薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す2 その3

 今回のブログはシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 前回と前々回で「過去問を解くための必要な前提知識」を示した。

 よって、それらの前提事実を踏まえ、著しく不合理・不自然な事実認定・事実評価をすることなく論理的な文章を展開すれば、十分な評価が得られる。

 結論それ自体に右往左往する必要はない。

 

10 過去問を確認する

 では、過去問に挑戦する。

 改めて過去問を見直そう。

 

(以下、過去問を転記)

A市は、市営汚水処理場建設について地元住民の理解を得るために、建設予定区にあって、四季の祭りを通じて鎮守様として親しまれ、地元住民多数が氏子になっている神社(宗教法人)境内の社殿に通じる未舗装の参道を2倍に拡張して舗装し、工事費用として100万円を支出した。なお、この神社の社殿に隣接する社務所は、平素から地元住民の集会場としても使用されていた。A市の右の措置について、憲法上の問題点を挙げて論ぜよ。 

 (転記終了)

 

 事実(判決事実)関係をまとめると次のようになる。

 

・A市は宗教法人が利用する神社の舗装工事の工事費用100万円を支出した。

・支出の目的は所謂迷惑施設(市営汚水処理場建設)について地元住民の理解を得ること

・地元住民の多数がその神社の氏子になっている

・費用を負担した工事によって、神社の社殿に通じる参道は舗装されたうえ、かつ、2倍に拡張された

・神社に隣接する社務所は平素から住民の集会場として利用されていた

 

  まず、目を引く事実を見ると、「100万円」という額が見える。

 この額は前提知識に出てきた判例の額よりもずっと多い。

 特に、違憲と判断した愛媛玉ぐし訴訟の額よりも多い。

 とすると、注釈なく「100万円は少額だから些末」という方向に持っていくのはよろしくないだろう。

(もちろん、私学助成等の額に比べれば100万円は小さいと評価することは可能である、ただし、そう評価するならその点をはっきりと明示する必要があるだろう)

 

11 答案の構成・規範定立まで

 以上の事実を見ながら、どう答案に書いていくか考えよう。

 問いは、「A市の措置(公金支出)について憲法上の問題点を挙げて論ぜよ」である。

 だから、スタートラインは「A市の公金支出は憲法に反しないか」という形になる。
 もちろん、「憲法」だけでは特定できていないので、「A市の公金支出は89条前段に反しないか」という形で具体的に条文を「挙げ」る必要があるだろう。

 

 法律実務の文章は、「①問題点を指摘し、②(定義・趣旨・条文から)規範を定立し、③事実を認定し、認定事実を規範に照らして評価し、④結論を出す」という体裁をとる。

 この形式を「法的三段論法」とか「アイラック」とか言う。

「論理的な文章である」と認められるためにはこの書式に従わなければならない。

 

 さて、問題点は「A市の支出が憲法89条前段で禁止している公金支出にあたるか」である。

 そして、憲法89条前段の趣旨が政教分離を金銭面で担保するものだと指摘して、政教分離についてその意義を論じていく必要がある。

  このように「政教分離」について論じるのは理由がある。

 条文と政教分離の関係を明示することなく、「政教分離」に飛びつくのはやめた方がいい。

 

 政教分離に関する法的な説明・規範定立については、①制度趣旨(原則論)を述べ、②不都合な点を指摘し、③制度的保障で例外を正当化し、④ルールを立てればいいだろう。

 この部分は所謂「原則修正パターン」であり、「法的文章の基本構造」の一つである。

 ここは素直にこの順番で書けばいい。

 

 日本の事例が問題になっていることから、規範は最高裁目的効果基準を用いる。

 もちろん、最高裁が述べたとおり「主観をそのまま鵜呑みにするのではなく、社会通念に従い客観的に判断する」目的効果基準である。

 というのも、この限定を付さない目的効果基準だと、「目的は迷惑施設誘致に対する住民の理解を得ることであり、神社を有する宗教法人の勢力拡大を目的にしていないため、世俗的である。」となって答案が単純化してしまうし、(ルール的にも)政教分離の趣旨が貫徹できないからである。

 ただ、事実認定においては、レモン・テストを使って答案を書く場合にも考慮し、「効果」と「目的」だけではなく、「関係」についても検討する。

 目的効果基準の場合は、「関係」は「効果」か「目的」のところで触れればいいだろう。

 

12 事実認定と事実の評価

 次に、事実認定の部分に移る。

 主要な事実関係は上に述べた通りで、これを動かすことは積極ミス(著しく不合理な事実認定)になるので、それを動かすことなく、目的・効果・関係の3つの点から評価しかなければならない。

 

 

 まず、一番クリアしづらい要件と考えられる「効果」から書く。

 支出額である100万円が(世情の感覚から見て)多額だということは上で述べた。

 また、工事の結果、未舗装だった参道が舗装される上、その参道は2倍に拡張される。

 既に舗装されている道の修理である、参道の幅は変わらない、等の事情があれば、「分かりにくい」かもしれないが、これだけ変化すれば外見の変化は明らかである。

 そうなれば、住民はこう思うだろう。

「結果だけ見れば、『A市は神社を優遇・援助した』ように見える」と。

 となれば、支出の効果は神社に対する援助・助長・促進にあたることになり、「効果」の点をクリアするのは難しい。

 

 反論はある。

「地元住民が日常的に利用している社務所への通路になっている(隣にある)神社の参道がミゼラブルなままでいいのか」と。

 、、、さすがに砕けた言い方なので、真面目に書き直そう。

「参道の舗装は社務所(多数の住民が集会などで日常的に使用)の便益にも資するから『神社に対する優遇である』という印象を住民は持たない」と。

 効果の点を否定するなら、この点を強調する必要があるだろう。

 

 しかし、これを押し切るのは微妙な気がする。

 何故なら、それを前面に押し出すなら、別の方法があるからである。

 例えば、参道の修理費ではなく、「社務所、特に、住民が日常的に利用している箇所の管理維持費や修理費などの費用」を支出するという手段があるからである。

 所詮お金に色は付けられない。

 ならば、神社に対して「いつも住民のために社務所を開放してくださりありがとうございます。市が社務所の修理・管理費用を援助します(ので、浮いたお金で参道を補修してください)」ともっていくことは可能である。

 露骨にやれば問題になるが、この場合なら、現実に発生した効果が同じだったとしても、効果に対する評価は幾分変わるだろう。

 もちろん、管理維持費などで100万円も計上できるかは微妙ではあるが。

 

 よって、「効果」の点をクリアすることは難しい。

 また、目的効果基準を採用したうえで結論を合憲にする場合、目的の部分で正当化すればいいことを考慮すれば、この違憲を裏付ける事情のあっさりを認めてしまうのもありである。

 そうすれば、「反対側の事情にも配慮している」ことが答案上に表現されるのだから(こざかしいと思うかもしれないが、判決などで反対利益への配慮が要請される以上、これは必要である)。

 

 

 次に、レモン・テストを用いた場合を想定して、「関係」の点を見てみよう

目的効果基準で検討するならば、効果の部分に含めて考えることになる)。

 今回の費用の名目は修理費である。

 1回きりのものを想定しており、継続的なものではない。

 この「1回きり」という点を強調すれば、「過度のかかわりあいにならない」と評価することはできる。

 

 しかし、支出の目的を加えて考えると景色が変わる。

 支出の目的は「迷惑施設誘致のための住民理解(説得)」である。

 そのため、「工事費を払ったら神社との付き合いはお終い」となる保証はない。

 

 例えば、氏子のうちの幾人かは「このような便宜をしてくれたんだから、迷惑施設を受け入れます」となるかもしれない(これは自然な感情であり、不思議ではない)。

 しかし、氏子でない住民からすれば「なんでやねん!」となるかもしれない。

 または、一部の氏子は「それでもやだ」と反対の意思を翻さないかもしれない。

 その場合、反対に回った人たちに対してA市は何をするのだろう。

 氏子以外の人にも便益を提供する?

 そうするくらいなら、最初から工事費を支出しないだろう。

 工事費を支出した意味がないから。

 そうなれば、舗装工事を支出した神社に協力を頼むことにならざるを得ない。

 この場合、神社とA市は今後も一定の関係を持ち続けることになる。

 

「関係」の点をクリアするかはこの点をどう評価するかによる。

 これを高く評価すればクリア不可、些末と見ればクリアと見ることになる。

 私は「クリアせず」と評価するが、以上の考えを「考えすぎだ」というのはあり得ない話ではない。

 

 

 さて、最後に目的の点が残っている。

 目的効果基準で考えるなら、この部分もアウトにしなければ違憲にならない。

 逆に、ここがクリアできれば合憲にもっていける。

 

 問題文ではこう明示されている。

「目的は迷惑施設誘致に対する住民の理解(説得)である」と。

 

 これが直接の目的であることは「絶対に」否定できない(「これは虚偽である」と認定すればそれは積極ミスになる)。

 そして、この点を強調すれば、目的の点がクリアされ、他の部分がどれだけアウトであっても合憲になる。

 

 では、違憲の結論は目的効果基準から出せないのか。

 実は可能である。

「見えない目的」を追加して考えれば。

 

 ここで、目的と手段をつなげてみよう。

「①迷惑施設誘致に対する住民理解のため、②多数の住民が氏子になっている神社の工事費100万円を支出した」

 ①と②の間をじっと見つめている。

 何故、②によって①が何故達成できる?

 

 ここまで言えばわかるだろう。

 ②によって、「宗教法人(多数が氏子)の勢力を強め、これを利用することで」、住民を説得する、これが①と②をつなぐ「見えない目的」である。

 確かに、直接の目的は「迷惑施設受け入れの説得のため(世俗的目的のため)」なのだろう。

 その部分に嘘はない。

 

 しかし、隠れた部分も加えた目的、「(神社に便益を提供することで神社を味方につけ)、住民を説得する」、この意図も否定できない。

 この意図がないなら神社に支出しないで別の手段を考えるだろうから。

 

「目的をクリアしない」と認定するなら、この「見えない目的」を明示する必要がある。

 一目見て出てくる事情じゃないから。

 

「目的」をクリアさせるかは、この部分を詳細に検討し、それが答案上に表現できるか、による。

 今回は、「本番は時間がないから(これは重要なことである)、ここまで詳細な分析はできない」と考える必要がないので、ちょっと踏み込んでみた。

 

13 さいごに

 拾うべき事実は拾い、評価は終わった。

 あとは、評価にもとづいてあてはめを行い、結論を出すだけである。

 

 なお、現段階でも、私なら結論を違憲にした答案を作ろうとする。

 その方が事情を細かく評価できて、点数が稼げそうなので。

 そもそも、昔準備した答案は最高裁の基準を批判してレモンテストを採用した上、「目的」をクリアさせ、「効果」と「関係」の点をアウトにしたくらいなので。

 

 一方、「合憲の答案が書けないか」と言われれば、目的効果基準を用いれば無理ではないようである。

 ただ、この事案は「宗教団体に便益を提供し、宗教的権威を利用して、政治問題を解決しようとした(世俗的目的を達成しようとした)事案」になる。

 つまり、「政治による宗教の利用」である。

 よって、「これについてどう考えるのか」という視点は合憲に結論を持っていく場合はより重要になりそうな気がする。

 

 以上、過去問について検討した。

 なお、この問題について考えるきっかけを与えたのは、最近、那覇市の件で政教分離に関する最高裁判決が出たことによる。

 また、私が合格した後、2010年頃に政教分離に関する重要な判例が出ているらしい。

 よって、それを踏まえながら、今改めて政教分離などについて考えたことをメモに残す。

 

 では、次回。