薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

司法試験の過去問を見直す8 その2

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 旧司法試験・二次試験の論文式試験・平成16年度の憲法第1問についてみていく。

 

2 前科情報などの秘匿と憲法上の権利

 本問法律を一定の前科者から見た場合、いわゆるプライバシー権の制限という点が問題になる。

 そこで、プライバシー権の観点から本問法律の合憲性を審査していく。

 

 なお、問題文を確認する(引用元は前回と同様、法務省である)。

 

(旧司法試験・二次試験・論文式試験・平成16年度・憲法第1問)

 13歳未満の子供の親権者が請求した場合には,国は,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者で,請求者の居住する市町村内に住むものの氏名,住所及び顔写真を,請求者に開示しなければならないという趣旨の法律が制定されたとする。この法律に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。

(問題文終了)

 

 まずは、本問法律によって条件に該当する国民の憲法上の権利が制限されうることの認定から始める。

 つまり、「原則ー例外」における原則論の検討を始める。

 

 

 本問法律を見ると、親権者の請求によって「一定の犯罪を犯した人間の『氏名・住所・顔写真』」が開示されることになる。

 つまり、親権者の請求により、条件に該当する人間の前科情報と住所と顔写真が開示されることになる。

 とすれば、本問法律は「前科情報と住所と顔写真を公開されない自由」が制限されることになる。

 

 もっとも、前科情報などを公開されない自由(権利)は憲法で明示的に保障されていない。

 そこで、この自由が憲法上の権利として保障されうるのかをまず検討する必要がある。

 

 その際、憲法の条文によって明示的に保障されていない権利を憲法上の権利として認めていいのか、という問題もある。

 もちろん、結論から言えば、憲法13条後段の幸福追求権を根拠に肯定するわけだが、なんでもかんでも憲法上の権利に加えられるわけではない。

 そこで、この辺の認定を丁寧にする必要がある。

 

 

 この点、「前科情報・容貌・住所を公開されない自由」は憲法上の権利として保障されるか。

 まず、憲法上に規定されていない権利についても、個人の人格的生存に不可欠な権利憲法13条後段の「幸福追求に対する国民の権利」として憲法上の保障を受けうるものと解する。

 そして、私生活に関する情報をみだりに公開・開示されたら私生活の平穏が害され、個人の人格的生存が脅かされることになる。

 そこで、「私生活に関する情報をみだりに公開されない権利」たるプライバシー権はいわゆる「新しい人権」として憲法13条後段によって保障される

 

 もっとも、大枠としてプライバシー権憲法上の権利として認定されうるとしても、前科情報・容貌・住所といった情報がプライバシー権の範囲に入っていることは確認しなければならない

 そこで、いわゆる「宴のあと事件」の基準を用いて判断する。

 この基準を用いた場合、プライバシー権として保障されるためには次の4点を満たす必要がある。

 

1、その情報が私生活に関する情報であること

2、その情報が真実、または真実と受け取られる可能性が高いこと

3、一般人の感覚に照らしてその情報の公開を欲しないこと

4、その情報が広く知られていないこと

 

 これを本件法律について見ると、開示される情報は「前科情報・住所・顔写真」である。

 

 そして、住所と顔写真については現在の私生活に関する情報である。

 また、前科情報についても過去の私生活に関する情報であることは変わりがない。

 というのも、ある私生活上の行為が犯罪行為にあたり、それにより有罪判決を受けたとしても、その行為が私生活上の行為から公的行為に変換されるわけではないからである。

 

 次に、情報を開示するのが国であることを考慮すれば、この情報が真実と受け取られる可能性が極めて高い。

 

 また、一般人の感覚で考えれば前科情報は公開されることを最も欲しないであると考えられる。

 また、住所や顔写真についても、前科情報ほどではなくても一般人の感覚で考えれば、公開されることは嫌がるものと考えられる。

 

 さらに、有罪判決は公開の法廷で判決が下され、また、場合によっては報道されることもあるので、公開された情報であるとも考えられる。

 しかし、公開された判決を法廷で聴ける人間は少数であるし、また、仮にその有罪判決が報道された場合であっても、一般人は日常のニュースの一コマとして忘れ去られることが通常である。

 それらの事情を考慮すれば、なお、非公知性は認められるものと考えられる。

 

 以上から、本問法律で開示される情報を公開されない権利はプライバシー権として憲法13条後段によって保障されるものと考える。

 

 

 以上、ちょっと長めに書いてみた。

 本番ならば端折って書く・まとめて書くといったことはするかもしれない。

 

 

 なお、プライバシー権を「自己情報コントロール権」と考えた場合、住所・顔写真・前科については自己情報そのものであり、開示されることによりそのコントロールを制限される。

 とすれば、この定義によれば、本問の法律は当然にプライバシー権の制約になる。

 もっとも、この定義で考えた場合、コントロールできない点が問題になる関係で、他の権利との衝突が問題になった場合、要保護性が少し弱くなるように見えた

 そこで、今回は古くから使われている定義を用いることにした。

 

 また、以上の結論は最高裁の結論と同様である。

 顔写真についてはいわゆる「京都府学連事件」で、住所についてはいゆる「江沢民事件」で(この事案は民法709条の適用の問題ではあるが)、前科情報についてはいわゆる「前科照会事件」で、同様の結論を採用している。

 各判決の関連部分を引用しておこう。

 

(以下、「京都府学連事件」から引用、強調は私の手による)

 警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。

(引用終了)

 

(以下、「江沢民事件」から引用、強調は私の手による)

 学籍番号,氏名,住所及び電話番号は,D大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである

(引用終了)

 

(以下、「前科照会事件」から引用、強調は私の手による)

 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する

(引用終了)

 

 正当性の欠片すらない状況で、これらの情報が暴露されることを指をくわえたまま受忍しなければならないいわれはないだろう(この点については後述)から、まあ、ここまでは当然の結論である。

 もっとも、これらの権利も絶対無制約ではない

 そこで、これらの権利の制限が「公共の福祉」(憲法12条後段・13条後段)による制約として認められるかが問題になる。

 ただ、この点については次回以降で。