薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

『昭和天皇の研究』を読む 27

 今日はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

昭和天皇の研究_その実像を探る』を読んで学んだことをメモにする。

 

 

27 終章を読む

 終章のタイトルは、「『平成』への遺訓」

 既に、平成から令和に変わった現在から見れば、「平成」とはなんだか古いような感じがしないではないが、だからといってみない価値のないものではないだろう。

 

 

 本章は、日本国憲法への改正に反対した美濃部達吉博士の話から始まる。

「正論」に対する社会の拒絶、戦前に右翼や帝国陸海軍から「大逆賊」と攻撃・迫害・起訴された人々の意見が戦後も受け容れられていない、という話と共に。

 結局のところ、日本社会は情動によって振り回される振り子のようなもので、扇動的な言論は歓迎しても、中庸・穏当な意見は受け容れない、ということなのかもしれない。

 

 この点、美濃部達吉博士は昭和20年10月20日に朝日新聞に自分の意見を掲載している。

 その一部が本書で引用されているが、例によってこれを私釈三国志風に意訳しようと試みてみる(したがって、これは意訳に過ぎず、引用でも直訳でもない点に注意)

 まず、美濃部達吉博士は憲法の条文の全面的検討の必要性を主張する。

 

(以下、本書で引用されている美濃部達吉氏の寄稿を私釈三国志風に意訳したもの、直訳でも引用でもない点に注意

 私は憲法の条項に手を付ける必要がないとは言わん。

 むしろ、大日本帝国憲法が制定されて50年も経過した今、世界情勢も政治情勢も経済情勢も大きく変化しているのだから、各条項の検討を全面的に行うべきである。

(意訳終了)

 

 もっとも、性急な憲法改正には反対する。

 

(以下、本書で引用されている美濃部達吉氏の寄稿を私釈三国志風に意訳したもの、直訳でも引用でもない点に注意

 しかし、憲法は国家百年の政治の基礎を決めるものであるから、慎重の上に慎重を重ねるくらいの丁寧さが必要である。

 したがって、敗戦直後、しかも、見渡す限りに戦争の惨禍が残っている非常事態において憲法改正を行うことは言語道断というしかない。

(意訳終了)

 

 そして、あるべき憲政の姿について次のように述べる。

 

(以下、本書で引用されている美濃部達吉氏の寄稿を私釈三国志風に意訳したもの、直訳でも引用でもない点に注意

 そもそも、「憲法下の民主政治」を実現するためには、憲法の条文を変えなければならないというわけではない。

 というのも、現憲法の条文はそのままであっても、法令の改正と法令の運用方法の変更よって「憲法下の民主政治」は十分実現できるのだから。

 もちろん、法令の改正と法令の運用方法の変更よりも憲法の改正の方がよい、ということは十分ありうるが、それは平静な情勢が回復してから行うべきことである。

 そうではなくて、現状の戦争の惨禍があちこちに残り、しかも、敗戦により異国の軍隊によって占領されている状況で、一気に憲法改正を行ったところで、ただ混乱するだけで、憲政下の民主主義政治の実現はしないだろう。

 したがって、現時点では憲法の改正はこれを避けるべきである。

(意訳終了)

 

 この点、美濃部達吉博士は「憲法」には実に慎重であった

 というのも、民主主義には非常に危険な一面があり、ファシズムの台頭がそのことを見せつけたから、である。

 この辺は次の読書メモで見てきた通りである。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 簡単に言えば、こういうことである。

 大日本帝国憲法下で天皇機関説に従った場合、あるいは、戦後の日本国憲法下において国会や帝国議会は「国権の最高機関」(日本国憲法第41条前段)である。

 では、その国会が全権委任法を制定したらどうなるのか

 これは、ヒットラームッソリーニが独裁を正当化した方法そのものである。

 

 この点、日本国憲法であれば、司法権違憲立法審査権(81条)を行使してこの全権委任法の合憲性を判断することになる。

 しかし、その一方で日本国憲法は第73条6号但書の解釈から、日本国憲法は国会による委任立法を許容していると考えられる。

 では、全権委任法は委任立法として合憲とみなされる範囲なのか、委任立法が合憲とみなされる範囲はどこまでなのか、という問題が発生することになる。

 

 もちろん、大日本帝国憲法下においても同様の問題が生じる。

 ただ、こちらには違憲立法審査権がないという重要な違いがあるが。

 

 

 ここで、話は共産圏の選挙の投票率に関する話に話題が移る。

 本書に登場する著者(故・山本七平氏)とソビエトからアメリカに移住したユダヤ系の方々のやり取りを私釈三国志風に意訳しようとしてみる。

 

(以下、本書に記載されている会話のやり取りを私釈三国志風に意訳したもの、直訳でも引用でもない点に注意

山本七平先生)

 ソビエトなどの共産圏において「選挙の得票率が約99%、共産党候補者への投票獲得率が99%」といったものがある。

 でも、こんな結果は誰が見てもおかしい。

 なんでこんな発表するんだ?

(相手のユダヤ系の人々)

 そもそも、ソビエトの選挙とアメリカの選挙は完全に違う。

 選挙は政府の命令が国民にどの程度従うかの調査でしかない。

 あと、99%の投票率というのは「権力による統治がうまくいっていること」のアピールに過ぎない。

(意訳終了)

 

 結構、おそろしいことをさらっと言っているような気がするが、それはさておき。

 まあ、「中身を見ることなく、『単に選挙と議会があれば、立憲主義に基づく民主主義である』とは言えない」といったところだろうか。

 

 最後に、本文では、「激動の昭和からの『平成への遺訓』」として、『民主主義と我が議会制度』にある美濃部達吉博士の主張が引用されている。

 これを見ると、「知的誠実さを貫き、かつ、戦争中に迫害された学者」である津田左右吉博士と美濃部博士がそれぞれ別の視座から同じようなことを述べているように見える。

 以下、本書に引用されている部分を私釈三国志風に意訳してみる。

 

(以下、本書で引用されている『民主主義と我が議会制度』を私釈三国志風に意訳したもの、直訳でも引用でもない点に注意、なお、強調は私の手による)

 どんな国家にも象徴的な存在が必要である。

 そして、我が国では歴史が始まってから、万世一系天皇が国民団結の中心にいて、国家の統一を保っていた。

 この点、天皇武家に政権が移った後も存在し続けた。

 また、明治維新が比較的平和的に実施されたのも天皇の御威光があってのことである。

 さらに、太平洋戦争下で終戦できたのも昭和天皇の御聖断あってのことである。

 だから、もし天皇陛下が日本の中心から消失しようものなら、その結果生じるのはただただ動乱だけであって、動乱から再統一を果たすためには、ナポレオンやヒトラー等の指導者の登場、レーニンスターリン等が実践した革命の実践に拠らざるを得なくなるだろう。

 そして、その統一の暁には、民主主義の名の下に専制的な独裁政治がなされることであろう。 

(意訳終了)

 

 確かに、この主張は正しいように見える。

 もっとも、日本人にとってはその方がいいのではないか、という点はさておいて。

 

 

 以上、終章を読み終えた。

 

 次回は、本書を読んだ感想をまとめて読書メモを終了させることにする。

 もっとも、感想が少し長くなるため、2回に分ける予定でいるが。