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司法試験の過去問を見直す18 その3

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。

 

5 長髪男性の一律採用拒否と平等原則

 前回、設問前段の身障者の優遇に関する検討を行った。

 そこで、次は長髪の男性に関する検討を行う。

 

 まず、問題文を確認しよう。

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成2年度・憲法第1問の問題文を引用、引用元・リンク先などは前回と同様ゆえ省略、なお、文毎に改行)

 ある市において一般職員の採用に関し、身体障碍者については健常者に優先して一定の割合で採用すること、男性については肩までかかる長髪の者は採用しないこと、を内容とする条例を定めたとする。

 この場合の憲法上の問題点について論ぜよ。

 私企業が同じ扱いをした場合についても論ぜよ。

(引用終了)

 

 本問条例に従うと、「女性、かつ、長髪」の者は他の条件などにより一般職員として採用することがあるとしても、「男性、かつ、長髪」の者は他にいかなる事情があろうが一般職員としては採用しない、ということになる。

 それゆえ、「性別」という後段事由で差異を設けることになる。

 

 この点、最高裁判所は後段列挙事由は例示列挙であり、かつ、後段列挙事由それ自体に格別の意味を見出していない、と言われている。

 ただし、通説は「後段列挙事由以外の差別も認められない」としつつ、後段列挙事由に特別の意味を見出している。

 その理由は憲法14条1項の後段列挙事由を見ていけばわかる。

 

憲法14条1項

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

 つまり、後段列挙事由による差別とは、人種差別・宗教差別・思想差別・性別に差別・身分による差別となる。

 抽象化すれば、自由主義・民主主義に立脚する憲法から見て、歴史的・伝統的になされてきた差別を列挙したもの、ということになる。

 そこで、これらの差別はある種の自然に、頻繁になされてしまう差別と見て、区別の正当化を厳格に行い、審査基準を厳格にする、と考えるのである。

 

 

 以上の発想で考えた過去問が平成15年度の設問1である。

 ここでは、再婚禁止期間の規定について①目的が必要不可欠、②手段が必要不可欠かつ必要最小限度という最も厳しい基準によってあてはめをし、違憲だと導いた。

 

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 ただ、この視点をそのまま長髪男性に当てはめていいか、という点は少し気になるところではある。

 というのも、不利益を課すのが女性ではなく男性であり、歴史的になされた差別とは事情が異なるのではないか、と考えられるからである。

 

 これに対しては四通りの考え方があると考えられる。

 一つ目は後段列挙事由を審査基準に反映させずに考える発想

 これは最高裁判所の発想である。

 この場合、審査基準は緩やかになり、いわゆる合理的関連性の基準で審査することになるだろう。

 

 二つ目は、後段列挙事由の条文の文言を形式的に審査基準に反映させる発想

 つまり、男性に対する差別も「性別」による差別である以上、審査基準を厳格にするという発想。

 この場合、先ほど述べた再婚禁止規定の審査に用いた基準を適用することになる。

  

 三つ目は、後段列挙事由に特別な意味を持たせるという立場に立ちつつも、差別の実質を見た場合、本件は男性差別であって歴史的になされてきた女性差別とは関連性がないと考えて、後段列挙事由にあたらないものとして基準を緩やかにするという発想。

 この場合、審査基準は合理的関連性の基準で審査することになる。

 

 最後の立場が、後段列挙事由に特別な意味を持たせるという立場に立ちつつも、本件区別の背後には「男性に長髪は似合わない」という伝統的・歴史的価値観があることを踏まえ、審査基準は完全に緩やかにしない、という発想。

 この場合、審査基準はいわゆる厳格な合理性の基準、ないし、実質的関連性の基準で判断することになる(いわゆる中間審査基準)。

 

 興味深いのは、後段列挙事由に特別な意味を持たせたとしても必ずしもその審査基準が一定にならない点であろうか。

 もちろん、後段列挙事由を形式的にあてはめれば審査基準は厳しくなる。

 この場合、長髪の女性を排除せず、長髪の男性を排除することを目的において正当化することは難しい(目的が必要不可欠とまでは言えない)ので、この場合、条例は違憲になる。

 しかし、後段列挙事由を考慮しても必ずしも基準は厳しくなるとは限らない。

 その点は第三、第四の立場を考慮すれば理解できるだろう。

 

 

 以上は審査基準についての話である。

 では、あてはめはどうなるだろうか。

 まず、条例の長髪男性の一律排除の目的が問題となる。

 というのも、条例の目的を「『男児たるもの髪は短髪たるべし』という道徳の維持」などといった認定をしてしまえば、目的の段階で違憲になってしまう。

 これは再婚禁止規定を「『女性が離婚して直ちに再婚するよくない』という道徳的な発想の維持」と考えてしまうと即刻違憲になるのと同じである。

 だから、そうならないような言い訳(!)が必要になる

 

 その結果として考えられるのが、男性の一般職員の髪型を制限することにより住民に不信感・違和感を与えない、ということになる。

 これは「職員の職務執行に対する住民の信頼の維持」につながる。

 というのも、職務執行の効率化・適正化を実現するためには住民の協力が必須であり、住民の協力を得るには住民の信頼が極めて重要であるから。

 このように考えれば、目的は正当・重要、とは言えるだろう。

 まあ、必要不可欠とまで言えるかはさておいて。

 

 しかし、住民の信頼維持という手段と長髪の男性の一律排除との間に関連性がどの程度あるかの判断は人によるだろう。

 本来、職務執行に対する信頼は髪型ではなく業務によって維持すべきであろうから。

 また、長髪の男性職員がいる、業務をしているという一点の事情だけで信頼が崩壊する、ということも具体的に考え難いから。

 さらに、一般職員にも受付に立って住民と頻繁に会う者、合わない者など様々であり、後者の場合は住民の目にほとんどさらされないのに信頼を失うということも現実的ではないだろうから。

 そう考えると、実質的関連性(相当性)の有無のや厳格な審査基準で考えれば、この条例は違憲になるだろうし、合理的関連性の有無で見た場合も一律排除という手段はさすがにやり過ぎ、ということもありうるように考えられる。

 

 以上を踏まえ、審査基準に関する第三の立場をとったうえで審査基準の定立とあてはめをやってみよう。

 

 

 では、本問条例において長髪の男性について一律に市の一般職員として採用しない点についてはどうか。

 この規定は男性という「性別」による差別であるところ、憲法14条1項に後段に「性別」があるため、後段列挙事由の意義が問題となる。

 

 この点、憲法14条1項の後段列挙事由は、歴史的になされてきた差別について列挙してきたものである。

 したがって、原則として裁判所はこれらの差別について厳格に判断すべきものと解する。

 この原則に従えば、本問条例は「性別」による差別として厳格な審査基準が妥当するということになるだろう。

 しかし、形式的に後段列挙事由にあたる差別であっても、歴史的経緯と全く関連しないものも存在しうる。

 そうであれば、この場合には厳格な審査基準を採用しなくても後段列挙事由を列挙した趣旨には反しない。

 そこで、条例の規定が歴史的経緯と関連性がない場合には違憲審査基準は緩やかな基準を採用すべきものと解する。

 つまり、目的が正当で、手段が合理的関連性がある場合には合理的区別として平等原則に反しないものと解する。

 そして、本問条例は長髪の男性を採用しないとするものであって、歴史的になされてきた女性差別とは事情を異にするのだから、例外的に審査基準を緩やかにして判断すべきものと解する。

 

 以上を前提に本問条例について見てみると、本問条例の区別の目的は住民サービスを担当することになる男性の一般職員の髪型を比較的短くすることにより、職員に対する住民の好印象を高め、もって、地方自治体の職務に対する住民の信頼を確保することにある。

 昨今、業務の効率化・合理化が叫ばれる一方、住民によるクレームによる職員のメンタルヘルスの問題の顕在化などを考慮すれば、住民との摩擦を避け、住民の円滑な協力を確保するため、住民の信頼を確保することは極めて重要であると言える。

 したがって、区別の目的は正当である。

 しかし、本問の条例は長髪の男性の一般職員としての採用を一律に禁じるものである

 そして、職員の中には裏方に徹する職員もおり、その者は住民と相対する機会に乏しいのだから、相対しない職員の髪型によって住民の信頼が変化するといったことは具体的・現実的には考え難い

 また、そもそも住民の信頼を確保するために重要なことは業務の適正な執行であり、清潔感のない長髪を禁じるのではなく一律の髪型制約の寄与度は間接的である

 さらに言えば、肩にかかる長髪であっても、印象の悪いものと違和感のないものがあるところ、これは短髪の場合も同様であり、違うのは割合に過ぎない。

 このように、長髪の男性を職員から排除することによる目的の実現度は間接的・抽象的であるにもかかわらず、本問条例は長髪の男性を「一律に採用しない」という完全排除の手段を採用している。

 となれば、条例による手段は利益の均衡を失しており、もはや目的との関係で合理的関連性が認められるとは言えない。

 したがって、長髪の男性に関する条例の規定は合理的区別とは言えず、憲法14条1項に反し、違憲である。

 

 

 以上、現代的事情を踏まえ丁寧にあてはめをしてみた。

 なお、本番であれば、ここまで詳細なあてはめをする必要はないだろう(私も多分しない)。

 また、形式的なあてはめをして合理的関連性があるとしてしまうのも十分ありえそうである。

 

 ただ、違憲審査基準の定立において第二の立場を採るのは「守りに入る」・「時間がないのでセーブする」といった事情がない限りはあれかなあ、という気がする。

「後段列挙事由についてどう考えるの」という問題に対してすっきり考えすぎている気がするので。

 

 

 以上、設問前段の検討は終わった。

 設問後段の検討は次回に。