薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す16 その1

 私はこれまで「旧司法試験・二次試験・論文式試験憲法第1問」を見直している。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 ただ、前問(平成元年度)の検討、特に、問題外の検討の部分(日本教から見た場合の外国人の人権享有主体性)で収拾がつかなくなっているため、先に、新しい過去問の検討を始めることにする。

 具体的に見るのは、平成6年度の過去問である。

 テーマは「財産権の制限と損失補償」である。

 

1 旧司法試験・論文試験・憲法・平成6年度第1問

 まず、問題文を確認する。

 なお、昔の過去問であることから、問題文は次の教科書にあったものを引用した(書籍のリンク先は最新版のものだが、私が引用したのは当時の版、つまり、第2版である)。

 

 

(以下、司法試験二次試験・論文式試験・平成6年度憲法第1問の問題文を引用)

 用地の取得が著しく困難な大都市において、公園及び公営住宅の建設を促進するために、当該都市に所在する私有の遊休土地を市場価値より低い価格で収用することを可能とする法律が制定されたと仮定する。

 この法律に含まれる問題点を挙げて論ぜよ。

(引用終了)

 

 本問の法律の特徴を列挙すると次のようになる。

 

1、一定の土地が市場価値より低い価格で収用される

2、その土地は用地の取得が著しく困難な大都市に限定される

3、その土地は私有の遊休土地に限定される

4、収用の目的は公演及び公営住宅の建設を促進すること

 

 つまり、この法律は公共の利益の実現のために一定の土地を市場価格より低い価格で収容することを内容としている。

 よくある社会問題の一つ、ということになるであろう。

 大都市という特徴を踏まえると現代的な問題ともいいうる。

 

 

 では、問題の検討にあたり関連する条文・判例について確認しよう。

 

憲法29条

第1項 財産権は、これを侵してはならない。

第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

 

昭和59年(オ)805号共有物分割等

昭和62年4月22日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「森林法共有林違憲判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/203/055203_hanrei.pdf

 

昭和25年(オ)98号農地買収に対する不服申立(特別上告)

昭和28年12月23日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「農地改革事件最高裁判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/042/056042_hanrei.pdf

 

平成10年(行ツ)158号土地収用補償金請求事件

平成14年6月11日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/242/052242_hanrei.pdf

 

昭和37年(あ)2922号河川附近地制限令違反

昭和43年11月27日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「河川付近地制限令違反事件最高裁判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/697/050697_hanrei.pdf

 

 

 本問の法律が成立すれば、一部の土地が市場価格よりも低い価格によって収用されることになり、これは財産権の一内容たる所有権の制限にあたる。

 そこで、通常のプロセス、つまり、「憲法上の権利の制限」から「『公共の福祉』による正当化」というプロセスで考えることができる。

 まずは、このプロセスで考えていくことにする。

 

2 憲法29条1項が保障するもの

 本問法律の執行によって、大都市の遊休土地の所有者はその所有権を市場価格よりも低い価格で収用されることになる。

 つまり、その土地の所有権と処分権が制限されることになる。

 何故なら、市場価格より低い価格で収用された場合、財産の差し引きはマイナスになるところ、強制的な収用によりその土地について意に沿わない処分を強いられることになるからである。

 

 もっとも、憲法の条文を見ると、29条1項では財産権不可侵の原則を述べる一方、29条2項では財産権の内容は法律によって定めると書いてある。

 そこで、本問法律で制限される所有権(財産の処分権)といった具体的な財産権は憲法上の権利として保障されるのかといったことが問題となる。

 もし、憲法上の権利として保障されないならば、法律で「収用できる」と決めてしまえば平等原則その他に抵触しなければ問題がなくなるため、この点を検討する必要がある。

 

 この点、憲法29条1項は「財産権不可侵の原則」を明示している。

 また、法律によって自由に財産権の内容が決められると考えた場合、憲法29条1項が明示した原則が骨抜きになってしまう。

 さらに、憲法上の権利として保障した場合であっても、「公共の福祉」(憲法12条後段、13条後段、29条2項)による制約が可能である。

 そこで、憲法29条1項は私有財産制度を保障するのみならず、個々の具体的な財産権を保障しているものと解する。

 よって、本問で制限されることになりうる「大都市の遊休土地の所有権(と処分権)」は憲法上の権利として保障されるものと解する。

 

 

 以上の結論は森林法共有林事件違憲判決と同旨なので、大展開する必要はない。

 もっとも、この点に触れて本問法律が「憲法上の権利の制限」に該当しうることは必須である。

 なぜなら、これが総ての出発点だからである。

 

 ここで森林法共有林事件違憲判決の該当部分を確認しておこう。

 

(以下、森林法共有林事件違憲判決を引用、強調は私の手による)

 憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障するとともに、社会全体の利益を考慮して財産権に対し制約を加える必要性が増大するに至つたため、立法府は公共の福祉に適合する限り財産権について規制を加えることができる、としているのである。

(引用終了)

 

 

 以上、原則論の確認は終わった。

 もちろん、憲法上の権利として保障したところで、この権利に対する制限が一切許されないことにはならない。

 そこで、以下、「公共の福祉」による例外的制限の正当化の議論に進むわけだが、今回はこの辺で。