今回はこのシリーズの続き。
旧司法試験・二次試験の論文式試験・平成16年度の憲法第1問についてみていく。
3 「公共の福祉」によるプライバシー権の制約_規範定立
前回、本問法律が一定の前科者のプライバシー権を制限しうることを確認した。
もっとも、プライバシー権が絶対無制約ではなく、「公共の福祉」(憲法12条後段・13条後段)による制限を受けることは、表現の自由・知る権利・営業の自由などと同様である。
もちろん、「公共の福祉」というカードを掲げれば、どんなにずさんな制限でも正当化されるわけでもないことも。
そこで、本問法律が「公共の福祉」の制約と言いうるか。
特に、本問では、制限される具体的なプライバシー権の内容のうち、もっとも重大な情報が前科情報であることから、「前科情報の開示を正当化されるための違憲審査基準」が問題となる。
ここでは、顔写真や住所は特に取り上げていない。
というのも、前科情報の方が開示されたら困るところ、この開示が正当化されるならば、顔写真や住所の開示も正当化されるからである。
前科情報とともに顔写真や住所が公開される点については、規範の部分ではなく、あてはめの部分で言及されることになるだろう。
前科情報の開示については、いわゆる「前科照会事件」が参考になる。
重要と思われる部分を引き抜いてみる。
(以下、前科照会事件の判決理由から引用、文毎に改行、強調は私の手による)
前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができる
(引用終了)
この事案は、某市長が某弁護士会からの弁護士照会を受けた際に、前科情報を開示したところ、この開示が国賠法上違法であるとして国家賠償請求訴訟を提起したものである。
よって、上記判決理由の部分は「政府・自治体はいかなる場合に前科情報の開示が許されるのか」についての規範が示された、といってもよい。
そして、重要な要素は①使用目的と②代替手段の有無になっている。
これを裏付けるのが、伊藤正己裁判官(学者出身、なお、専門は憲法学)の補足意見である。
少し長くなるが、こちらも引用する。
(以下、前科照会事件の伊藤裁判官の補足意見を引用、各文毎に改行、強調は私の手による)
他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。
このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない。(中略)
近時、国又は地方公共団体の保管する情報について、それを広く公開することに対する要求もつよまつてきている。
しかし、このことも個人のプライバシーの重要性を減退せしめるものではなく、個人の秘密に属する情報を保管する機関には、プライバシーを侵害しないよう格別に慎重な配慮が求められるのである。
本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。
もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であつても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまるのである。
このように考えると、人の前科等の情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである。
本件の場合、京都弁護士会長の照会に応じて被上告人の前科等を報告した中京区長の過失の有無について反対意見の指摘するような事情が認められるとしても、同区長が前述のようなきびしい守秘義務を負つていることと、それに加えて、昭和二二年地方自治法の施行に際して市町村の機能から犯罪人名簿の保管が除外されたが、その後も実際上市町村役場に犯罪人名簿が作成保管されているのは、公職選挙法の定めるところにより選挙権及び被選挙権の調査をする必要があることによるものであること(このことは、原判決の確定するところである。)を考慮すれば、同区長が前科等の情報を保管する者としての義務に忠実であつたとはいえず、同区長に対し過失の責めを問うことが酷に過ぎるとはいえないものと考える。
(引用終了)
前科情報の開示が「公共の福祉」による制約として許されるか、という観点から重要と思われるものを引き抜いてみる。
1、前科情報は個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つ
2、国民の知る権利に基づく情報公開請求は、個人のプライバシーの重要性を否定するものではない
3、前科情報を開示してよいのは、①プライバシーに優越する利益が存在する場合で、かつ、②必要最小限の範囲に限つて公開しうる
4、裁判における「プライバシーに優越する利益が存在する場合」とは、公正な裁判の実現のために必須で、かつ、他に代わるべき立証手段がない場合などを指す
5、前科情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである
この点、本問法律の目的は裁判とは関係がない。
しかし、「目的の実現に必須+他に手段がない」と「最小限度の範囲」の2要件には着目すべきだろう。
また、この判決は補足意見にあるように情報公開の要請を踏まえている。
とすれば、「時代の変化を考慮して基準を変える」といったことは必ずしもしなくてよい、といえる。
つまり、知る権利・情報公開の重要性と情報の氾濫の両方の事情を考慮して、基準を変えないということは必ずしも不当ではないと考える。
ところで、この事件には環昌一裁判官の反対意見がある。
この方は最高裁判所裁判官になる前に裁判官・検事・弁護士のすべての職業を経験されている。
すごい人である。
この方が述べた反対意見はこちらである。
(以下、反対意見を引用、文毎に改行、ところどころ中略、強調は私の手による)
前科等は人の名誉、信用にかかわるものであるから、前科等のある者がこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有することは、多数意見の判示するとおりである。(中略)
このような場合にそなえて国又は公共団体が人の前科等の存否の認定に誤りがないようにするための正確な資料を整備保管しておく必要があるが、同時にこの事務を管掌する公務員の一般的義務として該当者の前科等に関する前述の利益を守るため右の資料等に基づく証明行為等を行うについて限度を超えることがないようにすべきこともまた当然である。
ところで、(中略)右昭和二一年の内務省地方局長通達によれば、犯罪人名簿は選挙資格の調査のために調製保存されるものであるから警察、検事局、裁判所等の照会に対するものは格別これを身元証明等のために絶対使用してはならない旨指示されていること、さらに昭和二二年八月一四日内務省発地第一六〇号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によれば、右の警察、検事局、裁判所等の中には獣医師免許等の免許処分や当時における弁護士の登録等に関しては関係主務大臣、都道府県知事、市町村長をも含むものである旨指示されていることが明らかである。
以上の経緯に徴すると、犯罪人名簿に関する照会に対しその保管者である市区町村長の行う回答等の事務は、広く公務員に認められている守秘義務によつて護られた官公署の内部における相互の共助的事務として慣行的に行われているものとみるべきものである。したがつて、官公署以外の者からする照会等に対してはもとより官公署からの照会等に対してであつても、前述した前科等の存否が法律上の効果に直接影響を及ぼすような場合のほかは前記のような名誉等の保護の見地から市町村長としてこれに応ずべきものではないといわなければならない。
前記各通達が身元証明等のために前科人名簿を使用することを禁ずる旨をのべているのは右の趣旨に出たものと解せられる。
そこでこれを本件について考えてみる。 (中略)
右にのべたところに加えて雇傭契約その他の労働関係についての民事法上の判断に当事者の前科等の存否が直接影響を及ぼすことはありえないとするような見解が判例等により一般に承認されているとみることもできないことを併せ考えると、上告人京都市の中京区長は、照会者たる京都弁護士会を裁判所等に準ずる官公署とみたうえ、本件照会が身元証明等を求める場合に当らないばかりでなく、前記のような事情のもとで本件回答書が中央労働委員会及び裁判所に提出されることによつてその内容がみだりに公開されるおそれのないものであるとの判断に立つて前記官公署間における共助的事務の処理と同様に取り扱い回答をしたものと思われるのであるが、このような取り扱いをしたことは、他に特段の事情の存することが認められない限り、弁護士法二三条の二の規定に関する一個の解釈として十分成り立ちうる見解に立脚したものとして被上告人の名誉等の保護に対する配慮に特に欠けるところがあつたものというべきではないから、同区長に対し少なくとも過失の責めを問うことは酷に過ぎ相当でない。
(引用終了)
反対意見では、前科情報を開示したことが国賠法上違法でない、または、過失がないことの理由として「『相手はこの内容をみだりに公開しないだろう』という判断がある」という点を取り上げている。
つまり、「開示した情報がどう扱われるか」という点に具体的に踏み込んでいるということである。
この部分はあてはめで用いることができる。
あと、補足意見・反対意見共にみられるものとして、「犯罪者名簿を身元証明に使ってはならない」というものがある。
これまた、重要であると考えられる。
以上を見ながら、規範定立までを考えてみる。
反対利益に配慮しながら、前科情報の開示が許される場合について規範を立ててみよう。
この点、国民主権(憲法前文、1条)の下では、国家の情報は国民の情報である。
また、国民の知る権利の重要性の向上(表現の自由の再構成により憲法21条1項で保障)、政府の情報公開の必要性が上昇した現代的事情を考慮すれば、前科情報の開示を広く認めるべきであると考えることができる。
この場合、違憲審査基準は緩やかにすべきと考えることになる。
しかし、前科情報は当該個人にとってもっとも他人に知られたくない情報であり、要保護性は極めて強い。
また、前科情報の安易な公開は当該個人の更生を損ない、その結果、治安上の不安を増大させるものにもなる。
とすれば、情報公開の必要性は前科情報の要保護性を下げるものではなく、厳格な基準が用いられるべきである。
具体的には、①情報開示の目的が正当であり、②プライバシーに優越する利益が存在する場合で、③開示の範囲が必要最小限度にとどまっている場合に前科情報の開示する法律が合憲になるものと考える。
そして、②プライバシーに優越する利益の有無を判断する際には、情報開示が目的の実現にとって必須であるか、代替手段がないかなどを考慮しながら判断すべきと解する。
まず、違憲審査基準の定立については、個人的法益だけではなく、社会的法益にも配慮した。
その人の更生を妨げて再犯させる事態に追い込めば、損するのは社会である、と。
この視点は軽んじるべきではないと思われる(この点も後述)。
また、プライバシー権を「情報のコントロール」権にしなかったのも違憲審査基準を見据えた結果である。
本問では、制御できないのが問題なのではなく、開示されることが問題なのだから。
それから、いささかうろ覚えであるが、当時の某司法試験受験参考書で「著しく不合理である場合に限り違憲」という基準であてはめをし、合憲にしているものがあった。
合憲・違憲の結論はさておくとしても明白性の基準を使うのはどうか、と思う。
別に、明白性の基準を用いなくても合憲にすることができるのだから。
もっとも、「厳格な合理性の基準」によって判断するのも可能であると考えられる。
「具体的な実効性のない代替手段」が存在するとしても、「必要不可欠とは言えない」ということにならないから。
その辺を考慮すれば、基準自体にこだわる必要はない。
こだわるべきは事案の適切な法的評価である。
さて、違憲審査基準の定立まで進めることができた。
ここからあてはめに移るが、あてはめについては次回に。