薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

『「空気」の研究』を読む 10

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 今回も『「空気」の研究』を読んで学んだことをメモにしていく。

 

 

12 第2章_「水=通常性」の研究_(二)を読む

 前セッションの内容を簡単にまとめると次のようになる。

 

・いわゆる「水を差す」という行為には、沸騰した「空気」を消失させ、人々を空気の拘束から解放し、現実・通常性に戻す効果がある 

・「空気」の支配を目論むものにとっての大敵は「水を差す」者であるから、「水を差す」者は「空気」の支配を望む者から弾圧される

・「水を差す」ことによる効果は「水を差す」という具体的行為がなくても生じる

・日本では、外来の思想等に対して、「その内容を変質させ、名しか残らせない」作用、いわゆる「水」による作用(内村鑑三の言葉なら「腐食」による作用)が存在する

 

 

 さて、セッション(2)は言葉の定義から始まる。

 分析する以上、定義は大事だからである。

 そして、日本で見られる「その実質を変質させて名しか残らせない作用」、これを「酵素の作用」と仮定する。

 その上で、この酵素の作用のことを「日本的無意識的通常性的作用」、略して「通常性作用」と規定する。

 つまり、「水を差す」ことなどによって生じる作用のことを「日本的無意識的通常性的作用」と定義する。

 

 この点、「日本的」という言葉が付いているのは日本で見られる現象だからである

 また、「無意識的」という言葉が付いているのは別に意識して行っているわけではないからである

 つまり、「水を差す」場合は意識的に効果を狙って行うことが少なくないが、そうでない場合は意識的に生じるものではない。

 さらに、「通常性的」という言葉が付いているのは、現実・通常性を源としているからである

 これは「水を差す」行為を分解してみれば分かる。

 

 

 言葉を確認したところで、次に「通常性」について確認する。

 我々の日常生活は「我々が無意識で行っていることの集積」によって成り立っている。

 そして、社会はこの「無意識で行っている行為の相互作用」によって運営されている。

 よって、この無意識で行われる行為に一定の共通基準が必要となり、その基準に適合しているものが「通常性」にあたる。

 例えば、「相手がお辞儀をした場合、こちらもお辞儀で返す」というのが通常性による相互作用である(ここで「自分の足で相手のお辞儀している頭を踏みつける行為」は通常性から逸脱する)

 また、「信号が赤になった場合、道路を通行しない」というのも通常性による相互作用である(ここで「赤信号にも関わらず、信号を無視して渡る」のは通常性から逸脱することになる)。

 

 この「通常性による相互作用」は極めて重要である。

 この点、なんらかの事情(ケガその他)により通常性を蓄積した基盤(記憶装置)を失ったとすれば、その人が社会で生活するのは極めて困難になるだろう。

 また、なんらかの超常現象により人々が通常性を蓄積した基盤を失えば、通常性による相互作用が一切働かなくなり、社会は崩壊するだろう。

 そのため、「通常性の基準の喪失」を人は恐れることになる

 

 このことを太平洋戦争の終戦時にあてはめてみる。

 終戦詔勅を聴いた人たちは自分たちの通常性が喪失したものと思って虚脱状態に陥った。

 しかし、その直後、人々は消えたのはいわゆる「空気」であり、「通常性」は失ってないと気付き安心する。

 また、「空気」の拘束を受けていた人は「空気」の拘束から解放されてほっとする。

 これに関する具体例として、いわゆる「敗因21か条」で出てきた「終戦の知らせを知ったとたん、降伏するくらいなら自決しかねない挙動を示していた軍人が家作を心配する普通の一般人に豹変する」エピソードがある。

「空気」によって拘束された結果、「軍人」というぬいぐるみを着せられてはいたものの、ぬいぐるみを取ってみればその人の関心事は私事(家作など)だった、というわけである。

 

 

 ここで、本書は再び日本共産党に関する話題に移る。

(なお、このブログでは日本共産党の思想や行為については評価しない。何故なら、「水」を理解するための具体例として取り上げているに過ぎないからである)

 ただ、共産党に関する本書の記載(本書は昭和50年頃のものである)だけを見ても、その背景が分からなければちんぷんかんぷんになる。

 そこで、私の持っている大雑把な知識・ウィキペディアの「日本共産党」の項目などを見ながら、「水」の観点から分析するために必要な背景を確認しておく。

 

 ロシア革命の後、日本で共産主義を掲げる団体として日本共産党が発足した。

 しかし、太平洋戦争以前の共産党は治安警察法治安維持法などにより合法的な団体として認められなかった。

 合法的な団体(政党)と認められるのは太平洋戦争後になってからのことである。

 しかし、太平洋戦争後、朝鮮の分裂・中華人民共和国の成立(中国における国民党の敗北)・レッド・パージなどによって共産主義に対する風当たりは強くなる。

 その結果、共産党は武力闘争路線を取るか平和的な路線を取るかの判断が必要となり、51年のとき(朝鮮戦争が勃発している)は武力闘争路線を採用した。

 しかし、武力闘争路線は日本国民の支持を得ることができなかった。

 そこで、55年(朝鮮戦争はいったん終息している)に武力闘争路線を放棄し、平和路線に舵を切り替えることになる。

 しかし、平和路線に舵を切り替えることに反対する者・党の方針に従えないは相当数存在し、その者たちは除名され、あるいは、脱退した。

 従前の方針を180度転換し、かつ、転換後の方針に反対する(従前の方針に賛成する)者を除名などによって切り離していけば、組織として大きな弱体化は避けられないものと想像された。

 しかし、本書によると、この方針転換による弱体化は組織解体の危機になるようなレベルではなく、逆に、この路線転換により失った勢力などを回復させ、72年の衆議院総選挙では38名の当選者を出すことになる。

 

 以上を踏まえて、本セッションを見る。

 55年に平和路線を主張した委員長が党内の主導権が取れた理由はなぜか?

 本書によると、委員長のしたことは「武力闘争路線という『空気』に拘束されていた共産党の状況を日本の『通常性』によって解放したこと」である、らしい。

 また、そのことがあるのでこの委員長は通常性保持の象徴として長らく共産党のトップにいられた、らしい。

 つまり、「武力闘争路線から平和路線への転換」は「終戦詔勅」にたとえることができる。

 

 ところで、日本で共産党が発足されたのは1922年であり、平和路線への路線転換が1955年である。

 両者の間には約30年間しかない。

 しかし、この約30年間の間に、共産主義という外来の思想・その思想を掲げる団体が日本の通常性により「水」を差されて変容してしまったことになる。

 

 

 日本において「通常性」による支持を取り付けるためには、自分の思想を「通常性」の方に近づけなけれならないが、その結果、自分の思想は通常性によってどんどん変容してしまうことになる。

 共産主義でたとえれば、共産主義によって日本を改革するのではなく、共産主義を日本の通常性に適合するように修正していくことになる。

 この点、「適合するように修正」と書いたが、通常性に適合するようにすることは自然(無意識)にしていればそうなる関係で、意識的な修正が必要というわけではない。

 しかし、通常性によって修正されたものが元の思想と同一性があると言えるかは分からない(まあ、「言えない」ということにはなろう、仏教のように)。

 

 以上、共産党における一連の出来事を見ながら「『通常性』による作用」の結果を見てきた。

 では、この「通常性」とは何なのか。

 それについて、「日本的状況倫理とその奥にある論理」を通じてみていく。

 

 

 以上が本セッションのお話である。

 続きは次回にて。