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司法試験の過去問を見直す18 その11(最終回)

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 司法試験・二次試験・論文式試験の平成2年度の憲法第1問を見ていく。

 なお、問題自体の検討は終了していて、平等権・平等原則に関連する判例を読んでいることは前回までと同様である。

 

15 日産自動車事件控訴審判決を読む

 最後に、日産自動車事件の控訴審判決を見ながら、この事件における企業(日産自動車)の言い分と高等裁判所の判断について見ていく。

 もちろん、企業の主張の善悪についてあれこれ言うつもりはない。

 当時の大企業が何を主張したか、それに対して裁判所がどのような事実を認定して評価したか、それらのことを見ていくだけである。

 

 

 なお、控訴審の判決については次のサイトのものをお借りした。

 

www.cc.kyoto-su.ac.jp

 

www.cc.kyoto-su.ac.jp

 

 最初に、高等裁判所は、結論において企業の定年に関する男女差別について次のように述べている。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 被告の企業経営上の観点から定年年令において女子を差別しなければならない合理的理由は認められず、(中略)、定年年令において差別しても被告会社が女子従業員を雇うのに困難を来さないという事情があるにすぎないことが認められる。

(中略)女子労働力の需給に不均衡があって企業側の買手市場にあることの反映であり、(中略)労働の面からみれば、定年の差別をする理由がないのに、労働力の需給の不均衡から生じる経済的優位に乗じて、女子を女子なるが故に差別することは、企業経営の本来の筋道からはずれており、合理性があるとはいえない(中略)。

 労働力の需給の不均衡に乗じて女子労働者の生活に深刻な影響のある定年年令について理由もなく差別するもので、企業経営上の観点からの合理性は認められず、また社会的な妥当性を著しく欠くものであるから、(中略)、公序良俗に違反するものといわなければならない。

(引用終了)

 

 結構、直球で切り捨てている。

「買い手市場を利用して(男女)差別することは企業経営の本筋からはずれている」という表現は興味深い。

 もっとも、この重心が「買い手市場の利用」にあるのか、「差別」にあるのかは、少し気になるところではある。

 もちろん、後者に重心があることを願ってやまない。

 

 

 次に、高等裁判所の事実の認定と事実の評価をみていく。

 最初に、憲法14条1項と現民法2条から民法90条の公序良俗について次のように述べている。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 憲法14条の趣旨を受けて、私法の一般法である民法は、その冒頭の1条ノ2(私による注、現在の民法2条)において(中略)と規定している。(中略)

 性による不合理な差別を禁止するという男女平等の原理は、国民と国民、国民相互の関係の別なく、全ての法律関係を通じた基本原理とされたのであって、この原理が、民法90条の公序良俗の内容をなすことは明らかである。

(引用終了)

 

 高等裁判所の裁判官が男女平等が公序良俗の内容に含まれることが明らかであるとまで言い切るところはすごい。

 

 そして、女性の職業活動の是非について次のように述べる。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 女性の職業活動については、(中略)被告会社のようにこれを消極的に評価する立場からは、労働条件における男女の差別的取扱自体男女平等の原理に反しないと主張される。

 しかしながら、(中略)当該夫婦を中心とする家庭の問題であり、また社会の基礎単位をなす家庭生活の安定と次代の社会の構成員の健全な育成に関心をもつ社会全体の問題であるが、提供される労働力を利用するだけの立場にある企業としては、右の問題につきいずれかの見解に立って規制する立場にはなく、この問題については社会の実情にそった国民一般の良識に従うべきものと考えられる。

(引用終了)

 

 つまり、「企業内の個々の価値観・実情ではなく、社会の実情にあわせるぞ」と述べている。

 そして、社会の実情に合わせる理由は「企業はただ労働力を利用するだけじゃねーか」という点にある。

 この点、公序良俗は私的自治の原則の例外にあたるわけだから、まあ予想できないものではない。

 

 そして、当時の社会状況について次のような事実を列挙している。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による、また、分かりやすさのため文末以外でも改行している)

 女子の生産年齢人口(中略)のうち収入のため働く必要のある労働力人口は昭和40年代においてほぼ半数であり、昭和49年の場合(中略)いわゆる専業主婦の(中略)をはるかに上まわっていること

 産業構造の変化、単純労働分野の拡大、家庭内の就業機会の減少等に伴って、女子労働者のうち他人に雇われ賃金で生活する女子雇用者が急激に増加し(中略)、昭和49年には全雇用労働者の3分の1に達していること

 製造業においても、機械化等により女子も担当できること、あるいは女子の方が性格的能力的に向いている業務があること等の理由で女子の就業分野が拡大していること

 育児等の負担が比較的軽くなる35歳以上の労働力率は急激に上昇しており、昭和49年には女子雇用者中30歳以上の者の割合が55.7%に達し、(中略)女子雇用者中有配偶者の割合は50%に、又夫と離別又は死別した者の割合が10.7%にのぼっていること、(中略)

 婦人労働者の意識としても、勤務継続の意思のあるものが75パーセントで多数を占めること、(中略)、

 夫婦の共働き自体がすでに社会的な承認を得て定着していることも公知の事実である。

(引用終了)

 

 この事実が認定されたのは約40年前である。

 既に、このような状況になっていた点は私の主観と一致していなかった。

 この辺は自分の認識を訂正しなければならない、そう考える次第である。

 

 そして、以上の事実認定を前提に、女性の職業活動について次のように結論付けている。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 婦人は家庭に帰るべきものとする考え方の下にその職業活動につき社会的規制を加えることは、わが国の実情に適さず、(中略)、基本的には、男女とも同じ職業人として合理的な競争条件の下に平等に取り扱うことが要請されており、企業経営の本来のあり方としても、そのような取扱を否定することはできないものと考えられる。

(引用終了)

 

 以上、女性の職業活動に関する一般論が終わる。

 次に、定年制による職業生活の中断による影響、つまり、権利・利益の制限の程度について次のように述べる。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 定年制は、労働者に職業生活の中断を強いるものであって、労働条件のうちでも解雇と同様に重大なものであるが、それが通用力を持つのはその内容に平等性があることによるのであって、(中略)、定年制の内容に差別が設けられる場合は、それが社会的見地においても妥当であって、(中略)、強く要請されるものということができる。

 ところで定年制は企業の雇用政策の重要な一環を形成するものであって、一般的には企業の合理的な裁量による判断を尊重すべきものであるが、(中略)男女の平等が基本的な社会秩序をなし、(中略)であることを考慮すると、定年における男女差別については、その合理性の検討が強く求められるのはやむを得ないものといわねばならない。
(中略)定年制における男女差別は、企業経営上の観点から合理性が認められない場合、あるいは合理性がないとはいえないが社会的見地において到底許容しうるものでないときは、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。

(引用終了)

 

 定年制による勤労の権利の制約を重要な利益と評価している点は興味深い。

 そして、それゆえに公平性を強く求める点も。

 もちろん、日本教的事大主義観点と高等裁判所の観点が適合しているかはしらないが

 

 もっとも、「合理性の検討が強く求められる」と言いながら、合理性が認められない限り無効とは言えない(合理性について何とも言えない場合は有効)、社会的見地において到底許容できないとまで言えなければ無効とは言えない(少々許容できない、普通に許容できないレベルであれば有効)、というのはどうなんだろう、という感じがしないではない。

 

 そして、企業側の主張についてこのように述べる。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 大多数の国民が合理性のない定年の男女差別を容認していると認めることはできないし、社会の一部になお男女差別を容認する意見があるとしても、それが故に法秩序の基本である男女平等の原理が否定されるものでもない(中略)。

 また、被告会社は、厚生年金保険法が定年年令の男女差別を公序良俗に反しないものとして肯認していると主張するが、そのように解すべき根拠は認められない

 そして被告会社は、労働基準法に女子の保護規定がある以上男子との間に平等の取扱を要求するのは無理であると主張するが、同法の女子保護規定のうち、(中略)母性保護規定は、健全な次代の社会の構成員を産み出すという社会の要請に基づくものであって、このような規定を理由に女子を差別することは法の趣旨に反するものであり、又その他の女子の保護規定も、その規定があることもあって、女子労働者自身がすでに事実上賃金その他の待遇面で不利益を受けているのであって、それに加えてさらに定年においても差別しなければならない理由は認められない(中略)。

 さらに、被告会社における定年年令の差別は、時差通勤、遅刻早退の特例扱を受けていない女子についても行なわれていて、これらの特例扱と定年差別との間に関連性はない(中略)。

(引用終了)

 

 以上、社会的事実と企業の定年による男女差別一般の合理性関連性を否定しているが、ここから当該企業(日産自動車)における特殊事情と定年による男女差別の合理性の有無の検討に移っている。

 そして、裁判所は次のような事実を認定する。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による、また、分かりやすさのため文末以外でも改行している)

 被告会社の従業員数は、(中略)であって、女子は全体の約10パーセント程度であったこと

 被告会社の事業は、(中略)重工業に属するが、その従業員の職種は、必ずしも重労働に限られず、極めて広範囲の職種があること

 被告会社の女子従業員の8割は間接部門に、(中略)に属している(中略)こと

(中略)男子従業員のうち圧倒的多数(中略)が従事する直接部門において、往時のような高い技能と長い経験を要する熟練工は比較的少く(中略)、高い技能や経験を必要としない単純作業を主体とする職種が大多数を占めること、(中略)女子、特に中高年の女子の体力程度でも十分適応できる仕事が数多く存在すること

 次に女子の担当職務に対する評価をみると、(中略)、3級以上が4.5パーセント、約140名位おり、(中略)
 被告会社においては、(中略)、男子についても労働力の流動化が激しく、(中略)、昭和47年における全国規模の調査によると、女子の平均勤続年数は4.7年、男子のそれは9.2年であること

(中略)男女とも、(中略)人間の作業は、その全能力を発揮することが要求されるものはなく、通常は、能力の5、6割のところで働いているものであり、年令により機能が低下しても、それは漸進的なものであって、長年携ってきた仕事であれば機能低下を補い仕事に適応することは十分可能であること、(中略)、平均余命の著しい伸長に伴い、男女の稼働可能年令も高くなり(交通事故の損害賠償の実務では男女とも67歳まで稼働可能とするのが通常である。)、定年年令を60歳に引上げるべきことが指摘されてから久しいが、この引上げについて男女間に区別を設けることの必要性が一般的に指摘されることはなかったこと、(中略)女子であっても通常の職務であれば、少くとも60歳前後までは、(中略)職務遂行能力に欠けることはないものと認められ、(中略)、被告会社の場合も右と異らないものと認められること

(中略)昭和40年から49年まで(中略)、右の期間において消費者物価は2倍を超える上昇をしている一方、同じ期間の労働者の平均賃金の上昇率は4倍に満たないことは公刊の統計の示すところであるから、(中略)実質的賃金は上昇しないこととなるが、この点について被告会社の場合異なる事情は認められないこと、(中略)賃金制度そのものにおいては、年功序列型の賃金体系をとっていないこと

(中略)被告会社においては、(中略)男女の賃金に差を設けていること、(中略)

 定年制の一般的現状をみるに、昭和45年度の調査によると、(中略)、男女一律に定めているのが72.1パーセントで多数を占め、(中略)従業員5000人以上の企業で男女別定年制を設けているのは、わずかに9.4パーセントにすぎないこと

(引用終了)

 

 当然と言えばそれまでなのだが、高等裁判所は企業の定年差別規定の合理性を検討する上で様々な事情を拾っている。

 以上の認定した事実を基礎に、次のように結論付ける。

 

(以下、日産自動車事件控訴審判決から引用、セッション番号は省略、各文毎に改行、一部中略、強調は私の手による)

 定年年令に差別を設ける根本の理由として被告会社が主張するところは、賃金と労働のアンバランスであるが、(中略)、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を会社に対する貢献度の上らない従業員と断定する根拠はないものといわなければならない

 しかも、(中略)女子については、年功序列型の賃金は支給されておらず、(中略)、労働が向上しないのに実質賃金が上昇するというアンバランスが生じていると認めるべき根拠はない

 そうであれば、被告会社のいう根本の理由自体認めることができない

 次に被告会社は、労働能力からみて50歳以上の女子は従業員として不適格であるとか、男女の生理的機能の差異からみて定年年令に5歳程度の差があっても不可とするほどの根拠はないと主張するのであって、男女の生理的機能の差異を示す資料も存在している。

 しかしながら、(中略)、賃金等で性別によるのでなく各個人の労働能力の差異に応じた取扱がなされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないものといわざるを得ず、この点においても合理的理由を見出すことはできない。

(中略)定年制の一般的実情をみても男女別定年制は少数であって、定年年令の理由付とするには、ほど遠いものといわねばならない。
(中略)被告会社は、男子は一家の大黒柱であるのに、女子は夫の生活扶助者で家庭内で就業する地位にあると主張するが、この主張が必ずしも社会の実情に合致せず、国民一般の認識とも相異するものであることは、すでに認定したとおりである。

(引用終了)

 

 以上、控訴審判決を丁寧に見ていった。

 色々と参考になったが、昭和40年ころの事情の私の認識と実情の違いは特に参考になった。

 この点は適切に訂正していきたいと考えている。

 

 

 以上で本問の検討を終える。

 次は平成5年度の過去問を見ていこうと考えている。