薫のメモ帳

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『「空気」の研究』を読む 17

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 今回も『「空気」の研究』を読んで学んだことをメモにしていく。

 

 

19 第2章_「水=通常性」の研究_(九)を読む

  前セッションで、「日本の悲劇は専門的知見の問題(学問の問題)ではなく、『日本的通常性・一君万民情況倫理』の問題である」というところで終わった。

 本セッションは、これを起点として「何かの力」という言葉が用いられた二つのエピソードが紹介されるところから始まる。

 一つは、小谷秀三氏の『比島の土』。

 もう一つは、北条誠氏の『環境問題の曲がり角』。

 もちろん、書かれた時代も環境も全然異なる。

 

 前者では「軍人だった人の性格でも軍事でもない、別の『何かの力』が働いている」と書かれている。

 この「何かの力」が戦前日本を破滅の淵に追いやった。

 後者では、「日本では、データ・事件・現象に『何かの力』が作用する。具体的には、マスコミが喧伝して世論となり、データ等が起点となってなんらかの争いに発展する。」という形で紹介されている。

 より抽象化すれば、「データ・事件・現象の起点に『何かの力』が付与すると、『起点』と無関係に暴走を始め制御ができない。さらに、勝手に紛争を発生させる上、起点(懸案)の解決が困難になる」ということになるだろうか。

 身近な例にすれば「政治問題と化した」ものを考えればいいのかもしれない。

 

 

 では、この「何かの力」とは何か。

 また、「何かの力」を制御すること、あるいは、抵抗することは不可能なのか。

「空気」と同様、「何かの力」と言い、その中身が理解できていない状況では対処のしようがない。

 だから、「何かの力」についても「把握すること」からスタートしなければならない。

 

 まず、この2つが日本の内部から発生したことを考慮すれば、「何かの力の」発生源は日本的通常性にあると当たりを付けられる。

 また、力それ自体は中立的である(例えば、重力を考えてみよ)ことを考慮すれば、「何かの力」は悲劇のみを引き起こすわけではないことも明らかである。

 とすれば、この力が制御することで、いい方向に働く場合はその力を極大化させ利益を最大化し、逆に、悪い方向に働く場合はその力を最小化させて悲劇を最小化することもできる、ということにもなる。

 制御できるならば、ではあるが。

 

 この「何かの力」について知るために、これまで得られた全部の知識と「日本人の意思決定から実行」までのプロセスを振り返る。

 日本の決定権は「空気」にある。

 そして、「空気」の背景には「対象(物神)に対する絶対的・無意識的臨在感的把握」にある。

 さらに、臨在感的把握とは「自己の感情移入による対象との同一化、及び、対象への分析(相対化)を拒否する態度」である。

 ならば、「臨在感的把握」は対象の分析(相対化)だけでは脱却できない。

  この点、対象の分析によって特定の物神の支配(「空気」)の支配からは脱却できるし、また、「脱却した」と錯覚を抱くことはある。

 しかし、それは別の神に移転するだけ、いわば、「社会主義から全体主義に転向する」・「天皇陛下から毛沢東に転向する」ようなものである。

 

 例えば、明治時代の近代化において、あるいは、戦後の民主化において、多くの人は過去のシンボルを捨てたかもしれない。

 でも、すぐさま新しいシンボルを見つけてそれを臨在感的に把握している。

 この点、新しいシンボルを見つけた人は過去と断絶したと思う。

 本書で紹介されているが、明治時代、日本の近代化のため、ベルツというドイツ人の医者が来日して、授業を行った。

 その際、ベルツは日本人に「君たち日本人の歴史(過去)を教えてくれ」と述べた。

 それに対して、その日本人は「われわれには歴史がない。われわれの歴史は今日から新しく始まる」と答えたという。

 この日本人はベルツに医学を学んでいたことから、相応の、いや、かなりの教養があったと考えられる。

 また、ベルツは教師であることを考慮すれば、日本人も適当に返事をしたわけでもないと考えられる。

 よって、これが当時の真面目な日本人の心的態度だったと言える。

 

 この態度は宗教的回心(コンバージョン)と似ている。

 そして、「空気」が「プネウマ」と類似性を持つことなどを考慮すれば、この日本人は宗教的に回心したものとみても大きな間違いはないだろう。

 こういう現象は別に日本人のみに起きることではない。

 また、欧米ではこのような宗教的回心を行ったものは、過去の偶像を破壊して回るそうである。

 なんか、明治時代直後の廃仏毀釈運動を彷彿とさせるではないか。

 

 ただ、シンボルの対象が変わってもシンボルそれ自体は絶対者であり、かつ、それ以外のものは平等である必要がある。

 それはキリスト教イスラム教の平等、あるいは、日本の一君万民を見ても明らかである。

 

 ところで、戦後日本に導入された「一君」の対象は憲法と民主主義であった。

 しかし、一君としてそれが導入された結果、欧米とは異なる奇妙なことが起きた。

 つまり、民主主義や憲法典それ自体は統治システムに過ぎず、現実の不都合に応じて適宜修正していくものである。

 言い換えれば、統治システムや憲法の条文は統治の道具に過ぎない。

 少なくても、欧米では立憲主義も民主主義も方向性や原則としては尊重されているが、それによって具体化されたシステムを絶対化することはなかった。

 しかし、日本では憲法典などが絶対化された結果、憲法典それ自体が無謬でなければならない、固守すべきものになってしまったのである。

 科学同様、一つの制度が絶対的に正しいこと等あり得ないのに。

 

 さらに、憲法典などが絶対化された結果、政治的要求に宗教的なものまで含むようになってしまった。

 つまり、臨在感的に把握できるものの要求である。

 そして、それが達成できれば「空気」の支配になる。

 

 もちろん、「空気」は臨在感的把握対象(偶像)の変更によって雲散霧消してしまうため、永続化することができない。

 そのため、「空気」からの脱却を阻止するためには、別の力が必要になる。

 また、日本において強い力を発揮するものと言えば、それは日本の通常性に由来する力になる。

 そこで、「一君万民情況倫理」に裏打ちさせた偶像を作り、それによって「空気」を作ればいいことになる。

 その際の情況倫理が「父と子の隠しあいの真実」の性質を持っていることは言うまでもない。

 

 上の抽象論を明治時代のシステムを用いて具体化してみる。

 明治時代、天皇陛下に臨在感的把握の対象が移った。

 ただし、そのままでは時代の経過と共に臨在感的把握の対象が天皇陛下から別のものに移ってしまう。

 そこで、天皇陛下が未来永劫臨在感的把握の対象となるためには、天皇陛下をあら人神にする必要がある。

 その際、日本的情況倫理は「固定倫理由来の真実を基準にすれば天皇陛下は人である(または、仏教徒であった)」ものの「天皇陛下は人民のためにこれを隠し、人民は天皇陛下のためにこれを隠す(これを誠実・正義とする)」という形になる。

 当然だが、当時の日本人は「固定倫理由来の真実を基準にすれば天皇陛下は人である」ことは知っており、かつ、「日本的情況倫理に基づく正義・誠実さを基準にすれば、それを口にしないことが正しく、口にすることは悪い」ことも知っていた。

 固定倫理世界から見れば奇妙に見えることだが、これも情況倫理の世界から見れば別に不思議ではない。

 

 

 さらに、このシステム構造、固有名詞自体は変わっているが、戦前も戦後も変わりない(戦後についても同様の説明は可能である。例えば、「天皇」を「日本国憲法」に変え、「固定倫理的に見た場合、憲法典は不完全であり道具に過ぎない」等の言葉を挿入すればいい)。

 また、このシステムが作られた背景には、仏教的基盤と儒教的基盤が習合したことにあるのだろう。

 また、このシステムは徹底的に「自由」と「個人」を排除していくことになる。

 というのも、所属する集団の構成員が自由に真実を口にしたらこのドグマもドグマによる拘束も崩壊してしまうからである。

 

 

 以上が本セッションの話である。

 いやー、参考になった。

 本書の最初に書かれた「沈黙の道徳」と日本の通常性がどのようにリンクするのか分からなかったが、こういうことだったようである。