今回はこのシリーズの続き。
『日本人のためのイスラム原論』を読んで学んだことをメモにしていく。
19 「第3章_欧米とイスラム_なぜ、かくも対立するのか_第1節を読む」(完結編)
前回までで、イスラム教社会がキリスト教社会を圧倒してきた約1000年間の歴史についてみてきた。
つまり、イスラム教社会の黄金時代についてみてきたことになる。
もっとも、ここから話の向きは変わる。
まず、本書では話の向きを変えるため、「ある歴史的シミュレーションをすること」から話が始まる。
つまり、「8世紀にイベリア半島を征服したイスラム帝国がゲルマン人が跋扈していたヨーロッパを征していたらどうなるか」を考えてみる。
なお、歴史に対して科学的な分析・考察をするのであれば、実験、つまり、シミュレーションという作業は必須である。
もし、歴史に対してシミュレーションを許さないのであれば、歴史から科学的考察を引き出すことは不可能である。
このような発言をする輩は、「『科学とは何か』について無知である」、または、「歴史に対する科学的考察・分析を妨害する目的がある」と判断しても大きな間違いはないだろう。
この点、イスラム教社会がヨーロッパ社会に併呑される可能性は大きく見て2回あった。
1つがオスマン帝国によるウィーン攻略。
そして、もう1つが八世紀である。
この点、イスラム教団(イスラム帝国)は発足直後に大きく膨張した。
つまり、ビザンティン帝国をエジプトやシリアから追い出した。
また、ササン朝ペルシャ帝国を滅ぼして、ペルシャとメソポタミアを手に入れた。
さらに、地中海沿岸に沿って北アフリカを制圧し、ジブラルタル海峡を渡り、イベリア半島を征服した。
そして、イベリア半島を制したイスラム帝国はピレネー山脈を越え、現在のフランスに雪崩れ込んだ。
しかし、当時のフランク王国の宰相だったカール・マルテル(カール大帝の祖父)がこのイスラム帝国の軍団をトゥール・ポワティエで迎撃、イスラム軍の主将を討ち取る。
この戦いにより、また、この直後の750年にアッバース革命が起こったことなどからヨーロッパはイスラム帝国からの侵攻を抑えることになる。
では、ここでイスラム帝国がヨーロッパ地方にこだわったらどうなるか。
つまり、アッバース朝がウマイヤ朝の一族を根絶やしにすべく、イベリア半島に興ったコルドバのウマイヤ朝を滅ぼし、その勢いでヨーロッパに雪崩れ込んで占領していたらどうなったか。
あるいは、そもそもトゥール・ポワティエでイスラム帝国軍がフランク王国軍を破っていたらどうなるか。
以下、イスラム帝国がヨーロッパを占領した場合についてシミュレーションしていく。
まず、ローマのカトリック教会はなんとか存続できたであろう、という。
この点はコプト教会が存続できたこと、また、コンスタンティノープル陥落後も正教会が存続できたことからも想像できる。
もっとも、アラブ人のイスラム教社会には高度な技術・文明があり、それがヨーロッパに流入する結果、ヨーロッパ人はアッラーを拝むようになっていたとは考えられる。
特に重要なのが、農業技術、特に、灌漑技術と中近東と中国の農作物の種子である。
これらがヨーロッパに流入する結果、ヨーロッパでも多種多様な農業が栄える。
その結果、ヨーロッパ人がたらふく食えるようになれば、キリスト教徒もイスラム教に宗旨替えするであろう、というわけである。
また、都市も発展すると考えられる。
この点、ローマ帝国の崩壊でヨーロッパの都市は衰退していた。
しかし、ヨーロッパに交易が得意なアラビア人が流入すれば、都市は復興、様々な文化が花開いたであろう、という。
つまり、8世紀にイスラム帝国がヨーロッパを席巻してたら、ヨーロッパには「中世の暗黒時代」はなかっただろう、ということになる。
ここまで見れば、いいことづくめに見える。
しかし、本書では、こう続ける。
この場合、得られなかったものが二つある、と。
一つが現代に発展した(高度な)近代科学、もう一つが近代資本主義と近代民主主義である、と。
そして、この二つを手に入れたヨーロッパは18世紀ころからイスラム教社会に対して大規模な反撃を始めることになる。
前回述べたとおり、1683年のオスマン帝国によるウィーン攻略の失敗により、オスマン帝国の圧倒的優勢は崩れ始めた。
そして、18世紀にはこの傾向が加速し、19世紀になると完全に攻守が入れ替わることになる。
つまり、19世紀にはヨーロッパの列強はイスラム社会に侵食し始めることになる。
北アフリカはヨーロッパの列強の植民地になり、インドのムガル帝国はイギリスの植民地となる。
また、オランダはインドネシアを植民地にした。
もちろん、オスマン帝国をはじめとするイスラム教社会は反撃を試みたが、うまくいかなかった。
例えば、オスマン帝国もバルカン半島を失い、その勢力を縮小させていくことになる。
また、ロシア帝国もトルコの領土を奪いつつ南下していった。
最終的に、オスマン帝国は第一次世界大戦でドイツ・オーストリア側で参戦し、敗戦とともに解体されることになる。
この点、ヨーロッパ社会の反撃の秘訣は何か。
本書に記載がないが、ヨーロッパ社会がいわゆる新大陸のアメリカその他で略奪の限りを尽くし、資本(具体的には「金」)を集めることができた、という点もあるだろう。
元手がなければ何もできないから。
しかし、極めて重要である点はヨーロッパが「近代の扉」を開いた点である。
つまり、カルヴァンの宗教改革以降、ヨーロッパでは近代資本主義・近代民主主義が生まれる。
また、数学・物理学といった抽象的、かつ、高度な近代科学を産み出したのもヨーロッパである。
近代科学を前提とした高度な技術、これらの技術は近代資本主義によって具体的な武器に転化し、また、大量生産されることになる。
また、近代民主主義によって国民軍、つまり、常備軍が生まれる。
このように武器を携帯したヨーロッパの常備軍がヨーロッパ社会とイスラム教社会のパワーバランスを完全にひっくり返した。
つまり、1000年間にわたって培ったイスラム教社会の華やかな文化は近代ヨーロッパの技術(科学)と資本(資本主義と民主主義)によって吹き飛ばされることになる。
イスラム教徒にとってこの結果は信じがたいショックな出来事であったと思われる。
そして、近代ヨーロッパの飛躍的発展からイスラム教社会でも「ヨーロッパに学べ」という機運が興ることになる。
イスラム教社会から学んだヨーロッパのように。
明治維新直後の日本のように。
イスラム教社会でこの先駆けになったがトルコ共和国であり、その政策を推進したのが初代大統領のケマル・アタテュルクである。
ケマル・アタテュルクの脳裏には日本の明治維新があったと考えられる。
この点、日本は不平等条約を結ばされたものの、そこから100年も経過せぬうちに爆発的な発展を遂げ、不平等条約を解消して列強の仲間入りを果たした。
東洋の一小国に過ぎない日本が近代システムの導入によって列強の仲間入りを果たせたならば、大国だったトルコも近代システムの導入により列強の仲間入りができるに違いない。
中国の清王朝も同様のことを考えた(洋務運動・戊戌の変法・光緒新政など)のだから、トルコがそう思うのも無理もない。
かくして、ケマル・アタテュルクは次々と近代化政策を打ち出すことになる。
具体的には、近代法体系の導入・イスラム教を国教とすることの中止・民族資本の保護・育成などである。
この点、トルコの近代化は一定程度成功した。
もっとも、トルコが列強の仲間入りができたかと言えば、歴史が示すとおりである。
もちろん、トルコは決して貧乏な国ではなく、食料が豊かな国である。
しかし、資本主義になったかと言うと怪しい。
また、NATOには入ったがイギリスやドイツと渡り合えているわけではない。
もちろん、これはトルコに限った話ではない。
例えば、サウジアラビアでは第二世界大戦前夜、巨大な油田が発見された。
この油田による恩恵の多くが欧米の石油資本に渡ったとはいえ、それを差し引いてもかなりの量になった。
とはいえ、サウジアラビア王国が近代化できたかと言われれば怪しいと言わざるを得ない。
さらに、アラビア社会にはいわゆる「香港」や「台湾」のようなものがない。
例えば、「BRICs」に該当する国(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)を見ても、イスラム教社会に属する国家は入っていない。
また、いわゆる「G20」(日本、アメリカ、カナダ、EU、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、インド、メキシコ、ブラジル、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチン、インドネシア、南アフリカ、中国、ロシア、韓国)を見ても、イスラム教社会に属する国はサウジアラビアとトルコだけである。
中南米についてはアルゼンチン・メキシコ・ブラジルが属しているし、アジアについても日本・韓国・中国・インドが名を連ねている。
この点、アラビア商人と言えば世界的に大活躍していた。
ならば、資本主義を体得するのは簡単であるようにもみえる。
しかし、その気配はない。
というのも、イスラム教から見て近代との相性は極めて悪いからである。
その理由を次節で、、、というところで本節は終わる。
以上が本セッションのお話。
少し前の話だが、私自身が「世界の歴史を知りたい」と考えたとき、「高校の世界史ってイスラム教社会の歴史に対する言及が少ないなあ」と考え、図書館にあったイスラム教社会の歴史についての本を借りて読んだことがあった。
この本の内容はほとんど覚えていない(5年以上昔に借りた本なのでそりゃそうだ)が、非常に役に立ったのを覚えている。
その観点から見ると、「高校で学ぶ世界史って偏っているなあ」とは考える。
もちろん、ある程度やむを得ない面があるとしても。