薫のメモ帳

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司法試験の過去問を見直す10 その1

 これまで「旧司法試験・二次試験・論文式試験憲法第1問」を見直してきた。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 これまで検討した過去問(途中のものも含む)は、平成3年度・4年度・8年度・11年度・12年度・14年度・15年度・16年度・18年度の9問。

 この点、平成11年度の過去問は少し残っているが、今回から平成20年の憲法第1問を見ていく。

 ちなみに、この年、私は4回目の旧司法試験を受験し、この試験を突破することになる。

 その意味で感慨深い試験である。

 

 今回のテーマは憲法の私人間効力」である。

 ちなみに、平成13年と平成2年に類似のテーマが登場している。

 

1 旧司法試験・論文試験・憲法・平成20年第1問

 まず、問題文を確認する。

 今回は法務省のサイトから問題文と出題趣旨をお借りした。

 

(以下、旧司法試験・二次試験・論文式試験・平成20年度・憲法第1問を引用)

 A自治会は 「地縁による団体 」(地方自治法第260条の2の認可を受けて地域住民への利便を提供している団体)であるが,長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体から寄付の要請を受けて,班長らが集金に当たっていたものの,集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。そこで,A自治会は,班長らの負担を解消するため,定期総会において,自治会費を年5000円から6000円に増額し,その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。この決議に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

(引用終了)

 

www.moj.go.jp

 

 なお、出題趣旨は次の通りであった。

 

(以下、出題趣旨を引用)

 自治会のような団体が寄付に協力するために会員から負担金等を徴収することを総会決議で決めることは会員の思想信条の自由を侵害しないかについて,関連判例を踏まえつつ,自治会の性格,寄付の目的,負担金等の徴収目的,会員の負担の程度等を考慮に入れて,事案に即して論ずることができるかどうかを問うものである。

(引用終了)

 

 本問では、「自治会内で行われる団体への寄付」を集金形式から会費形式(寄付額を会費に上乗せ)に変更することの是非が問われている。

 もちろん、会費に上乗せすれば、寄付に反対している住民は寄付を強制されることとになる。

 そして、その寄付に反対するために会費の支払いを拒めば、寄付する分に限定した支払い拒否であっても、最悪、自治会から追放されるわけである。

 そこで、本問は自由の制約という意味で憲法上の問題になりうる。

 

 

 まず、関連する条文を列挙する。

 なお、本問は平成20年4月当時の法律で考えるため、現在は存在しない条文で本件に参考にするであろう条文を列挙する。

 

憲法19条

 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 

地方自治法260条の2・第1項

 町又は字の区域その他市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体(以下本条において「地縁による団体」という。)は、地域的な共同活動を円滑に行うため市町村長の認可を受けたときは、その規約に定める目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。

 

地方自治法260条の2・第6項

 第一項の認可は、当該認可を受けた地縁による団体を、公共団体その他の行政組織の一部とすることを意味するものと解釈してはならない。

 

民法34条(旧民法43条)

 法人は、法令の規定に従い、定款又は寄付行為で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。

 

 次に、関連する判例は次のとおりである。

 

昭和43年(オ)932号労働契約関係存在確認請求事件

昭和48年12月12日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/931/051931_hanrei.pdf

(いわゆる「三菱樹脂事件最高裁判決」)

 

昭和41年(オ)444号取締役の責任追及請求事件

昭和45年6月24日最高裁大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/055040_hanrei.pdf

(いわゆる「八幡製鉄事件判決」)

 

昭和48年(オ)499号組合費請求事件

昭和50年11月28日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/203/054203_hanrei.pdf

(いわゆる「国労広島地本事件判決」)

 

平成4年(オ)1796号選挙権被選挙権停止処分無効確認等事件

平成8年3月19日最高裁判所第三小法廷判決

(いわゆる「南九州税理士会事件判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/864/055864_hanrei.pdf

 

平成11年(受)743号債務不存在確認請求事件

平成14年4月25日最高裁判所第一小法廷判決

(いわゆる「群馬県司法書士会事件判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/439/062439_hanrei.pdf

 

 また、類似の判決を探してみたところ、平成19年に類似の事件(自治会の寄付に関する強制徴収決定)に対して大阪高等裁判所が判決を出しており、平成20年4月、最高裁判所が上告を棄却して高裁判決が確定している、らしい。

 

 

 本問の問題点は「(寄付に反対している)住民が寄付を強制されること」であり、いわゆる「憲法上の権利の制約」の形をとる。

 そこで、通常通り、原則と例外で考えていくことになる。

 

2 憲法上の権利の認定

 本問では、A自治会の決議により「住民の意に沿わない寄付を強制されない自由」が制限されることになる。

 そこで、この「寄付を強制されない自由」憲法上の権利となるかが問題となる。

 この点、寄付は財産的出捐(出費)を伴うという客観的部分に注目すれば、財産権(憲法29条)によって検討すべきものとも考えられる。

 しかし、「寄付」は「他の個人・団体への支援」を意味し、その背後には寄付する人間の信仰・思想・良心などの要素があることが少なくない

 そこで、寄付する自由やその裏返しである「寄付を強制されない自由」は思想・良心の自由を定めた憲法19条によって保障されると考えるべきである。

 

 

 原則論の認定はこの辺でいいだろう。

 重要なのは、「寄付は金(財産)の問題に過ぎない」という発想を採用しない点である

 この「団体への寄付」が思想・良心の自由の問題になる点は最高裁判所も認定している。

 例えば、「南九州税理士会事件」では次のように述べている。

 

(以下、「南九州税理士会事件」から該当部分を引用)

  特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。

(引用終了)

 

 この判決では、政治団体への寄付が政治的「思想」などに基づくものと考えている。

 この発想は、群馬県司法書士会事件でも同様である。

 というのも、次の言及があるからである。

 

(以下、群馬司法書士会事件から引用、私による注がある)

 被上告人(私による注、群馬司法書士会)がいわゆる強制加入団体であること(同法19条)を考慮しても,本件負担金の徴収は,会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,

(引用終了)

 

 これらの最高裁判決を見れば、「(意に沿わない)寄付を強制されない自由」を思想・良心の自由の問題として考えていること、政党への寄付については投票の自由に引き付けていることが分かる。

 この点、「財産権の問題にすることと思想・良心の自由の問題にすることで差があるのか」と疑問に思うかもしれない(当然に思いつくであろう疑問である)。

 しかし、どちらを採用するかによって「例外」の場面で「考慮する際の要素」や「各要素に対する比重」が変わってしまう

 その意味でこの認定の差は重要な意味を持つ。

 

 

 以上、原則論を確認した。

 もっとも、「思想良心の自由」も「思想良心に基づく外部行為」については絶対無制約ではない。

 そこで、例外の議論が始まるわけだが、それについては次回に。