今回はこのシリーズの続き。
犯罪収益移転防止法の条文を通じて、マネロン対策(AML/CFT)についてみていく。
16 特定取引における取引時確認の内容
前回までは「特定事業者に特定業務における特定取引」の範囲を確認した。
今回から「取引時確認」の具体的内容についてみていく。
犯罪収益移転防止法第4条第1項によると、特定事業者が特定業務として特定取引を行う場合、顧客等について次の事項を確認する必要がある。
これがいわゆる「取引時確認」である。
この点、取引時確認における確認事項は個人と法人によって異なる。
両者を分けてみていくと次のようになる。
(個人の場合)
① 本人特定事項(氏名・住所・生年月日)
② 取引目的
③ 職業
(法人の場合)
① 本人特定事項(名称・本店か主たる事務所の所在地)
② 取引目的
③ 事業内容
④ 実質的支配者
この点、法人が取引を行う場合、窓口にやってくるのはその法人の代表者などである。
そこで、法人自体の取引時確認の他に、代表者などの本人確認(及び権限の確認)も必要になる。
また、個人との取引においては窓口に代理人がやってくることもある(子供の口座を親が作る場合など)。
この場合、本人自体の取引時確認の他に、代理人の本人確認(及び代理権の確認)も必要になる。
これらの代理・代表が関連する部分は、法人に対する取引時確認のところでまとめてみていくものとする。
さて、取引時確認において最も大切なのが本人特定事項の確認(①)である。
なぜなら、本人特定事項を偽られた場合、実質的な取引相手が名義人ではなく第三者ということになってしまい、ロンダリングされた犯罪資金等の追及が事実上不可能になってしまうからである。
この点、本人特定事項の確認方法は利用する本人確認書類(身分証明書)の種類によって微妙に異なる。
そこで、まずは本人確認書類について確認し、その上で本人特定事項の確認方法についてみていくことにする。
17 個人に対する本人確認書類
犯罪収益移転防止法施行規則第7条には「本人確認書類」たりうるものが列挙されている。
なお、犯罪収益移転防止法施行規則第7条の柱書には、有効期間・有効期限のある書類(身分証)はその期間内・期限内に提示・送付を受ける必要があること、有効期間・有効期限のない書類は、提示・送付を受ける日から数えて6か月以内に作成されている必要がある。
「まあ、そりゃそうだよな」という感じである。
では、具体的に見ていこう。
犯罪収益移転防止法施行規則の第7条では、自然人(個人)の本人確認書類として次のものを規定している。
・運転免許証と運転経歴証明書
・個人番号カード
・旅券と船舶観光上陸許可書
・身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳、戦傷病者手帳(当該自然人の氏名、住居及び生年月日の記載があるものに限る。)
(犯罪収益移転防止法施行規則7条第1号イ)
・官公庁から発行され、又は発給された書類その他これに類するもので、当該自然人の氏名、住居及び生年月日の記載があり、かつ、当該官公庁が当該自然人の写真を貼り付けたもの
(犯罪収益移転防止法施行規則第7条第1号ロ)
これらはいわゆる「写真付き本人確認書類」である。
次に、それ以外の身分証明書や本人確認書類が続く。
・国民健康保険、健康保険、船員保険、後期高齢者医療若しくは介護保険の被保険者証
・健康保険日雇特例被保険者手帳、国家公務員共済組合若しくは地方公務員共済組合の組合員証、私立学校教職員共済制度の加入者証、
・児童扶養手当証書、特別児童扶養手当証書若しくは母子健康手帳(当該自然人の氏名、住居及び生年月日の記載があるものに限る。)
・特定取引等を行うための申込み若しくは承諾に係る書類に顧客等が押印した印鑑に係る印鑑登録証明書
(犯罪収益移転防止法施行規則第7条第1号ハ)
・印鑑登録証明書(ハに掲げるものを除く。)
・戸籍の附票の写し、住民票の写し又は住民票の記載事項証明書
(犯罪収益移転防止法施行規則第7条第1号ニ)
・官公庁から発行され、又は発給された書類その他これに類するもので、当該自然人の氏名、住居及び生年月日の記載があるもの
(犯罪収益移転防止法施行規則第7条第1号ホ)
犯罪収益移転防止法施行規則では本人確認書類たりうるものをきちっと定められている。
そして、単なるマイナンバーの通知カードは「本人確認書類」としては利用できないこともわかる。
18 個人に対する本人特定事項の確認方法_1
次に、本人特定事項の確認方法についてみていく。
なお、引越し直後等の事情によって本人確認書類に記載された住所と実際の住所が異なることはあり得ないではない。
このような場合に「身分証明書を再発行するまで特定事業者との特定取引が一切できない」となれば、それはそれで困ることになる。
そこで、このような場合についての確認方法は規定されているが、これは後で確認する。
また、国内に住居を持たない外国人に対する本人特定事項の確認方法についても後回しにする。
つまり、ここで確認するのは、犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号の部分のみについてである。
さらに、ここで見ていく部分は私自身に関心がある部分のみである。
インターネットを介した画像の転送、アプリの利用といった手段の部分は省略する。
以下、本人特定事項の確認方法をみていく。
・「写真付き本人確認書類」の提示
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号イ)
つまり、「写真付きの本人確認書類」の原本を提示すれば本人特定事項の確認は終了する。
これは、公権力によって本人確認書類に本人の顔写真が貼り付けられているため、顧客と名義人の同一性の確認がより慎重になされる、ということなのだろう。
・本人確認書類(顔写真なし)の提示+書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号ロ)
これは、写真のない本人確認書類を用いた場合の本人確認の方法である。
顔写真がない場合、ある場合と比較すれば「本当に名義人と顧客は一致するのか?」 という疑問が生じうる。
その疑問を解消するために、書留郵便等により転送不要郵便物等として送付することでなりすましを防止しよう、ということなのだろう。
・本人確認書類(顔写真なし)について2種類の提示を受ける方法(ただし、2つ目の書類には「現在の住居の記載がある補完書類」でも可能)
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号ハ)
これは、顔写真のない身分証明書しか持っていない人に対する本人特定事項の確認方法で、かつ、転送不要郵便等を用いない方法ということになる。
顔写真がないので名義人と顧客の同一性に疑問が生じることになるが、2種類の身分証明書(または、補完書類)があれば大丈夫、ということなのかもしれない。
なお、ここで登場する補完書類は、犯罪収益移転防止法施行規則第6条第2項各号によって次のものと定められている。
・社会保険料や公共料金の領収証書
・官公庁から発行され、又は発給された書類その他これに類するもので、当該顧客等の氏名及び住居の記載があるもの(個人に限定)
・日本国政府の承認した外国政府又は権限ある国際機関の発行した書類その他これに類するもので、本人確認書類のうち次条第一号又は第二号に定めるものに準ずるもの
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第2項各号)
・本人確認書類(顔写真なし)の提示+その他の本人確認書類(顔写真なし)または補完書類の送付
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号ニ)
これは提示と送付の合わせ技、ということであろうか。
次の第1号ホ・ヘ・トは「写真付き本人確認書類の画像データ等の送信を受ける方法」に関連するものなので割愛。
次の第1号のチは原本の送付を受ける場合の本人特定事項の確認方法となる。
この場合の条件は次の2点となる。
・「本人確認書類の原本の送付」or「本人確認書類のICチップの情報」の送信or「本人確認用画像情報(本人確認書類の真正チェックが可能)」の送信
・書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号チ)
簡単に言えば、原本等を用いた非対面における本人確認方法と言えようか。
この「非対面による本人確認方法」はもう一個ある。
・2種類の本人確認書類のコピーの送付(本人確認書類のコピーと補完書類の原本またはコピーでも可能)
・書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
(犯罪収益移転防止法施行規則第6条第1項第1号チ)
おいそれと運転免許証の原本を送付するわけにもいかない(送付中に免許証がなくなったとかなったら大事件である)。
とはいえ、コピーを送付すれば真正性に疑問が生じてしまう。
そこで、補完書類とあわせて2種類の本人確認書類等のコピーを送付することで顧客と名義人の同一性を確保する、ということだろうか。
次の第1号ヌは特別なものっぽいので割愛する。
また、その次の第1号ルは別の事業者が写真付き本人確認書類の提示を受けるものなので割愛。
さらに、その次の第1号ヲ・ワ・カは電子署名や公的個人認証法が関連しているためこれも割愛。
以上、犯罪収益移転防止法施行規則の条項を確認した。
画像データやICチップ内のデータの送信、電子証明や公的個人認証などを考えない場合、重要になるのは次の6つになりそうである。
① 写真付き本人確認書類の提示
② 写真のない本人確認書類の2種類の提示
③ 写真のない本人確認書類の提示+書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
④ 本人確認書類(顔写真なし)の提示とその他の本人確認書類(顔写真なし)または補完書類の送付
⑤ 本人確認書類の原本の送付+書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
⑥ 2つの本人確認書類のコピーを送付+書留郵便等により転送不要郵便物等として送付
次回は住所が一致しない場合や国内に住所を有しない外国人についてみていく。