今回はこのシリーズの続き。
犯罪収益移転防止法の条文を通じて、マネロン対策(AML/CFT)についてみていく。
13 簡素な顧客管理を行うことが許容される取引
前回見てきた通り、金融機関にとっての「特定取引」は次の3つのうちのいずれかを満たすものである。
① 対象取引
(㋐「犯罪収益移転部司法施行令第7条に列挙されている取引」で㋑「簡素な顧客管理を行うことが許容される取引」ではない取引)
② 疑わしい取引
③ 同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引
前回は㋐についてみてきたため、今回は㋑を見ていく。
ただ、この㋑を見るにあたっては、犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案する。
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/risk/risk051207.pdf
ここには、マネー・ローンダリングの危険度を下げる要因として次の8項目を列挙している。
なお、整理のために順番を入れ替えている
① 顧客等が国又は地方公共団体による取引
② 顧客等の本人性を確認する手段が法令等により担保されている取引
③ 会社等の事業実態を仮装することが困難な顧客との取引
④ 取引の過程において、法令により国等の監督が行われている取引
⑤ 資金の原資が明らかな取引
⑥ 取引金額が規制の敷居値を下回る取引
⑦ 法令等により顧客等が限定されている取引
⑧ 蓄財性がない、又は低い取引
こうやって見ると、名義・取引・原資の観点から問題のないもの、マネー・ローンダリングに利用しづらいものが簡素な顧客管理を行うことが許容される取引に該当する、と言えようか。
これを念頭に置いて、犯罪収益移転防止法施行規則第4条第1項各号を整理していく。
なお、金融機関以外を対象としている項目は除外する。
・金融信託において受益者に返還すべき財産を管理する取引(第1号)
(名義の偽り困難、取引過程に別規制あり、原資は明らか)
・満期保険金等の支払いがないか、満期解約金が保険料総額の80%未満の保険契約の締結等(第2号)
・前2号による契約による満期保険金の支払(第3号イ)
(マネロンに利用しにくい)
・適格退職年金契約、団体扱い保険等の満期保険金等の支払(第3号ロ)
(名義の偽り困難、取引過程に別規制あり、原資は明らか、マネロンに利用しにくい)
・有価証券市場(取引所)等において行われる取引(第4号)
・日本銀行において振替決済がなされる金銭貸借(第6号イ)
(名義の偽り困難、マネロンに利用しにくい)
・払戻総額が保険料払込総額の8割未満の保険契約等による金銭貸付等(第6号ロ)
(取引過程に別規制あり、原資は明らか、マネロンに利用しにくい)
・商品購入の際、クレジットカードを使わずに分割払いを行う取引等(第6号ハ)
(名義の偽り困難)
・取引の金額が200万円を超える無記名の公社債の本券又は利札を担保に提供する取引(第7号イ)
(取引過程に別規制あり、原資は明らか)
・国又は地方公共団体への金品の納付又は納入(第7号ロ)
・電気、ガス又は水道水の料金の支払 (第7号ハ)
・教育機関等に対する入学金、授業料等の支払(第7号ニ)
(取引過程に別規制あり)
・預金口座への入金・出金ための200万円以下の送金(第7号ホ)
・売主への代金支払のための200万円以下の送金取引で、かつ、売主が買主に対して特定事業者による取引時確認と同様の確認がなされているもの(第7号ニ)
・社債、株式等の振替に関する法律に基づく特定の口座開設(第8号)
・SWIFTを介して行われる取引(第9号)
(名義の偽り困難、マネロンに利用しにくい)
・国又は地方公共団体が法令上の権限に基づき行う取引等(第13号イ)
(名義の偽り困難、取引過程に別規制あり、原資は明らか、マネロンに利用しにくい)
・破産管財人等が法令上の権限に基づき行う取引(第13号ロ)
(名義の偽り困難、取引過程に別規制あり、原資は明らか、マネロンに利用しにくい)
・特定事業者がその子会社等を顧客等として行う取引(第13号ハ)
(名義の偽り困難、原資は明らか)
預金取引に関して重要なのは7号と13号であろうか。
特に興味深いのが第7号のホである。
これはATMによる出金をイメージするとわかりやすそうである。
例えば、Y銀行の預金口座を持つXがZ銀行のATMで100万円を出金したいと考えたとする。
とすれば、Xは①Y銀行に「自分の預金口座のうちの100万円をZ銀行へ送金」を依頼し、②Z銀行に「ATMから100万円の出金」を依頼することになる(その結果、100万円を取得し、口座からは100万円が減る)。
この場合、①は第三者への送金に該当するため、10万円を超えた分は特定取引となり、だから云々となりかねない。
また、Yから見た場合、Xの本人確認は口座開設とその後の継続的顧客管理によってなされている。
とすれば、特定取引としての取引時確認は不要としてもいい、ということなのだろう。
こうやって整理することで、取引時確認が不要な場合がイメージできた気がする。
14 疑わしい取引
次に、②についてみていく。
②の疑わしい取引については、犯罪収益移転防止法施行規則第5条第1号と犯罪収益移転防止法施行令第7条第1項に次のように規定されている。
カッコ内を外す、重複するものを除くと次のような感じになる。
取引において収受する財産が犯罪による収益である疑い
又は
顧客等が取引に関し組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律第十条の罪
若しくは
国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律第六条の罪
に当たる行為を行っている疑い
があると認められる取引
まず、「犯罪による収益」は犯罪収益等と薬物犯罪収益等がこれにあたる。
「等」ということは、取引原資に犯罪収益が全く含まれていない場合を除き「疑わしい取引」にあたる、ということだろうか。
次に、組織犯罪処罰法第10条、麻薬特例法第6条に規定されているのはいわゆるマネロン罪である。
条文構造は同じなので、組織犯罪処罰法第10条をみていこう。
(組織犯罪処罰法第10条第1項)
犯罪収益等の取得若しくは処分につき事実を仮装し、又は犯罪収益等を隠匿した者は、十年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
犯罪収益の発生の原因につき事実を仮装した者も、同様とする。
(組織犯罪処罰法第10条第2項)
前項の罪の未遂は、罰する。
(組織犯罪処罰法第10条第3項)
第一項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
改めてみて気付いたことは、マネロン罪には予備罪が規定されていること、強盗予備罪と同じように自首に対する免除規定がないことである。
あと、最近の特殊詐欺の傾向を考慮すると、特殊詐欺の被害者の一部がこの罪に該当してしまうのではないか(未遂罪も罰するとなっているから被害が発生しなくてもよい)、と感じなくはないが、それはさておき。
15 同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引
最後に、③についてみていく。
③は犯罪収益移転防止法施行規則第5条第2号に規定されている。
これも特定取引の一類型である。
では、この取引はどのように判断すればいいのか。
参考になるのが、疑わしい取引の判断方法について定められた犯罪収益移転防止法第8条第3項と犯罪収益移転防止法施行規則の第26条である。
ここには次の3つの要素が提示されている。
・「実際になされた取引の態様」と「他の顧客等との間で通常行う取引の態様」との比較
・「実際為された取引の態様」と「当該顧客等との間で行った他の取引の態様」との比較
・「実際為された取引の態様」と「取引がなされた結果得られた情報」との整合性
このうち、3つ目のことは取引後にならないとわからないため、ここでは除外する。
すると、「自分たちが他の顧客と通常行う取引」及び「自分たちが取引相手とこれまで行ってきた取引」と「目の前の取引」を比較することになるだろうか。
また、相手が一見客であれば、「自分たちが他の顧客と通常行う取引」と「目の前の取引」を比較することになるのだろう。
以上、「特定取引」についてみてきた。
この点、取引時確認が必要な要件は、「特定事業者の特定業務における特定取引」だけではなく、「ハイリスク取引でない」・「第3項の取引にも該当しない」が含まれる。
しかし、残りの部分は「特別なケース」ともいえるので、次回は「取引時確認」の内容をみていくことにする。