今日はこのシリーズの続き。
『経済学をめぐる巨匠たち』を読んで、経済学に関して学んだことをメモにする。
11 「第9章_経済学を科学にした男」を読む
第1章から第4章までは資本主義・古典派の思想・基礎を築いた巨匠たちに焦点をあてた。
第5章から第8章までは古典派や資本主義を批判した巨匠たちに焦点をあてた(ウェーバーはちょっと違うかもしれないが)。
そして、第9章から第11章は経済学を科学・学問として発展させた巨匠たちに焦点をあてる。
第9章の主役はレオン・ワルラスである。
ワルラスは、アダム・スミス、デビット・リカードが作り上げた経済学について「科学」としての基礎を築いた人である。
この点、経済学を含む社会科学が対象とする社会現象は複雑な「相互連関」の関係にある。
例えば、賃金が減れば(需要が減って)物価が減り、(供給が減ることで)さらに賃金が下がり、それにより物価が下がる、という感じで相互作用によって物価と賃金はどんどん下落することになる。
これが「相互連関」の関係である。
他方、19世紀までは「原因と結果という一方向の関係で説明できないものは『科学』とは言えない」と考えられていた。
つまり、相互作用のようなスパイラルな関係は循環論として科学な説明として認められなかったのである。
例えば、循環論に陥ったために葬られた経済学者がマルクスである。
マルクスは労働価値説において「物価(市場の価格)は労働換算率によって決まる。その労働換算率は市場によって決まる」と述べたが、「市場の価格(物価)を決めるはずのパラメータ(労働換算率)が市場によって決まるとは何事だ。説明になってない」と批判されたわけである。
この相互連関の現象によって経済学者は様々な苦労をすることになった。
しかし、ワルラスはこの相互連関の現象を一般均衡理論によって解明した。
そして、ワルラスの理論により循環論法であっても科学的な説明になることが示されたのである。
なお、この相互連関の現象、経済だけではなく外交でもあてはまる。
しかし、外交は数式化ができておらず、偉大な政治家が直感でやるしかない。
他方、経済学はワルラスの理論によって一般理論が構築され、科学的なモデルができている。
サムエルソン(11章で登場)が「Walras is great economist」と述べ、「ワルラスは別格の経済学者だ」と述べているが、その意味はここにある。
さて。
ここで学問が「科学」たる条件について確認する。
社会科学と呼ばれる分野で真に科学的研究が進んでいるのは心理学と経済学である。
この二つの学問の特徴は「実験ができること」であり、実証可能な点である。
この「実験可能・実証可能」というのは科学であることの前提条件の一つである。
そして、実験を行うためには、①結果に影響する原因の要素となる「変数」を抽出する必要がある。
もちろん、その変数はたくさんあるため、②それらの変数を分離する必要もある。
さらに、各変数の変化による結果への影響を調べるためには、③全変数のうち一つの変数を除いて固定し、④一つの変数だけ動かしたときの結果の変化を調べる必要がある。
これにより、動かした変数(原因)と結果の関係が判明し、実験・実証したことになるわけである。
この点、心理学において人間を実験台にするのは難しい。
そこで、パブロフは犬を使って実験を行い、他にもネズミを相手にして実験を行った。
それにより、「科学」に昇格させていったのである。
他方、経済学は社会現象の説明が目的であるところ、現実を使った「実験」は不可能である。
しかし、ワルラスが実験の代わりになる方法を提供してくれた。
つまり、社会の経済を数理モデル化することで条件の制御(変数の抽出・分離、特定の変数以外の変数の固定・特定の変数のみ変化させる)を可能にして、相互連関によって説明される因果関係を数学で説明できるようにしたのである。
このように見ると、経済学の父はアダム・スミスだが、現代経済学・理論経済学の父はワルラスであると言ってよい。
そして、ワルラスが作り上げた理論を実際に利用できるツールに変えたのはヒックス教授である。
そこで、次の章ではヒックス教授についてみていく。
12 「第10章_使える経済分析ツール」を読む
第10章の主役はジョン・リチャード・ヒックスである。
この人はワルラスの一般均衡理論を経済学に適用できるように完成させた人である。
この点、ヒックスが1939年に出版した本として『価値と資本』という本がある。
この書籍でヒックスが展開した経済理論は、物理学におけるニュートンの理論に匹敵する。
日本の森嶋教授は「この一冊を精読し、理解しえたのならば、極意皆伝。他にあれこれ読む必要はない」と言い切った。
ヒックスの理論として重要なものの一つに「限界代替率」の理論がある。
これは価格決定に関する理論である。
ヒックスが登場するまで、価値決定の理論として客観価値論と主観価値論の二つがあった。
前者の代表はマルクスの労働価値説であるが、「循環論に陥っている」と批判されて葬られたのは前述の通り。
他方、後者の代表は限界効用理論であるところ、限界効用理論は「効用は測定不可能」という欠点が指摘されていた。
この「測定できない」という欠点は「科学」として見た場合、致命的な欠陥になる。
ワルラスは限界効用理論を採用し、かつ、「効用は測定できる」という仮説を立てて一般均衡理論を展開した。
しかし、これだと「効用が測定できなければ、ワルラスの理論は使えない」ということになり、「科学」としては不完全になる。
そこで、ヒックスはパレートの限界代替率を基盤とし、限界効用といった測定不能な人間心理を理論から排除した。
この限界代替率を簡単に説明すると、「財Aを1単位減らすことによって失う効用を補うために必要な財Bの量」である。
「二財の価格の比率」なら測定できるので「科学」として問題が解決したのである。
このようにしてヒックスは限界代替率を用いることで、消費者(消費財)の需要関数(欲しい量と価格の関係を示した関数)を作り上げた。
さらに、ヒックス教授は企業による生産財の需要関数と供給関数、消費財の供給関数を作り出した。
このようにすれば、総ての消費財と生産財の需要関数と供給関数が量と価格の関数として得られる。
そして、総ての商品について需要と供給が一致するというのが市場の均衡方程式である。
このようにして、ヒックス流解釈によるワルラスの理論ができた。
そして、一般均衡理論上の波及過程・相互連関の過程を調べることができるようになったのである。
『価値と資本』という資本の理論書を作ったヒックスは、その後に『資本と成長』・『資本と時間』を出版する。
この3冊が資本に関する三部作と言われる。
もっとも、ヒックス教授のさらにすごい業績は『経済の社会的構造』にある。
この書に書かれたものから社会会計学の基礎は築かれ、国民所得の計算なども可能となった。
なお、ヒックスは「ケインズサーカス」の一員でもあり、ケインズ経済学に関する貢献も大きい。
そのうち有名なものとして、IS曲線とLM曲線がある。
以上が9章と10章のお話。
こういう理論が作られる過程を聴く(見る)とわくわくするのは私だけだろうか。
経済学の細かい数式を見ているわけではないが、このように理論が形成される過程(歴史)は面白いというしかない。