本問条例は、上記1・2が満たされる場合においても外国人を排除している点で職業選択の自由を定めた22条1項に反する、ということになる。

 もちろん、条例を合憲とすることは不可能ではないが、条例の限定解釈は不可欠であろう。

 

7 最高裁判所が述べたこと

 では、最高裁地方自治体の公務就任権についてどのようなことを述べたか。

 具体的な判決をみていこう。

 

平成10年(行ツ)93号管理職選考受験資格確認等請求事件

平成17年1月26日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/248/052248_hanrei.pdf

 

 この事件は、東京都の職員として採用され、職員として従事していた特別永住者たる原告が、地方公共団体の管理職になるべく管理職選考試験を受けようとしたところ、「管理職は日本国籍を有する者に限る」という地方自治体の規定により試験を受けられなかったことから、裁判所に地位の確認を求めた事件である。

 後述の通り、控訴審東京高等裁判所は原告の請求を一部認め、最高裁場所はこの判決を13VS2で逆転させた。

 

 この点、この判決は管理職(公権力の行使という要素がより強い)に関連する判断を述べたにすぎない

 そのため、職員に対して一律日本国籍を求めた本問条例とは事案が異なりすぎないか、という疑問がなくもない。

 堀越事件の最高裁判決の言葉を借りれば、間違いなく「事案が異なる」ことになる。

 

 しかし、本問条例は全職員に対して日本国籍を要求している分、判決よりも制限の程度は大きくなっている

 そのため、本判決は参考になる部分が多かろう。

 

 この点、この事案で最高裁判所は一般論として次のようなことを述べている。

 

(以下、上記判決より引用、各文毎に改行、節番号省略、一部省略、強調は私の手による)

 普通地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない

 普通地方公共団体は,職員に採用した在留外国人について,国籍を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(中略)。

 しかし,上記の定めは,普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。

 また,そのような取扱いは,合理的な理由に基づくものである限り,憲法14条1項に違反するものでもない。

(引用終了)

 

 なお、判決のこの部分で参照された条文(上では省略した)をピックアップしておく。

 

地方自治法19条

 人事委員会等は、受験者に必要な資格として職務の遂行上必要であつて最少かつ適当な限度の客観的かつ画一的な要件を定めるものとする。

地方自治法58条3項

 労働基準法第二条、第十四条第二項及び第三項、第二十四条第一項、第三十二条の三から第三十二条の五まで、第三十八条の二第二項及び第三項、第三十八条の三、第三十八条の四、第三十九条第六項から第八項まで、第四十一条の二、第七十五条から第九十三条まで並びに第百二条の規定、労働安全衛生法第六十六条の八の四及び第九十二条の規定、船員法(昭和二十二年法律第百号)第六条中労働基準法第二条に関する部分、第三十条、第三十七条中勤務条件に関する部分、第五十三条第一項、第八十九条から第百条まで、第百二条及び第百八条中勤務条件に関する部分の規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定は、職員に関して適用しない。ただし、労働基準法第百二条の規定、労働安全衛生法第九十二条の規定、船員法第三十七条及び第百八条中勤務条件に関する部分の規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条の規定並びにこれらの規定に基づく命令の規定は、地方公共団体の行う労働基準法別表第一第一号から第十号まで及び第十三号から第十五号までに掲げる事業に従事する職員に、同法第七十五条から第八十八条まで及び船員法第八十九条から第九十六条までの規定は、地方公務員災害補償法(昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第一項に規定する者以外の職員に関しては適用する。 

労働基準法3条

 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない

労働法112条

 この法律及びこの法律に基いて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする。

 

 まず、本判決は憲法上、地方自治体が外国人を職員として採用することは許容している、という「許容説」に立つ。

 また、地方自治体が外国人の職員の採用自体を認めていることから、関係法令を参照しながら、平等原則との関係で管理職の受験資格に関する限定の是非を検討している。

 

 

 この点、控訴審で何が述べられているかを確認する。

 

(以下、上述の判決から引用、節番号省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 日本の国籍を有しない者は,憲法上,国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない

 地方公務員の中でも,管理職は,地方公共団体の公権力を行使し,又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから,地方公務員に採用された外国人が,日本の国籍を有する者と同様,当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは,国民主権の原理に照らして問題がある。

 しかしながら,管理職の職務は広範多岐に及び,地方公共団体の行う統治作用,特に公の意思の形成へのかかわり方,その程度は様々なものがあり得るのであり,公権力を行使することなく,また,公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく,地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。

 したがって,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある

 そして,後者の管理職については,我が国に在住する外国人をこれに任用することは,国民主権の原理に反するものではない。(中略)

 そして,後者の管理職への任用については,我が国に在住する外国人にも憲法22条1項,14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである

(引用終了)

 

 つまり、控訴審判決では、管理職について公権力への関与の強いものと弱いものとに分け、後者に関する管理職については憲法上の保障を定住外国人にも認めた

 

 

 これに対して、最高裁判所は次のように述べた。

 

(以下、上記判決から引用、節番号など省略、一部中略、各文毎に改行、強調は私の手による)

 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。

 すなわち,公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。

 そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。

 そうすると,【要旨1】普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。

 そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない

(引用終了)

 

 この判決では、地方公務員のうち管理職など職務に就く者を「公権力行使等地方公務員」と定義し、日本の法体系ではこの公権力行使等地方公務員に外国人が就任することを予定していないと述べた。

 よって、「公権力行使等地方公務員」を日本国籍から除外することは合理的区別に基づくものとして平等原則に反しないと述べ、原告の請求を棄却した。

 

 この判決で興味深いのが、「公権力行使等地方公務員」という言葉を定義することで、この範囲における判断を示したことである。

 つまり、公権力行使等地方公務員以外においては別である、と。

 とすれば、この判決との整合性で考えた場合、判決よりも条件より厳しい本問条例はそのままでは違憲になると考えることは別段不当な結論ではない。

 

 

 このことをより裏付けているのが本判決にて述べられている「意見」である。

 最高裁判所における「意見」とは結論は同じだが、そこへ至る理由が違うものを指す。

 つまり、この「意見」で主張されたものは、判決理由中の判断としては採用されていないことを意味する。

 

 そして、この判決で裁判官金谷利廣は意見として次の主張をしている。

 

(以下、裁判官金谷利廣の意見から引用、各文毎に改行、強調は私の手による)

 労働基準法112条により地方公務員にも適用があるものとされる同法3条との関係についていうと,外国人に地方公務員に就任する門戸を開くか否かについては地方公共団体の判断にゆだねられていると考える私のような見解によると,外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても,原則として違法の問題が生じないのに,その一部開放である昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは,甚だ不合理なことであり,また,それでは外国人に対する公務員となるみちの門戸開放を不必要に慎重にさせるおそれもあると思われる。

 したがって,労働基準法3条は,門戸を開く裁量については適用がなく,開かれた門戸に係るその枠の中での運用において適用されるにとどまるものと解することになる。

(引用終了)

 

 この意見で「外国人を完全に排除することがオッケー」という前提に立っているのであれば、多数意見は「全面的に排除することはダメ(一部排除ならばオッケー)」という前提に立っていることになる(でなければ、この意見を書く意味がない)。

 このことも本問条例を違憲(解釈によって合憲とする)と判断することが妥当であることを根拠づけていると言えよう。

 

 

 以上、本問の検討は終了である。

 次回は、この過去問を見て考えたことについて述べ、この過去問検討を終了する。