薫のメモ帳

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法令の条文にあたる意味 3

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 今回も「法令の適用に工夫が必要な場面」の具体例についてみていく。

 

5 機械的に法令を適用できない具体例_後編

 前回、機械的に法令を適用できないケースの2つを見てきた。

 今回は残りの2つを見ていく。

 

 この点、①と②のケースと異なり、③と④のケースは「法令の形式的な適用による結論が妥当ではない」という価値判断がある点で共通する。

 つまり、③と④のケースは妥当な結論が先にあって、法的にそれを正当化するための手法という要素が①や②よりも強い。

 また、これらはいわゆる「原則修正パターン」とも呼ばれる手法である。

 

 

 まずは、③の具体例をみていく。

 

(③の具体例)

 Xは和光市にある自己所有の2DKのアパートの一室を地方に居住していたYに1か月68千円の家賃で貸し与えた。

 その後、Yの長年友人Aが1週間ほど関東地方に遊びに来たため、Yは自分の借りているアパートにAを宿泊させてやり、1週間の間、AとYは共同生活を送った。

 その間、近隣ともトラブルがなく、Aは関東地方から去った。

 半年後、偶然その事実を知ったXはYのAに対する行為が賃貸物件の無断転貸(民法612条1項)にあたるとして、XY間の賃貸借契約を解除し、Yに対してアパートから退去するよう請求した。

 Xの請求は認められるか。

 

民法第612条第1項

 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

民法第612条第2項

 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

 

 この具体例は、民法の契約各論で登場する超重要な論点である。

 これを知らないレベルでは、択一試験の合格はおぼつかないだろう。

 

 まず、形式的に見た場合、1週間の間、借りたアパートにAを宿泊させる行為は、「第三者に賃借物の使用」させる行為といえる。

 とすれば、大家たるXは民法612条2項によって賃貸借契約を解除し、Yに出てけ、と言える。

 この点、必ず「Yに出ていけ」と言わなければならないということはないが、そのような選択肢を選べば追い出せる。

 

 しかし、通常は年単位の期間の締結される賃貸借契約で、たかだが1週間宿泊させただけで解除というのは大げさであろう(もし、1週間も使わせたなら解除してかまわない、というのなら1日間にしてもかまわない、形式的な結論に変わりはないから)。

 事実、Xも半年も経過してからたまたまその事情を知ったのだし、YとAのアパート利用に問題があったわけでもない。

 つまり、一般論として無断転貸がダメであり契約を解除できるとしても、本件のような場合には例外的に解除できないと考えることになる。

 このように、③の例では「結論の妥当性判断」が先にある。

 

 もっとも、例外的に逆の結論を採用するならば法律上の根拠が必要になる

 これがいわゆる「法律構成」と呼ばれるものである。

 この「法律構成」を生み出す際に必要になるのが、条文の趣旨、今回でいうところの民法612条の趣旨である。

 

 この点、賃貸借契約は相互の信頼関係を基礎とした継続的契約であるところ、一般論として無断転貸は賃貸借契約の信頼関係を破壊するため、民法612条は無断転貸をした場合の賃貸人の解除権を認めている。

 つまり、民法612条の趣旨は「無断転貸によって継続的契約たる賃貸借契約を支える信頼関係を破壊された場合に、賃貸人の解除権を認めることで賃貸人の利益を保護すること」にある。

 とすれば、「信頼関係を破壊しないレベルの無断転貸であれば、解除権を発生させる必要はない」と言える。

 そこで、「無断転貸があっても、背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、例外的に解除権は発生しない」という規範を立てることになる。

 そして、本件においてもこの規範を満たされればXに解除権は発生せず、Xの請求は認められないことになる。

 

 余談だが、「背信的行為に認めるに足りない特段の事情がある」という一見して奇妙な表現には、この特段の事情をいずれが立証しなければならないのか、という判断も含んでいる。

 もちろん、この特段の事情は賃借人側、本件ならばYが立証する必要があり、立証できなければ、あるいは、立証に失敗すればYは負ける(Xが勝つ)。

 

 ちなみに、判例は次のものが参考になるだろう。

 

昭和29年(オ)第521号家屋明渡請求事件

昭和31年5月8日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/505/057505_hanrei.pdf

 

 ところで、この③のケースは、いわゆる「法律の抜け穴を探す」ような作業である

 だから、このようなものを技術を悪しきものと評価することはないではない。

 ただ、法令の適用作業には「妥当な結論を導出する」という要素がある

 よって、「法令の適用」には「妥当な結論を導出するために、法律の抜け穴を探す」という作業が当然に含まれることになる。

 いくら完璧を目指しても、変化し続ける社会において完璧な法令を編纂することはできないのだから。

 

 

 最後に、④の具体例について。

 これについては超有名な論点があるので、これに登場していただこう。

 

(④の具体例)

 Yは、財産隠しのため自分名義の土地を自分の息子Aの名義に変更した。

 また、この土地には建物があり、Yが自宅兼事務所として利用しており、そのことは現地を見れば明らかにわかることであった。

 AはYの不動産が自分の名義になっていることを知り、この不動産を事情の知らないXに売却し、登記を移転した。

 XはYに対して土地の引き渡しを請求した。

 Xの請求は認められるか。

 

民法第94条第1項

 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

民法第94条第2項

 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

民法192条

 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

 

 本件で最も悪いのは虚偽の登記を奇貨として第三者をだましたAであろう。

 だから、究極的に責任を取るべき人はAということになる。

 しかし、このようなケースの場合、Aは高跳びして行方不明か、Yに売却した代金を費消してしまって責任をとれないことが多い

 だから、民法という観点から見た場合、この問題は「XとYのいずれがAの責任を肩代わりするか」という問題になる。

 もちろん、刑法的に考えれば、別の問題が生じうることは当然である。

 

 この点、Yは登記だけを安易に信じて、無権利者から土地を購入した不注意な人である(現地を訪れれば「あれ?」となることは明らかであるから)。

 また、Xは財産隠しのためありもしない登記をでっちあげた悪い人、ということになる。

 では、XとYのいずれにAの責任を肩代わりさせるべきか。

 

 妥当な結論はさておいて、まず、形式的な結論を確認する。

 ここで、民法94条2項は「通謀虚偽表示に対する善意の第三者」を保護している。

 しかし、本件ではYは単に登記を移しただけであって、YとAとの間に「通謀」がない。

 また、単に登記を移しただけであって、意思表示もない。

 だから、民法94条2項によってXが保護されるわけではない

 

 次に、本件で引き渡しを求めているのは不動産であるから、動産の即時取得を認めた民法192条の適用もない

 

 というわけで、法令を形式的に適用した場合、原則としてXの請求が認められない、ということになる。

 問題はこれで果たしていいのか、ということだろう。

 登記を信じたのにその権利が保護されないというのであれば、登記への信頼が軽んじられることになる。

 また、登記を調べる以上の調査が必要となって取引コストが激増する。

 これらの事情から、本件のようなXを例外なく保護しないことは「取引の安全」を著しく害することになる

 

 他方、取引の安全を害するからという理由で安易にXを勝たせることは、今度は本来の土地の所有者の権利、つまり、「私的自治の原則はどこへ行った」ということになる。

 このことは、事例を変更して、「AがYの自宅から関係書類を盗んで申請書を偽造して登記を移転し、その後、Yに売り飛ばした場合」を考えてみればいい。

 この場合、取引の信頼を考慮して善意のYを保護するのであれば、Xは知らぬ間に所有権を失うこととなり、契約自由の原則が一切保護されないこととなる。

 そこで、③のケース同様、法律構成が必要となる。

 

 ここで、とっかかりになるのが、民法94条2項である。

 つまり、民法94条2項の趣旨を用いて、民法94条2項に類似した場面にも94条2項があたかも適用される形にするのである。

 このことを「類推適用」という。

 

 この点、民法94条2項の趣旨は権利外観法理、つまり、「自ら虚偽の外観を作出した者はそれを信じた善意の第三者に対して責任を負う」という点にある。

 ならば、民法94条が想定する仮装売買のような通謀虚偽表示だけではなく、自ら虚偽の外観を作出した場合にも民法94条2項を類推適用して第三者を保護すべきといいうる。

 そこで、①虚偽の外観の存在、②外観作出に対する権利者の帰責性、③第三者の善意の3条件を満たす場合には、民法94条2項の類推適用によって第三者の権利取得を認める、と考えることになる。

 

 これで基準ができたので、あとはあてはめである。

 ちなみに、私が受験した平成18年の旧司法試験・二次試験・論文式試験民法はこの論点が登場した。

 なお、③の善意には無過失が必要か不要か、といった論点もなくはないが、法令の適用の具体例として示しているに過ぎない本件ではこの点は割愛する。

 

 

 以上、機械的に法令を適用できないケースの具体例をみてきた。

 参考にしていただければ幸いである。

 

 次回は、判例の重要性についてみていく。