薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す10 その3

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 旧司法試験・二次試験の論文式試験・平成20年度の憲法第1問についてみていく。

 

4 本問自治会の決議の有効性

 まず、問題文を確認する(前回同様、問題文の出典先は法務省のサイトである)。

 

www.moj.go.jp

 

(以下、問題文を引用)

 A自治会は 「地縁による団体 (地方自治法第260条の2)」の認可を受けて地域住民への利便を提供している団体であるが,長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体から寄付の要請を受けて,班長らが集金に当たっていたものの,集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。

 そこで,A自治会は,班長らの負担を解消するため,定期総会において,自治会費を年5000円から6000円に増額し,その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。

 この決議に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

(引用終了)

 

 また、出題の趣旨は次のとおりである。

 

(以下、出題趣旨を引用)

 自治会のような団体が寄付に協力するために会員から負担金等を徴収することを総会決議で決めることは会員の思想信条の自由を侵害しないかについて,関連判例を踏まえつつ,自治会の性格,寄付の目的,負担金等の徴収目的,会員の負担の程度等を考慮に入れて,事案に即して論ずることができるかどうかを問うものである。

(引用終了)

 

 その上で、前回までの流れを確認する。

 

 まず、原則論として、「住民の寄付を強制されない自由」が憲法19条によって保障されうることを確認した。

 次に、その自由が無制限でないことを確認し、憲法の私人間適用に関する関節適用説を採用し、地方自治法260条の2第1項の「目的」の解釈において憲法19条を考慮することを示した。

 さらに、自治体が事実上の強制加入団体であることを踏まえ、決議の有効性についていわゆる実質的関連性の基準(目的が重要でなく、また、手段に実質的関連性がない場合は無効)を採用することを示した。

 

 ところで、出題趣旨を見ると、次の要素を考慮することが予定されていたらしい。

 

1、自治会の性格

2、寄付の目的

3、負担金等の徴収目的

4、会員の負担の程度

 

 既に、自治会の性格については言及した。

 そのため、ここからのあてはめでは少なくても残りの点について言及する必要があることがわかる。

 

 

 これからあてはめを行う。

 重要な要素は、①決議(強制徴収)の目的、②決議(強制徴収)の実効性、③強制徴収以外の代替手段可能性、④手段の相当性の4つ。

 以下、順に見ていく。

 

 

 この点、本問決議の目的は、「長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体」へ寄付をし、その結果として「地域環境の向上」や「緑化の促進」を実現することにある。

 そして、自治会のような「地縁による団体」の存在意義には「良好な地域社会の維持」(地方自治法第260条の2第2項1号)があるところ、地域環境の向上などに長年手掛けている団体に寄付をすれば、地域社会の維持を実効的に実現することができる。

 そして、地域環境を向上させることは住民の環境を向上させ、各住民の幸福追求権(憲法13条後段参照)の実現に寄与する。

 よって、決議の目的は公共の利益の実現にとって重要であると言える。

 

 

 まず、決議の目的を憲法的利益とリンクさせた

 本問は憲法の問題だからである。

 また、「目的を否定する」ということは「団体への寄付は濫用的目的でなされている」というようなものである。

 よって、ここはすんなり肯定したほうがよい。

 

 次に、手段の実質的関連性(合理性・必要性・相当性)についてみていく。

 まず、肯定的な事情を拾っていこう。

 

 

 次に、決議内容を見ると、決議前の段階では「班長らが集金に当たっていた」一方で、「集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。」という現状があった。

 そのため、集金による方法から会費の中に寄付相当分を織り込んでしまえば、班長の負担が減り、集金の効率は飛躍的に向上する

 そうすれば、本問決議は目的を実現するための個々の班長の負担を下げるものであり、手段として実効性があると言うことができる。

 また、「地域環境の向上」という課題は住民にとって共通の利害関係のあるものであり、どの思想によっても容認されやすいと言える。

 さらに、寄付相当分として増額される分も1年に1000円(6000-5000円)であり、これは1か月あたり缶コーヒー1本分に相当する程度でしかない。

 ならば、意に沿わない寄付を強制したところで、住民が持っている思想と両立しえない、とか、負担額が重すぎる、という事情も考え難い

 以上のことを考慮すると、手段として一定の合理性があることは否定できない。

 

 

 以上、手段の実効性・適切さについて肯定的な事情を拾ってみた。

 こちらを主軸に沿って答案を作成すれば、本問決議は有効、ということになる。

 また、自治会が株式会社であり、住民が株主であれば、まあ、ここまでの事情を述べて適法になるであろう

 

 しかし、本番の私がそうしたように、ここから手段の実質的関連性を否定していく。

 否定する際の重要な要素は、「割合」と「住民が集金に応じない理由」の2点である。

 

 

 しかし、本問では「集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。」の背景には、住民の「寄付の実効性への疑問」が少なくないとは言えない。

 というのも、この寄付はA自治会が「団体から寄付の要請」があって行っているものであって、自治会自らその団体を選んで積極的に寄付をしているわけではないからである

 そこで、地域環境の向上という目的を実現するために寄付という手段が具体的に見て実効性があるのか疑問がある、少なくても、住民には疑問を持つ者もいると言うことができる

 さらに言えば、本問決議によって自治会の年会費が1000円上乗せされるところ、この増額相当分の大半が団体への寄付になることを考慮すれば、自治会の予算に比して団体に対する寄付が過大であるということができる

 

 また、寄付額自体は年間1000円、1か月あたり100円未満であるが、従前の自治会会費である5000円の20%に相当する額である。

 そして、増額割合で見ればこの額を少ないということはできない

 さらに、増額分の1000円の支払いを拒めば、自治会から追い出される可能性があるところ、追い出されることによる不利益は転居する場合もしない場合も年間1000円より圧倒的に大きい。

 

 さらに、本問で寄付を受ける団体は地域環境の向上を目的とするいわゆる社会福祉法人社会福祉法1条、22条)に該当すると考えられるところ、社会福祉法人への寄付は自発的なものによるべきとされている(同法116条参照)を考慮すれば、福祉団体に対して寄付を強制されない自由の重要性は額の多寡によらず重要なものと考えられる。

 そこで、決議によって制限される権利の程度は軽くはない。

 

 最後に、寄付金の徴収手段についても班長が集金に出向くという手段ではなく、各自自治会会費と同時に寄付分を渡すといった班長に負担をかけないで従前と同等の寄付を回収する手段もあり、本問決議の内容は不必要(手段として過剰)とも言える。

 

 以上を考慮すると、本問決議にはその手段において目的を達成するために有効・適切であるとは言えず、実質的関連性が認められない。

 したがって、本問決議は「目的」の範囲内とは言えない。

 

 以上より、本問決議は住民の寄付を強制されない自由を制限するものとして違法・無効である

 

 

 一気に結論まで書きあげてしまった。

 なお、結論は私が本番に書いた内容と同様である。

 また、根拠についても「社会福祉法人」云々と「全予算に対する割合」以外の要素は全部触れている(もちろん、実質的関連性の基準は採用せず、具体的利益衡量の手法によったが)。

 

 この点、引き付ける条文が地方自治法260条の2第1項の「目的」か民法90条の「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為」かという問題がある。

 南九州税理士会事件は民法の「目的」の問題になっており、本番の私もここでもその手法に従った。

 また、群馬司法書士会事件の反対意見を述べた2裁判官は2人とも「目的」の問題に引き付けている。

 しかし、群馬県司法書士会事件の判決は「目的」も「公序良俗」の両方に触れている(3VS2であり、理由もそれほど詳細でないと考えられたのに、補足意見がないのは結構意外である)。

 さらに、後に述べる大阪高等裁判所の判決のケースでは、私が調べた範囲によると公序良俗に反するとなっている。

 となると、この点については「どちらでもいい」ということではないかと考えられる。

 少なくても、用いた条文によって大きく評価が異なることはないだろう。

 

 

 ところで、大阪高等裁判所の判決(最高裁は上告棄却により追認)は類似の事案(額も寄付先の団体の個数も異なる)は決議を公序良俗違反を理由として違法にした。

 これを見て改めて本問を考えるなら、結論は当時と同じ「違法」であると考える。

憲法の条文に違背するわけではないため、結論は「違法」であって「違憲」ではない)

 そして、今見直して改めて気になったのは、予算に占める割合である。

 

 会費を5000円から6000円に増額する(増加分1000円)、増額分は寄付にあてる、という場合、従前の予算の20%を寄付に充てることになる

 さすがに、一団体に対する寄付であればこれは多くね?と。

 また、団体が複数としても、従前の予算の約20%が寄付ってちょっと、となる。

 当然だが、これは「寄付」であって自治会がしたいこと(するべきこと)を外部に委託する際の委託料ではないのである

 

 また、一気に会費20%増というのは月100円程度でも重くね?というのはある

 そして、それが「寄付」のためとなるとなおさらである。

 

 こうやって考えると、結論は違法のまんまでいいかなあ、と言える。

 

 

 以上で本問の検討は終了である。

 次回は、憲法外から見て考えたことを述べ、本問の検討を終了する。