薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

司法試験の過去問を見直す18 その5

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。

 

8 私企業における設問後段のあてはめ

 前回までで設問後段における平等権の私人間適用についての一般論をみてきた。

 よって、今回からは具体的な検討に移る。

 

 まず、問題文を確認する。

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成2年度・憲法第1問の問題文を引用、引用元・リンク先などは前回と同様ゆえ省略、なお、文毎に改行)

 ある市において一般職員の採用に関し、身体障碍者については健常者に優先して一定の割合で採用すること、男性については肩までかかる長髪の者は採用しないこと、を内容とする条例を定めたとする。

 この場合の憲法上の問題点について論ぜよ。

 私企業が同じ扱いをした場合についても論ぜよ。

(引用終了)

 

 前回述べた通り、企業の採用の自由は契約締結の自由と同様にかなり広くなる。

 とすれば、憲法に明示的に規定されている憲法14条1項の後段列挙事由以外の事情による異なる取り扱いは基本的に自由ということになる。

 もちろん、実務に関しては労働法による制約もあるが、前回も述べた通り問題ではその点に触れない。

 そこで、企業経営の観点や社会通念から見て著しく不合理でもない限りは民法90条の公序には反しない、ということになろう

 この基準はいずれの事例においても変わりはない。

 

 以下、それぞれのケースについてみていく。

 

 

 では、設問後段の私企業の取り扱いは公序良俗に反すると言えるか。

 この点、私企業にはその性質上、営業の自由や財産権が保障される(憲法22条1項、憲法29条)。

 とすれば、契約締結の自由の観点に照らし、どのような人間を採用するかという点には広い決定権限がある。

 そこで、社会通念、あるいは、企業経営の観点から見て、その目的・態様において著しく不合理でない限り、採用に関する私企業の基準は公序良俗に反することはないものと解する。

 以下、両事例について検討する。

 

 まず、障がい者について一定の割合で採用する点について見ると、設問前段で見てきた通り、障がい者を優先的に採用することは実質的平等の実現に寄与する。

 そのため、このような行為を私企業が行うことは企業の社会貢献として評価されうるので、その目的は合理的である。

 さらに、一定の優先枠を設けるだけであれば、健常者が受ける採用時の不利益の程度は軽微であり、その態様から見て著しく不合理とは言えない。

 したがって、障がい者に対する私企業の扱いは公序良俗に反するとは言えず、適法である。

 

 次に、長髪の男性の採用を一律に採用しない点について見ると、本問は長髪の者のうちの男性の採用を排除するものであって、「性別」による差別とも言えなくもない。

 しかし、この私企業の取り扱いの背後には、取引相手に相対する職員の髪型を制限することにより、取引相手に悪い印象を与えず、契約関係を維持するという切実な目的がある。

 これは、信頼関係の維持という業務の円滑な執行に対して抽象的・間接的なな効果しか伴わない設問前段と異なり、その手段は企業の利益に直結する。

 ならば、この取り扱いは外見による区別で会って「性別」によるものとは言えず、区別の目的が著しく不合理なものとは言えない。

 また、髪型の制限の程度を見ても、肩までかかる長髪以外の髪型については自由であるし、設問前段のケースとは異なり、類似の企業に就職することが可能であるから、制限の態様も著しく不合理とまでは言えない。

 したがって、長髪男性に対する私企業の扱いは公序良俗に反するとは言えず、適法である。

 

 

 以上、一気にまとめてみた。

 この点、あてはめでは比較の視点を多く取り入れてみた(本番では難しいかもしれない)。

 また、私企業の場合、長髪の男性についての一律排除について違法にもっていくのは難しいかな、と考えた。

 この点、条例(市のケース)を違憲の方に引っ張ったため、こちらを適法にする(合憲ではない)のは対比の観点からも悪くはないだろう。

 

 ちなみに、令和5年の現時点において、障がい者雇用促進法により企業は障がい者について一定の割合で採用しなければならない。

 そして、そのラインを割ると協力金(不足分の人数につき月あたり5万円)を支払う必要がある。

 また、令和5年の段階で民間企業の障がい者雇用率のラインは2.3%である。

 さらに言えば、平成2年の段階(身体障がい者に限る、法定雇用率による義務化は昭和51年から)でも1.6%となっていた。

 だから、障がい者に一種の優先枠を作ることは障がい者雇用促進法の目的にもかなう、と言うこともできる。

 

 それから、ネットで色々調べてみたところ、80年代から90年代のはじめのころ、障がい者対策で世界的に活発な動きを示していたころなのだそうである。

 とすれば、その動きを意識して作られた問題、という見方もできるのかもしれない。

 もちろん、これらの知識がなくてもこの問題を解くのに困りはしないが。

 

 最後に、髪型に関する評価は私自身よくわからないところが多いので、あまり重要なものとして評価しないことにした。

 もちろん、丸刈りのみといった何かに一律固定するような強力な制限であれば問題にしたであろう。

 ただ、正直よくわからない面が多い。

 この辺は将来の検討課題としたいと考えている。

 

 

 これにて、問題の検討は終了した。

 次回は、問題外の事情で考えたことを書いて、次の問題の検討に移る。