薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す18 その2

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。

 

3 合理的区別に関する具体的な基準の立て方

 前回、設問前段において平等原則違反が問題になること、平等原則は法内容の平等を意味すること、平等とは合理的区別を許容する実質的・相対的平等であることを確認した。

 以下、本問条例は合理的区別を定めたものと言えるか、ということを検討するわけだが、「合理的区別」というだけでは基準として曖昧である。

 そこで、この基準を具体化する必要がある。

 

 

 まず、具体化の際に重要になるのが、いわゆる憲法14条1項の「後段列挙事由」である。

 特に、本問条例の「長髪の男性を採用しない」という部分は男性と女性とで差を設けていることになり、後段列挙事由の「性別」による差別と言いうるため、後段列挙事由の評価が問題となる。

 

 ここで憲法14条1項を確認しよう。

 

憲法14条1項

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない

 

 ところで、最高裁判所は次の判例にあるように後段列挙事由を例示列挙と考えており、後段列挙事由によることによる格別の意味を見出していない、と言われている。

 

 昭和37年(オ)1472号待命処分無効確認、判定取消等請求事件

昭和39年5月27日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/093/053093_hanrei.pdf

 

(以下、上記判決から引用、各文毎に改行、強調は私の手による)

 思うに、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位をいうものと解されるから、高令であるということは右の社会的身分に当らないとの原審の判断は相当と思われるが、右各法条は、国民に対し、法の下の平等を保障したものであり、右各法条に列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではないと解するのが相当であるから、原判決が、高令であることは社会的身分に当らないとの一事により、たやすく上告人の前示主張を排斥したのは、必ずしも十分に意を尽したものとはいえない。

 しかし、右各法条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない。

(引用終了)

 

 しかし、後段列挙事由が条文で規定されている以上、後段列挙事由か否かによって審査基準を一切変えられない、ということはないだろう。

 事実、最高裁判所の判決を見ていると、こと「性別」については結構シビアにみているのではないか、と考えられる節があるし。

 特に、最近の判決を見ていると。

 

 

 この点、平等原則に違反するかの基準を立てる際に重要になるのが、①区別によって制限される憲法上の権利または法律上の利益と②制限の程度、それから③条文上の立法裁量である。

 

 例えば、「住所によって」選挙権が一切行使できなくなるといった制限は重要な権利の全面的な制限になる上、選挙権の制限に関する立法裁量はほとんどないため、平等原則から見た場合も審査基準は厳格になる。

 まあ、この場合は平等原則で扱うよりも憲法上の権利の制限の問題として扱った方が適切ではないか、と考えられなくはないが。

 

 これに対して、住所によって選挙権の価値が下がる場合、いわゆる一票の価値が問題になる場合、重要な権利の部分的な制限にとどまるため、選挙権が一切行使できないケースと比較すれば緩やかな基準となる。

 もちろん、選挙権という権利が関連する以上、立法府の裁量が極めて広くなるわけではないが。

 

 逆に、社会福祉政策・財政政策などが絡むような場合、政治部門の判断が尊重されるから立法裁量が極めて広くなり、営業の自由や財産権といった憲法上の権利の全面的な制限にあたるとしても、審査基準は緩やかになる。

 

 これに従って、条例に登場するそれぞれの採用基準が合理的区別と言えるかを基準を立ててあてはめていこう

 

4 障がい者の優遇と平等原則

 まず、問題文を確認する。

 ただ、引用元は前回と同様なので、その辺の情報は省略する。

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成2年度・憲法第1問の問題文を引用、引用元・リンク先などは前回と同様ゆえ省略、なお、文毎に改行)

 ある市において一般職員の採用に関し、身体障碍者については健常者に優先して一定の割合で採用すること、男性については肩までかかる長髪の者は採用しないこと、を内容とする条例を定めたとする。

 この場合の憲法上の問題点について論ぜよ。

 私企業が同じ扱いをした場合についても論ぜよ。

(引用終了)

 

 この問題は平成2年度ものであり、今から約35年前の時代である。

 だから、令和5年から見ると当時の状況と現在の状況の違いを推察することができる。

 というのも、この問題の再検討の際に私が本問を見て感じたのが、「えっ?身体障碍者だけ?精神障がい者と知的障がい者は優遇しないの?」ということだったからである。

 ただ、知的障がい者が雇用促進法に取り込まれた(法定雇用率の計算の際に含まれる)のが平成10年、精神障がい者にいたっては平成30年(5年前)であるから、この時代にはまだそういった概念が普及されていなかった(なかったわけではないが)ことは見ておく必要があるだろう。

 そこで、ここで本問を検討する際には、「身体障がい者に知的障がい者や精神障がい者を含む」という前提でみていくことにする。

 

 では、違憲審査基準を定立してあてはめていこう。

 

 

 では、本問条例にある障がい者を優先的に採用する点は合理的区別と言いうるか、審査基準が問題となる。

 この点、障碍者の雇用促進といった社会福祉政策を行う際には政治判断が伴うところ、裁判所は政治部門たる政府・国会、あるいは、自治体の判断を尊重する必要がある。

 また、一定の優先枠の設定という手段の場合、条件に満たさない者が一律排除されるわけではないため、不利益を受ける者の不利益の程度はそれほど大きくならない。

 そこで、障がい者に対する採用の優先枠の設置については、区別の目的が正当で、区別の手段が目的との関係で合理的関連性を有していれば、合理的区別に当たるものと解する。

 

 本問の区別の目的は、障がい者に対する優先枠を設置して障がい者に対する雇用を確保することにある。

 障碍者は健常者と比較してハンディキャップがあるため、採用時には健常者よりも採用されにくいことを考慮すれば、障がい者の採用は実質的平等の実現に寄与する。

 そこで、目的は正当である。

 次に、区別の手段についてみると、「一定の割合で採用すること」により障がい者は現実的・具体的に雇用されることになるため、区別の手段は実質的平等の是正に対して有効な手段となる。

 また、健常者であっても採用枠外で採用されることは十分可能である。

 そこで、「一定の割合」が高く、事実上健常者を排除するに等しいなどといった特段の事情のない限り、区別の手段は合理的関連性があると言える。

 したがって、障碍者の優先的雇用に関する条例の規定は合理的区別と言え、憲法14条1項の平等原則に反しない。

 

 

 まあ、こんなところになるだろうか。

 ちなみに、本問条例に関して障がい者のうち身体障がい者に限って優先枠を設置する(知的障がい者と精神障がい者は枠外)と解釈したらどうであろうか。

 この場合、私なら審査密度を一段上げた上で、結論をひっくり返すであろう。

 というのも、障がい者の内部で差別をする以上は審査基準を厳しくする必要があるし、「障がい者雇用促進法において、最初は身体障がい者が対象だったが、後ほど知的障がい者が加わり、さらに後ほど精神障がい者も加わる」という歴史的経緯を踏まえた場合、後に加えられた精神障がい者や知的障がい者をスキップして身体障がい者のみを優遇するという手段と実質的平等の是正という憲法上の利益がマッチングしないからである。

 

 

 以上、障がい者に対する優遇に関する条例の検討は終わった。

 次に、長髪の話に移りたいが、既に規定量を超えているため、この検討は次回に。