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司法試験の過去問を見直す8 その4

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 旧司法試験・二次試験の論文式試験・平成16年度の憲法第1問についてみていく。

 

4 「公共の福祉」によるプライバシー権の制約_あてはめ

 まず、問題文を確認する。

 

(旧司法試験・二次試験・論文式試験・平成16年度・憲法第1問)

 13歳未満の子供の親権者が請求した場合には,国は,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者で,請求者の居住する市町村内に住むものの氏名,住所及び顔写真を,請求者に開示しなければならないという趣旨の法律が制定されたとする。この法律に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。

(問題文終了)

 

 次に、規範を確認する。

 

(以下、前回のブログで示した規範部分を引用)

 具体的には、①情報開示の目的が正当であり、②プライバシーに優越する利益が存在し、③開示の範囲が必要最小限度にとどまっている場合に前科情報の開示する法律が合憲になるものと考える。

 そして、②プライバシーに優越する利益の有無を判断する際には、情報開示が目的の実現にとって必須であるか、代替手段がないかなどを考慮しながら判断すべきと解する。

(引用終了)

 

 以下、あてはめに移る。

 なお、ここでは結論を合憲にもっていくことにする。

 

 

 まずは、①目的について

 本問法律の目的は、「子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者」(以下、この人たちのことを「本件前科者」と書く。)に関する情報を取得することにより、親権(民法818条)と監護義務(民法820条)を有する自分の子供を性犯罪の被害者にならないように事前に実効的な対策を実行し、子供を性犯罪の被害から守る点にある。

 可塑性の富んだ子供が性犯罪の被害者になれば、その子供の健全な成長は完璧に損なわれる上、その被害回復も極めて困難である。

 とすれば、子供を性犯罪の被害から守ることは子供の人格権(憲法13条後段参照)を確保するための必要不可欠な手段であると言ってもよい。

 したがって、本問法律の情報開示の目的は正当である。

 

 

 この部分について特に言うべきことはないだろう。

 なお、ここで見ておきたいのが、「親権を有する自分の子供」に限定した点である。

 もし、「自分の子供」から「子供一般」まで範囲を拡張すると、請求権者が親権者に限定されている理由が困難になる。

 例えば、祖父母など親族に子供がいる場合、私立小中学校の教諭や児童福祉に携わる私人にも請求権が認められてもいいと考えられるから、である。

 

 

 では、②優越する利益の有無についてはどうか。

 この点、前科情報は個人にとって特に知られたくない情報である。

 このことは重大犯罪の前科であれば、なおさらである。

 

 また、本問法律は、請求によって開示された前科情報(以下、「本件情報」と書く。)について、情報の共有・公開を制約する旨の規定はない。

 とすれば、親が子供を祖父母や叔父叔母・知人などに預ける際に、預ける相手に本件情報を提供することはありえる。

 また、情報共有が外部からの判別が困難であること、本件情報が子供を守るうえで極めて重要な情報になることを考慮すれば、本件情報を得た親権者が13歳以上の子供を持つ親権者・私立小学校や中学校の教諭・児童福祉関係者と本件情報を共有することは可能かつ容易である。

 その結果、本来請求できない人間との間で本件情報が共有される可能性は低くない。

 

 また、その地方に住む子供たちの安全を考えた、また、正義感に燃えた請求権者が本件情報をインターネット上や通学先の学校や地元団体で公開し、被害の防止を呼び掛けるといったことも起こりうる。

 そして、このような請求権者が複数現れてインターネット上で意気投合すれば、破産者マップのような公開サイトができる可能性がある。

 この公開サイトが実現したら、一定の前科を有する者たちの前科はインターネット上で公開され、場合によっては顔写真まで公開されることになる。

 そうなれば、本件前科者らの生活基盤を崩壊させかねず、生活基盤を壊された本件前科者らが社会を逆恨みし、再犯を犯してさらなる被害者を増やすといった悲劇の拡大再生産が起きることになりかねなくなる。

 

 

 まず、本問法律の問題点から書いてみた。

 本問法律の最大のネックは請求権者の守秘義務がない点であろう。

 破産者マップに準じる前科マップについては妄想めいているようにみえるが、現に破産者マップができてしまった以上は「可能性すらない」と切って捨てることはできないだろう。

 

 ここで見ておくべきなのが、前回取り上げたいわゆる「前科照会事件」の反対意見である。

 

(以下、「前科照会事件」の反対意見から再引用、重要でない部分を中略する)

 上告人京都市の中京区長は、(中略)本件回答書が中央労働委員会及び裁判所に提出されることによつてその内容がみだりに公開されるおそれのないものであるとの判断に立つて前記官公署間における共助的事務の処理と同様に取り扱い回答をしたものと思われるのであるが、(中略)被上告人の名誉等の保護に対する配慮に特に欠けるところがあつたものというべきではないから、同区長に対し少なくとも過失の責めを問うことは酷に過ぎ相当でない。 

(引用終了)

 

 反対意見は「区長には『相手が情報を拡散しない』という合理的期待があったし、その意味で被上告人の名誉にも配慮しているのだから、本件は違法ではないし、違法であったとしても過失があるとは言えない」と述べている。

 つまり、この反対意見によっても、開示者たる自治体側には「相手はみだりに情報を開示しない」という前提に立っている。

 ならば、相手の態度が不明だったり、(共有であれ)拡散される可能性がある本問法律はさらに違憲の結論に傾くことになるだろう。

 そして、この部分を強調すれば、本問法律は違憲の結論になっても全く不思議ではない。

 

 しかし、ここから合憲にひっくり返していく。

 

 

 この点、親権者が一定の前科を有する者たちの住所と顔写真がわかれば、子供をその近くに一人で近づかせない、やむを得ず近くに行く場合は親権者が同行するか、最低でも2人以上で近づくようにするといった対策を行うことができ、これにより性犯罪の被害にあう可能性を相当程度下げることができる。

 とすれば、本問法律による本件情報の開示は子供を性被害から守る上で極めて実効性の高い手段の一つになると言える。

 

 また、子供を性犯罪から守る方法として、身の守る方法を教えるといった手段、本件前科者に対する出所後の政府による矯正教育の継続といった手段が考えられ、それらの手段と比較した場合、本件情報の公開は不必要な手段とも考えられる。

 しかし、身の守る方法を13歳未満の子供に教えたところで、腕力や頭脳において子供は大人にかなわないのが現実である。

 また、突発的事態に襲われた子供がパニックになる可能性が高い。

 とすれば、身の守る方法を教えたところで教えたとおりにできるという可能性は低く、この代替手段は実効性が乏しい。

 また、本件前科者が常習犯であることを考慮すれば、政府による出所後の矯正教育の実効性は疑問であるし、教育を拒否するといったこともありうる。

 とすれば、この代替手段も実効性が乏しい。

 

 

 このようにもっていくことで、本問法律による手段の合理性・必要性は示され、合憲に引っ張ることができるだろう。

 ただ、上で述べた本問法律のネックに対するフォローは不可欠である。

 そこで、手段の相当性について以下、言及する。

 

 

 なお、本問法律には開示された情報をどうするかに対する規定がないので、みだりに情報が拡大される可能性があることは否定できない。

 しかし、破産者マップのようなものを作ろうとすれば、相応のコストがかかる。

 つまり、破産者の情報は官報に記載されているのに対して、本件情報は自治体ごとに請求しなければ得られず、その点でコストが高い。

 また、前科情報の安易な公開はプライバシー侵害を懸念する者たちによる批判を覚悟しなければならない。

 それらの点を考慮すれば、インターネット上に本件情報が拡散し、破産者マップのようなものが出現する可能性は高くないと言える。

 

 また、請求権者の周囲で情報が共有されたとしても、情報の共有だけで済めば前科者に対する積極的な働きかけがないのだから、前科者への不利益は大きくならない。

 

 さらに、その情報を活用して前科者を居住する地域から追い出すといった積極的な手段に出ることもありうるが、本件前科者の生活基盤を下手に破壊すれば、再犯に走る可能性もあるし、報復される可能性もある。

 とすれば、親権者らが敢えて積極的な手段に出ることは考え難い。

 また、本問法律が情報の扱い方に対して制約していないとしても、刑法(脅迫罪・名誉棄損罪・住居侵入罪など)や民法民法709条など)に抵触する行為は既に制限されている

 そのため、情報の拡散が無制限に可能であるわけではない。

 

 最後に、前科情報は公開裁判による有罪判決によって一度は公開された情報である

 ならば、その情報が再び蒸し返されることは既に予見されていると言える。

 

 以上のように考えれば、本問法律の情報開示は、子供を性犯罪から守るという手段から見た場合、必須であり、かつ、有効な代替手段も存在しない。

 よって、本件情報の開示は②プライバシーに優越する利益が存在する場合にあたる。

 

 

 最後に、③公開範囲の最小性についてみていく。

 そして、本問法律は、請求権者を親権者全体ではなく、13歳未満の子供を持つ親権者に限定されている。

 また、得られる情報の範囲も請求者の居住する市町村内に住む者に限定されており、子供の生活圏の範囲外の情報は得られない。

 さらに、公開されている対象も常習犯に限定されており、被害を受ける可能性を無視できないものに限定している。

 以上を考慮すれば、本問法律による情報開示は③開示の範囲が必要最小限度にとどまっている場合にあたる。

 

 したがって、本問法律によるプライバシー権の制限は、「公共の福祉」による制約と言える。

 以上より、本問法律は合憲である。

 

 

 以上、合憲のあてはめを行った。

 

 この点、日本で本問法律のようなものが存在していないことを考慮すれば、結論としては違憲の方がよいような気がする。

 というのも、刑法・民法による制約では不十分であると考えられるからである。

 特に、2004年当時ではなく、インターネットの発達が進んだ現時点で考えるなら、情報拡散に対して制約がない本問法律はさらに違憲の方向に引っ張られるような気がする。

 

 なお、国家による情報提供とインターネット上の情報の抹消要求は同視できないと考えられる。

 というのも、情報提供は新たに情報を産み出すのに対して、抹消請求は既に出回っている情報のストップであり、性質が逆方向になるからである。

 だから、次の最高裁決定と結論をそろえる必要はない。

 

平成28年(許)45号

投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件

平成29年1月31日最高裁判所第三小法廷決定

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf

 

 

 以上、前科者のプライバシー権から見た場合のあてはめをしてみた。

 もっとも、この点において合憲とするならば、親権者などから見ても合憲であることを確認する必要がある。

(もちろん、試験本番においてこの点が必須であったとは考えていない、出題趣旨によると問題点になりうるというだけであり、優先順位としては前科者のプライバシーには明らかに劣後する)

 もっとも、それらの検討については次回に。