薫のメモ帳

私が学んだことをメモ帳がわりに

司法試験の過去問を見直す5 その1

 これまで、旧司法試験の二次試験・論文式試験憲法第1問(人権)の過去問を見てきた。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 最初は平成3年度、次は平成4年度、3つ目は平成8年度、4つ目は平成15年度、という感じで。

 今回から新しい過去問、具体的には平成12年度の過去問をみていく。

 これまでの過去問のテーマは、表現の自由に対する内容中立規制」・「政教分離」・「市民会館における集会の自由」・「男女間の平等」であった。

 今回のテーマは「(現実の複雑な事情に即した)違憲審査基準のフレームワークではないかと考えている。

 

1 旧司法試験・論文試験・憲法・平成12年第1問

 まず、問題文を概観する。

 なお、過去問は私が使用していた教科書に記載されていたものをそのまま引用する。

 

 

(以下、上記教科書から過去問の部分を引用、ただし、版は私が持っているものである)

 学校教育法等の規定によれば、私立の幼稚園の設置には都道府県知事の認可を受けなければならないとされている。

 学校法人Aは、X県Y市に幼稚園を設置する計画を立て、X県知事に対してその許可を申請した。

 X県知事は、幼稚園が新設されると周辺の幼稚園との間の過当競争が生じて経営基盤が不安定になり、そのため、教育水準の低下を招き、また、既存の幼稚園が休廃園に追い込まれて入園希望児及びその保護者の選択の幅を狭めるおそれがあるとして、学校法人Aの計画を認可しない旨の処分をした。

 この事例における憲法上の問題点について論ぜよ。

(引用終了)

 

 最初に、関連条文と関連判例を列挙する。

 まず、憲法の関連条文は次のとおりである。

 

憲法12条後段 

 国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

憲法13条後段 

 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

憲法22条第1項

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

憲法23条

 学問の自由は、これを保障する。

憲法第26条第1項

 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

 

 また、下敷きにすべき判例として次のものがある。

 ただ、最近の判例は知らないので、重要な判例を用いるということでご容赦願いたい。

 

 昭和45年(あ)23号

昭和47年11月22日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「小売市場距離制限事件判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/995/050995_hanrei.pdf

 

昭和43年(行ツ)120号

昭和50年4月30日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「薬事法違憲判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/936/051936_hanrei.pdf

 

昭和43年(あ)1614号

昭和51年5月21日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「旭川学テ判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/016/057016_hanrei.pdf

 

昭和63年(行ツ)56号

平成4年12月15日最高裁判所第三小法廷判決

(いわゆる「酒税法判決」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/281/054281_hanrei.pdf

 

2 「複雑な事情」の意味

 当時、私はこの問題が実質的に何を問うているのかよく分からなかった。

 もちろん、「形式的な手続」に乗せれば、書くべき順番は分かる。

 それを列挙するなら、次の通りとなる。

 

1、問題文中にて誰のどんな自由が制限されているかを確認する

2、その自由が憲法上の権利であることを確認する

3、憲法上の権利に対する規制が正当化されるか、具体的な基準を立てる

4、あてはめを行って、結論を出す

 

 当時使われていた「原則修正パターン」・「IRAC」を用いれば、この順番はすぐに思いつく(これができなければ論外である)。

 もっとも、以上の面は形式的な話。

 実質的に見ていくと、2と3でつまづく。

 本問の自由はどんな権利を制限しているというべきか。

 また、その権利の制約を正当化する基準としてどんな基準を立てるべきなのか。

 

 

 X県知事の不許可処分によってA学校法人の幼稚園設置計画はおじゃんになった。

 つまり、「A学校法人の幼稚園を設置する自由」が制限されたことになる。

 では、この自由を憲法上の権利に置き換えるとどうなるか。

 

「幼稚園を設置して『金儲け』する」と考えれば、営業の自由になる。

 また、営業の自由は最高裁判所憲法22条1項で保障される旨述べている。

 この場合、本問を憲法22条1項の問題に引き付けることができる。

 本番であれば、この選択は十分ありである。

 しかし、営業の自由だけで考えると、違憲審査基準までの段階において「幼児教育」の観点がごそっと抜け落ちてしまいかねない。

「あてはめでフォローすればいい」とは言えるが、それでいいのか。

 

 他方、幼稚園の設置が幼児「教育」を目的とすることは明らかである。

 そこで、「教育の自由の制限」を軸とする答案を作ることが想定される。

 教育の自由が憲法上の権利として認められていることは旭川学テ事件の最高裁判決で認められている。

 よって、「教育の自由」の問題に引き付けることは可能である。

 しかし、違憲審査基準はどうするか。

 現段階では知らないが、当時は教育の自由に対する違憲審査基準というものは特になかった。

 ならば、現場で基準をでっちあげることになる。

 それでいいのか、そんなことをして大丈夫なのか(もちろん、大丈夫である)。

 

 この点、営業の自由と教育の自由、どちらが正解でどちらかが不正解というものではない。

 営業の自由を選べば違憲審査基準までのフレームワークを流用できるが、実態からかけ離れないか、という疑問が浮かぶ。

 ただし、この部分はあてはめでフォローすればいいと考えれば問題ない。

 他方、教育の自由を選ぶと違憲審査基準をどうするか、現場で考えなければならない。

 もちろん、現場で考えたもので問題があるわけではないが。

 

 ただ、現実において制限された自由が複数の権利にまたがるのは当然である。

 例えば、「営利言論の自由憲法21条1項と憲法22条1項のどちらで考えるかが問題になるところ、前者で考える」ということは憲法を学んでいれば当然に学ぶ常識レベルのことである。

 つまり、現実から見た場合、こんなことはしょっちゅうあるはずのことである。

 その観点から見れば、この程度で悩んでいるようでは合格からは程遠いのかもしれない。

 

 

 なお、このブログは司法試験の過去問解説が目的ではない

 過去問及びそれに付随することについて外から見ることが目的である。

 過去問を解くために必要な知識その他についてもある程度書いているが、それは前提としてである(前提としては分量が大きい気がしないでもないが)。

 そして、この目的から見た場合、「本問で何を問うているのか」ということは結構重要なことである。

 そのため、少し長めに事情を書いた。

 そして、私がこの点について考えたことは最後で触れる。

 

 

 以上が本問である。

 次回から、前提として試験に必要な知識その他を見ていこう。

司法試験の過去問を見直す4 その9(最終回)

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 ここまで、司法試験の過去問(論文・憲法・平成15年第1問)について前提知識や関連判例を踏まえてみてきた。

 そして、本件と関連性の深い立法不作為についても前提知識や判例をみてきた。

 

 今回は司法試験などから離れて、改めて私が考えたことなどをメモにする。

 キーワードは「合理性」と「立法義務」である。

 

13 合理性とは

 司法試験を始めてからこれまで、「合理性」とか「合理的関連性」といった言葉の意味がよく分からなかった。

 いや、正直に言えば、今もよくわかってない。

 もちろん、抽象的に見た場合の意味は分かるのだが、具体的に考えるとよくわからないというか。

 それが、「具体的には分からなくても差し支えない」ものであったとしても。

 

 ところで、今回、合理性の判断において「数値」という見えやすいものが出現している。

 ならば、数値をとっかかりに何かが見えるのかもしれない。

 そこで、最高裁判所の判決や補足意見からいろいろ見てみる。

 

 なお、今回用いる再婚禁止期間に関する法令違憲判決のリンク先はこちらである。

 また、便宜上「平成27年判決」という言葉を用いる。

 

平成25年(オ)第1079号・平成27年12月16日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/085547_hanrei.pdf

 

 

 まず、判決の理由の部分を見てみる。

 最初に確認すべきは、過去の段階における超過部分の合理性を肯定していることである。

 このことは判決文の次の部分からわかる。

 

(以下、判決文から引用、重要でない部分は適宜中略、また、強調は私の手による)

(前略)その当時は、(中略)父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において、再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や、再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって、父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から、再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず、一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。また、諸外国の法律において10箇月の再婚禁止期間を定める例がみられたという事情も影響している可能性がある。(中略)再婚禁止期間を6箇月と定めたことが不合理であったとはいい難い。このことは,再婚禁止期間の規定が旧民法から現行の民法に引き継がれた後においても同様であり、(後略)

(引用終了)

 

 このことから、数値的計算のような主観が入らないような場合であっても、「合理性=最小限度」となっていないことが分かる。

 数値に限ってそうなるのはおかしいので、当然のこととも言えるが。

 

 

 続いて、千葉勝美最高裁判所裁判官(裁判官出身)の補足意見を見てみる。

 この方の意見は裁判所の考えを知るうえで参考になる部分が多い。

 今回、重要と思われるのはこちらである。

 

(以下、補足意見から引用、重要でない部分は適宜中略、また、強調は私の手による)

 当審は,法律上の不平等状態を生じさせている法令の合憲性審査においては、このように、立法目的の正当性・合理性とその手段の合理的な関連性の有無を審査し、これがいずれも認められる場合には、基本的にはそのまま合憲性を肯定してきている。(中略)国会によって制定された一つの法制度の中における不平等状態であって、当該法制度の制定自体は立法裁量に属し、その範囲は広いため、理論的形式的な意味合いの強い上記の立法目的の正当性・合理性とその手段の合理的関連性の有無を審査する方法を採ることで通常は足りるはずだからである。(中略)再婚禁止期間の措置は、(中略)憲法上の保護に値する婚姻をするについての自由に関する利益を損なうことになり、(中略)、形式的な意味で上記の手段に合理的な関連性さえ肯定できれば足りるとしてよいかは問題であろう。このような場合、立法目的を達成する手段それ自体が実質的に不相当でないかどうか(この手段の採用自体が立法裁量の範囲内といえるかどうか)も更に検討する必要があるといえよう。

(引用終了)

 

 まず、押さえるべきこととして、「合理的関連性」は理論的・形式的な意味合いが強いということ、それよりも慎重(厳格)に見ていく審査していくことを示す言葉として「相当」性と言う言葉があることである。

 いわゆる、合理的関連性と(実質的)相当性という二つの基準があることが確認される。

 あと気になったのが、「合理的関連性」と「合理的な関連性」という言葉が使い分けられていることである

 最高裁判決の理由の部分でも「合理的関連性があるか」という表現ではなく「目的との関連において合理性を有するか」という言葉があり、「関連性における合理性=合理的関連性」と言っていいかは微妙なことがわかる。

 一致している場合もあるだろうが、「完全に同一」と考えると誤ってしまうらしい。

 

 そして、今回の判決では手段の関連性について実質的・具体的な部分に踏み込んで考えて、「合理性を欠く」と判断している。

 その意味でも「合理的(性)」という言葉と「合理的関連性」という言葉を常に同一のものとして考えるのはまずい。

 私がよくわからない原因はこの辺にあるのかもしれない。

 

14 国会・国会議員の立法不作為について

 平成27年の訴訟では立法不作為の違法性の有無が争点になっている。

 そこで、この点にも目を向けてみる。

 

 なお、今回も前回までに見てきた二つの判決も参照する。

 

昭和53年(オ)1240号・昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

(いわゆる「在宅投票制度廃止違憲訴訟」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

平成13年(行ツ)82号・平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

 そして、それぞれの判決について「昭和60年判決」、「平成17年判決」といった書き方をする。

 

 

 昭和60年判決は「憲法の一義的文言云々」とあるように国会議員の立法に対する責任をほぼ否定するような言い回しであった。

 その後、平成17年判決で風穴があく。

 選挙権と選挙制度に関連する問題では二つの判決は似ている。

 では、何が違ったのだろう。

 もちろん、「制度か権利か」という点で違うのは間違いない。

 ただ、もっと別の違いがあるように見える。

 

 その違いは何か。

 いささか妄想めいたことを言うならば、裁判官集団(機能体兼共同体)の「お前ら(国会議員)、我が国は民主主義国家としての憲法を持っているのだから、もっと民主主義国家が持つべき選挙制度を作れ」という意識ではないか、と思われる。

 平成17年判決では以前紹介した福田裁判官(行政官出身)が補足意見を書いている。

 一部紹介する。

 

(以下、平成17年判決の福田裁判官の補足意見から引用)

 国会は、平等、自由、定時のいずれの側面においても、国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。国民の選挙権の剥奪又は制限は、国権の最高機関性はもとより、国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。国民主権は、我が国憲法の基本理念であり、我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。

 在外国民が本国の政治や国の在り方によってその安寧に大きく影響を受けることは、経験的にも随所で証明されている。

 代表民主主義体制の国であるはずの我が国が、住所が国外にあるという理由で、一般的な形で国民の選挙権を制限できるという考えは、もう止めにした方が良いというのが私の感想である。

(引用終了)

 

 せっかくなので私釈三国志風に意訳してみよう。

 

(以下、意訳)

 国会は「自由・平等・定時による選挙」があるから権力と権威があるんだ。

 だから、国会は国民の自由な選挙・平等な選挙・定時による選挙を制限する裁量などありゃしない。

 そのような制限は国会の権威を貶めるだけだ。

 国会議員どもよ、我が国が日本国憲法を採用したこと、議会制民主主義のシステムを採用したことを忘れるな。

 企業の職務や(公務員の)公務によって外国に行った日本人が日本の政治的判断によって安寧が急変することはパールハーバー以後のアメリカ在住の日本人たちを見れば枚挙にいとまがない。

「外国にいるんだから選挙権を与える必要ない」という単純な発想はもうやめようぜ。

(意訳終了)

 

 福田裁判官は選挙訴訟においても国会に対して批判的な主張を展開していた。

 選挙訴訟における合議体の意見の変化を見ると、福田裁判官のこの意見が全体に波及したようにも見える。

 どうなのだろう。

 

 

 もう1点。

 一連の訴訟を見ていて、「国会議員が技術・社会の進化に追いついていけてない。その劣化が裁判所の積極性を生んだのではないか」と仮説が頭に浮かんだ。

 これは選挙訴訟もあわせて考えると、よりはっきり感じることである。

 熊本地裁ハンセン病の判決(平成13年)と今回の再婚禁止期間の違憲判決、両者の構造を考えると「政府・与党(国会議員)が医学や社会の発展についていけていないのではないか」という疑問を持つことができる。

 もちろん、これは「国民がそのような人間を選挙で国会を送り込んでいる」という評価に転化するわけだが。

 

 正直、よく分からない。

「(他に優先順位がある関係ため、)国民の多数派は医学の進歩に社会をあわせることに積極的に賛成とまではいかない」という(無意識的)判断の結果なのか。

 あるいは、どこかにミスマッチが起きているのか。

 仮に、前者の判断があるとしても、それ自体非難する気はなれない。

 しょうがない面があることは当然なので。

 

 

 ところで、昭和60年判決について千葉裁判官は平成27年判決において次のように述べている。

 

(以下、補足意見引用、私の注がある、また、強調は私の手による)

 この判示(私による注、昭和60年判決のこと)は、国会議員の行為が国家賠償法上の違法となり得るすべての場合につき一般論を展開したものではなく、違法となり得る場合は極めて限定的にとらえるべきであるという見解を強調する趣旨で、当然にあるいは即時違法となるような典型的なしかも極端な場合を示したものである。したがって、この判示は、国会議員の立法行為につき、これ以外はおよそ違法とはならないとまでいったわけではなく、違法となるすべての場合に言及したものではないと解するべきである。

(引用終了)

 

 いわゆる「『憲法の一義的文言』云々は例示に過ぎない」というものである。

 もちろん、裁判所が後付けでそのように述べるのは構わない。

 しかし、最高裁判所の規範は、自然科学において用いられる規範(公式・原理)に比べてずいぶん軽いな」とは思う(個人的な感想に過ぎない)。

「そのように考えていただいて差し支えない」・「所詮、判決の規範や法律は道具であって、自然科学の法則・公式ほどの普遍性はない」と言われればそれまで、私の方が不当だというのであればそれで構わないのだが(私もそう思うし)。

 その意味では、私の方が盲目的予定調和説にとらわれているのかもしれない。

 

 

 さらに、本件訴訟では山浦裁判官が立法不作為を違法とする反対意見を述べていた

 そして、反対意見のロジックを見ると、まさに、平成17年判決の判決と同様である。

 国会(国会議員)に対する遠慮がない、というか。

 

15 政策形成訴訟について

 最後に、こういう訴訟(立法不作為に基づく国賠訴訟)を裁判所でやるのはどうなのだろう。

 この点、政治的に考えれば使えるものは何でも使うべきという発想があるわけだから、その点から「ダメだ」ということはできない。

 また、このような訴訟によって裁判所と政府・与党のパワーバランスを維持・変更することができるなら、立憲主義的の維持・尊重の観点から積極的に利用するのもありだろう。

 しかし、憲法学の基本書で「裁判所は法原理部門で云々」という言葉を見て、その点から政策形成訴訟を見ると、違和感がある。

 目的外利用、つまり、濫用ではないの?と。

 

 福田裁判官はこの辺について平成17年判決で次のように述べている。

 

(以下、平成17年の判決から補足意見の部分を引用、強調は私の手による)

 在外国民の選挙権が剥奪され、又は制限されている場合に、それが違憲であることが明らかであるとしても、国家賠償を認めることは適当でないという泉裁判官の意見は、一面においてもっともな内容を含んでおり、共感を覚えるところも多い。特に、代表民主制を基本とする民主主義国家においては、国民の選挙権は国民主権の中で最も中核を成す権利であり、いやしくも国が賠償金さえ払えば、国会及び国会議員は国民の選挙権を剥奪又は制限し続けることができるといった誤解を抱くといったような事態になることは絶対に回避すべきであるという私の考えからすれば、選挙権の剥奪又は制限は本来的には金銭賠償になじまない点があることには同感である。

 しかし、そのような感想にもかかわらず、私が法廷意見に賛成するのは主として次の2点にある。

 第1は、在外国民の選挙権の剥奪又は制限が憲法に違反するという判決で被益するのは、現在も国外に居住し、又は滞在する人々であり、選挙後帰国してしまった人々に対しては、心情的満足感を除けば、金銭賠償しか救済の途がないという事実である。上告人の中には、このような人が現に存在するのであり、やはりそのような人々のことも考えて金銭賠償による救済を行わざるを得ない。

  第2は、-この点は第1の点と等しく、又はより重要であるが-国会又は国会議員が作為又は不作為により国民の選挙権の行使を妨げたことについて支払われる賠償金は、結局のところ、国民の税金から支払われるという事実である。代表民主制の根幹を成す選挙権の行使が国会又は国会議員の行為によって妨げられると、その償いに国民の税金が使われるということを国民に広く知らしめる点で、賠償金の支払は、額の多寡にかかわらず、大きな意味を持つというべきである。

(引用終了)

 

 こちらも私釈三国志風に意訳しようか。

 

(以下、意訳)

 泉裁判官の「違憲であっても国家賠償を認めるべきではない」という言い分はもっともだし、私もよくわかる。

 これを逆手にとって、国会議員らに「金さえ払えば選挙権を奪ってよい」と思われたらたまったものではない。

 ただ、次の二点を考慮することで私は賠償を認める見解に立つ。

 まず、現在、外国にいる人たちは法改正でなんとかなる。

 しかし、過去外国にいて今日本に戻ってきた人たちに対する救済の手段は「心情的な満足感」を除けば「金で償う」しかない。

 次に、賠償の原資は「血税」である。

「国会議員の不始末は選挙でそれらを選んだ国民が尻拭いさせる」、このようにしてキチンとけじめを取らせて知らしめる意味で、国家賠償を認めることに意味がある。

(引用終了)

 

 福田裁判官の言い分はもっともである。

 私自身の疑問は私が盲目的予定調和説にとらわれている証拠なのかもしれない。

 そのこともわかっているので、このような訴訟に反対したいとは全く思わないのだが。

 

 

 以上、過去問・関連判例その他についてみてきた。

 この辺で筆をおく。

 

 しかし、今回の過去問は憲法論・法律的な意味を超えて色々と認識するきっかけになった。

 その意味でこのシリーズを続けた価値はあったと考えている。

 

 次回は、平成12年の憲法第1問についてみてみようと考えている。

司法試験の過去問を見直す4 その8

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 前回までで「立法不作為」に関する憲法論・法律論・判例の規範について確認した。

 しかし、裁判の背後には具体的な事件がある

 過去問と過去問と類似する判決には「再婚禁止期間の規定によって再婚が制限された女性(たち)」がいるし、他の判例であれば「選挙会場に移動することが極めて困難だったために投票権を行使できなかった重度の身障者たち」、「医学の進歩に適合しないようなハンセン病の隔離政策のために憲法上の人権が大幅に制限された人たち」、「海外にいたがために選挙権を行使できなかった日本人たち」がいる。

 そこで、今回は各事件の「違法(違憲)」のあてはめ(証拠その他によって認定した「事実」に基づいて「違法」などの要件を充足するか検討する作業)の部分を確認する。

 

12 立法不作為の違憲性が争われた事件における「違法」のあてはめ

 今回見ていく事件は次の4つである。

 本当は西陣ネクタイ事件も入れる予定であったが、裁判所のサイトに判決がなかったことから省略した。

 また、熊本地裁ハンセン病の国賠訴訟も極めて重要であるが、今回は除外する。

 

昭和53年(オ)1240号・昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

(いわゆる「在宅投票制度廃止違憲訴訟」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

平成4年(オ)第255号・平成7年12月5日最高裁判所第三小法廷判決

(再婚禁止期間規定に関する昔の国賠訴訟)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/107/076107_hanrei.pdf

 

平成13年(行ツ)82号・平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

(いわゆる「在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件」)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

平成25年(オ)第1079号・平成27年12月16日最高裁判所大法廷判決

(再婚禁止期間規定に対する違憲判断がなされた判決)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/085547_hanrei.pdf

 

 

 また、規範部分とその背景も確認しておく。

 

(立法不作為が違法・違憲になる条件、なお、一部省略)

・(昭和60年判決)憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合

・(平成17年判決)立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合

・(平成27年判決)法律の規定が(中略)憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合

 

(規範の背後にある背景)

・国会は国権の最高機関にして唯一の立法機関(憲法41条)、立法に関する広範な裁量がある

・国会議員には免責特権がある(憲法51条)ので、国会議員の責任は原則政治責任である

・国家賠償請求権(憲法17条)を具体化した国家賠償法は国会議員を含む公務員の職務違反行為によって損害が発生したときに、国がその損害を賠償することを定めた規定である

 

 この点、平成17年の在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件と平静27年の再婚禁止期間規定に対する違憲判決は規範に若干の違いがある。

 しかし、「憲法の一義的文言云々」との差に比べれば些細だし、構造として憲法上の立法義務+合理的期間を超えて放置」という構造に変化はない以上、ここでは「ほとんど同じで、より整理された」という評価をする。

 もちろん、「憲法上の立法義務」の範囲が拡張されているのではないか、という感じ(あくまで感じ)がしないではないが。

 

 

 まず、昭和60年の在宅投票制度廃止違憲訴訟において最高裁判所はどんなあてはめをしたか。

 判決の該当する部分を引用すると、次のようになる。

 

(以下、判決文の引用)

 憲法には在宅投票制度の設置を積極的に命ずる明文の規定が存しないばかりでなく、かえつて、その四七条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しているのであつて、これが投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定を原則として立法府である国会の裁量的権限に任せる趣旨である(後略)

(引用終了)

 

 つまり、「立法義務を裏付ける明文の規定の不存在」+「選挙制度の決定に関する国会の裁量」を理由に立法不作為の違法性を否定している。

 このあてはめを見ると、憲法の一義的文言」の存在が軽くないように見えるのだがどうなのだろうか。

 

 この流れは平成7年の再婚禁止期間の違憲性を争った訴訟の判決にもみられる。

 

(以下、平成7年の判決のあてはめ部分の引用)

 合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法一四条一項に違反するものではなく、民法七三三条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上(後略)

(引用終了)

 

 

 これに対して、平成17年の判決はどうか。

 選挙権を制限していた公職選挙法違憲である旨宣言した後で、立法不作為については次のように述べている。

 

(以下、平成17年判決のあてはめ部分引用)

 在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのである(後略)

(引用終了)

 

 この判決では基準が変更されているので、あてはめの中身も異なる。

 ただ、もしも、昭和60年の従前のあてはめに従えばどうなるのだろうか。

「在外日本人に対する選挙権を極めて困難にする制度を作った」と考えれば、昭和60年のケースと同様のあてはめになるように考えられる。

 しかし、憲法15条3項の「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」から見た場合、景色が少し変わる。

 というのも、「普通選挙でない選挙を行うような法律」を制定することや「普通選挙ではない選挙を行う法律」を放置するといった立法不作為は憲法の一義的文言云々に抵触しうるからである。

 憲法47条が選挙の方法に関する国会の裁量を肯定したところで、普通選挙でない選挙を行う裁量が47条から発生することはない。

 そして、例えば、法律による投票制度の内容が「東京都では普通選挙に基づいて行う、沖縄県では普通選挙に基づいて行わない」というものだった場合、これは「普通選挙でない選挙」に該当するであろう。

 この場合、この法律は「普通選挙でない選挙を行うような法律」になる。

 このように考えれば、憲法の一義的文言云々にかなり接近することになるし、場合によってはヒットすることすらあるだろう。

 以上のことを考えると、昭和60年の判決のままでも微妙なものが見られたかもしれない。

 

 

 さて、今回検討している過去問は「再婚禁止期間に関する民法の規定の憲法適合性」である。

 では、平成27年の違憲判決において立法不作為に対してどのように判断したか。

 判決の該当部分を引用する。

 

(以下、平成27年の判決のあてはめ部分引用、強調は私の手による)

 本件規定は、前記のとおり、昭和22年民法改正当時においては100日超過部分を含め一定の合理性を有していたと考えられるものであるが、その後の我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や、父性の判定に誤りが生ずる事態を減らすという観点からは、本件規定のうち100日超過部分についてその合理性を説明することが困難になったものということができる。

 平成7年には、当裁判所第三小法廷が、再婚禁止期間を廃止し又は短縮しない国会の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるかが争われた事案において、国会が民法733条を改廃しなかったことにつき直ちにその立法不作為が違法となる例外的な場合に当たると解する余地のないことは明らかであるとの判断を示していた(平成7年判決)。これを受けた国会議員としては、平成7年判決が同条を違憲とは判示していないことから、本件規定を改廃するか否かについては、平成7年の時点においても、基本的に立法政策に委ねるのが相当であるとする司法判断が示されたと受け止めたとしてもやむを得ないということができる

 また、平成6年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」においては、再婚禁止期間を100日に短縮するという本件規定の改正案が示されていたが、同改正案は、現行の嫡出推定の制度の範囲内で禁止期間の短縮を図るもの等の説明が付され、100日超過部分が違憲であることを前提とした議論がされた結果作成されたものとはうかがわれない。婚姻及び家族に関する事項については、その具体的な制度の構築が第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄であることに照らせば、平成7年判決がされた後も、本件規定のうち100日超過部分については違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった状況の下において、我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い、平成20年当時において、本件規定のうち100日超過部分が憲法14条1項及び24条2項に違反するものとなっていたことが、国会にとって明白であったということは困難である。

(引用終了)

 

 この事件を憲法の一義的文言云々の基準で見た場合の判断は平成7年の判決で確認しているため、ここでは省略する。

 そして、今回のあてはめを基礎づける事情をまとめると、「合理性を失って違憲になった原因は社会の変化にある」+「平成7年の判決を前提とすれば立法義務を国会議員が意識することは困難」+「違憲を前提とした議論の不存在」になる。

 

 そして、今回の規範から見たあてはめを見た場合、興味深いのは「平成7年の判決への信頼」に対する言及があることである。

 もし、これを前提にするなら、前述の平成17年判決にも「昭和60年判決への信頼」があったと思われるがどうなのだろう。

 最高裁判所があれだけ強烈な文言を使ったのだ。

 立法不作為が違法にならないことについて相当の信頼があっても不思議ではない。

 他人から見れば些細だと思われる(私もその点を否定する気は全くない)「憲法の一義的文言云々」にこだわっている理由はここにある。

 

 

 もちろん、「選挙権を実質ならしめるための明文上の立法義務の存在」という点は大きい。

 よって、「その差が違法・合法の差となった」と言われれば、理解も納得も賛成もできる。

 ただ、こうやって色々見ていくと、その裏にあるものが見えてくる。

 私は既に(旧)司法試験に合格しており、現在、憲法の過去問を通じてみているものは、判決の具体的基準よりもその背後にあるもの、例えば、裁判所集団と国会の議員集団の意識・行動規範などである。

 その意味で今回の見直しは意義があるのだが。

 

 以上、事件と法律的なものについてみてきた。

 ただ、私が考えたこと・気になったことは別のところにある。

 次回はその点について触れて、この過去問の検討を終わりにしたい。

司法試験の過去問を見直す4 その7

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 前回において「立法不作為を持ち出す理由」と「立法不作為が違憲になる場合」についてみてきた。

 しかし、訴訟において争点になるのは国家賠償法第1条1項の「違法」の有無である。

 そこで、今回から「違法」の解釈についてみていくことになる。

 

10 立法不作為が国家賠償法上「違法」になるとき

 では、立法不作為が「違法」となる場合の要件はどう考えるべきか。

 この点、国家賠償法の「違法」とは公務員(立法不作為ならば国会や国会議員)の職務義務違反をさす。

 例えば、現在の立法不作為のリーディングケースと言われる在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求訴訟では次のように述べている。

 

平成13年(行ツ)82号在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

(以下、判決文の引用、強調は私の手による)

 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。

(引用終了)

 

 つまり、法内容の違憲・違法と立法不作為の違法は関係がないことになる。

 この点についても、同判決では次のように述べている。

 

(以下、判決文の引用、強調は私の手による)

 国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、

(引用終了)

 

 まあ、立法内容と立法行為の区別がないなら立法不作為を持ち出す必要がないから、当然と言われれば当然なのだが。

 

 

 では、どのような場合に立法不作為(立法行為)が違法になるのか。

 一つの考え方が違憲ならば違法」という発想である。

 つまり、憲法上の立法義務」+「(人権制約を基礎づける立法事実の変化と)相当期間の経過」の2つが成立する場合、立法不作為は違法となる。

 あと、前回は挙げなかったが、違憲であることが明白であるような法律を最初から制定するような場合も国会の持つ立法裁量の完全な逸脱・濫用に該当するから、違法になるだろう。

 この点について判決では次のように述べている。

 

(以下、上記判決から引用、強調は私の手による)

 立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。

(引用終了)

 

11 立法不作為をめぐる最高裁判所の判断の変遷

 ところで、この判決はいわゆる在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決との比較で次のようなことを述べている。

 

(以下、判決引用)

 最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

(引用終了)

 

 ここで引用されている在宅投票制度廃止違憲訴訟はそれまでの立法不作為のリーディング・ケースであった。

 そして、「立法不作為が違法になることはほとんどない」と断言したような判決であり、立法不作為による国家賠償の可能性をほぼ否定した。

 また、時系列をみればこの判決の方が先である。

 だから、この判決を確認する。

 なお、判決のリンクは次のとおりである。

 

昭和53年(オ)1240号損害賠償請求事件

昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

 在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件で「今回の判決と同じ趣旨のことを述べている」と述べた在宅投票制度廃止違憲訴訟では、立法不作為についてどのように述べているか。

 重要と思われる部分を引用しよう。

 

(以下、在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決引用、一部省略、強調は私の手による)

 国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであつて、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。(中略)国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

(引用終了)

 

 規範部分を抜き出してみよう。

 

(在宅投票制度廃止違憲訴訟の判決引用)

 憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合

(引用終了)

 

 憲法の一義的文言に反するような立法行為は現実的にありえない

 具体的には、議員の免責特権を否定する法律・裁判官の報酬を減額する法律・天皇陛下に政治的権力を付与する法律・一度無罪判決が確定した事件の起訴を認める法律を制定すること、であろうか(他にもあることはあるが、極めて限定的である)。

 この判決によって立法不作為の国賠訴訟で違法の判断が出る見込みは皆無となった。

 

 ところで、在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件の規範の一部(前半は省略)をもう一度見てみよう。

 

(以下、上記判決から引用)

 国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合

(引用終了)

 

 

 最高裁判所によるとこの二つの判決の趣旨は同じなのだそうである。

  確かに、「国会議員の責任は原則政治的責任である」というのは同じであろう。

 しかし、この規範の違いを見れば、これはもはや判例変更ではないのだろうか?

 

 この点、この判決について「『容易に想定しがたい例外的な場合』という強調こそが重要なのであって、『憲法の一義的文言』云々は例示に過ぎない」という考え方がある。

 熊本地方裁判所ハンセン病国家賠償請求訴訟ではこの考え方を採用して、立法不作為を理由とする国家賠償を認めた(当時、画期的な判決と言われた)。

 しかし、最高裁判所がもしこの考えでいたのであれば、「もっと言葉を選べ。あんたらにとって例示はそんなに軽いのか」ということになるだろう。

 もちろん、判決の体系性・統一性を考えれば、「判例変更」を回避すべきであることは分かる。

 また、「判例変更だ」と言ってしまうと、「国会議員は立法不作為が違法になることはないと判断することについて(最高裁判所の判決を信頼したという)相当の理由があるため『過失』がない」ということになりかねないことを懸念したのかもしれない。

 その辺はよくわからないし、やむを得ない面があることは間違いないのだが。

 

 

 以上、立法不作為に関する一般論について確認した。

 このメモは司法試験の憲法の過去問を見直すことが目的であり、過去問の内容は「再婚禁止期間に関する民法の規定の憲法適合性」である。

 そこで、次回は再婚禁止期間の規定に関する立法不作為についてみて、その後、私が過去問その他を見て改めて考えたことについて書いていきたい。

司法試験の過去問を見直す4 その6

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 前回から話題が「立法不作為」に変わった。

 そして、立法不作為を持ち出す必要性(背景)についてみてきた。

 今回はその続きである。

 

9 立法不作為が違憲になる場合

 被害者救済のために立法不作為を持ち出す必要性がある点は確認した。

 しかし、立法不作為がそもそも違憲にならないのであれば、この手段を採ることができない。

 そこで、立法不作為が違憲になるための要件が問題となる。

 

 この点、次の3点を考慮すると、立法不作為を含む立法行為が違憲になることはないようにも見える。

 

① 憲法41条では国会を「唯一の立法機関」と規定しているので、この条文から国会には法律の制定に関する広い裁量が認められる

② 憲法51条では国会議員の免責特権(議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない)を定めているところ、立法不作為について違憲と判断することは院外での(裁判所による)責任を問うことになってしまって51条に抵触する

③ 権力分立の観点から考えれば、裁判所が立法行為の判断に積極的に関わることは控えることが求められる(司法消極主義)

 

 しかし、③の司法消極主義は態度の問題に過ぎないのであって、例外的な場合には司法判断をしてもいいことになるから、これは理由にならない。

 また、①の裁量についても、国会の立法権の裁量の逸脱・濫用に対しては司法判断が可能であるから、これも理由にならない。

 さらに、②に議員の免責特権ついても、確かに、立法不作為のような立法行為に対する国家賠償責任を認められば国会議員に対する責任を事実上肯定するようなものであるが、憲法51条の「責任」は議員の法的責任であって政治的責任は除外されること、賠償責任を負うのは議員ではなくて国であることを考慮すれば、国家賠償責任を認めたところで議員の法的責任を問うことにならない、と言える。

 以上より、例外的であるとしても立法不作為について一切責任を問えない、ということはないと考えることになる。

 

 次に、立法不作為の要件が問題になる。

 不作為に対する法的責任を問う以上、憲法上の立法義務がなければならない。

 例えば、憲法が選挙権を「権利」として保障したのであれば、選挙権を具体化するための立法義務があると言える。

 あるいは、生存権をプログラム規定と考えるのでなければ、生存権を具体化するための立法義務(例えば、生活保護法の制定)があることになる。

 なお、最高裁判所はプログラム規定と考えているので、このような義務はないと考えていることになるが。

 

 また、立法義務を肯定するならば、過去の段階では公共の利益のために選挙権を制限しなければならなかった事情があったとしても、その後の社会変化によってそのような制限事由がなくなった場合には、法律を適切に改正して選挙権を具体的に保障するような義務が国会にあることになる。

 とはいえ、社会変化に即応するとしても限界があるし、国会の立法裁量には法律制定のタイミングに関する裁量もある。

 そこで、社会変化があってから相当期間が経過していることが要件に加わることになる。

 

 この2点が用いられているケースとして選挙訴訟がある。

 選挙訴訟で使われている言い回しを確認しよう。

 

令和2年(行ツ)28号選挙無効請求事件

令和2年11月18日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/842/089842_hanrei.pdf

 

(以下、上記判決文の該当部分を引用、同趣旨のことは繰り返し利用されている、なお、強調と中略は私の手による)

 憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等を要求していると解される。(中略)

 社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果、上記の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ、かつ、それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが、国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には、当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である

(引用終了)

 

 これは選挙区割によって生じる投票価値の不平等に関する最高裁判所憲法判断である。

 立法不作為そのものではないが、「社会変化によって投票価値の不平等(不均衡)が拡大したのに、国会がそれを放置して従前の法律を用いた」という意味では立法不作為と似たものがある。

 そして、最高裁判所は、「投票価値の平等を考慮した立法義務(判決文だと『要求』)」を認め、「社会変化に伴う不均衡(不平等)の拡大」「相当期間の経過」がある場合に違憲となると考えている。

 立法不作為と発想が類似している。

 

 

 なお、国会の行為を裁判所が違憲と判断できるか、という問題が一応あるが、これは問題なく肯定できる。

 なぜなら、81条が最高裁判所違憲審査権を規定しているところ、国会の法律制定に関する決定を「処分」に準じるものとして考えれば、立法不作為も「処分」に準じるものと考えることができるからである。

 

 

 もっとも、立法不作為の問題が訴訟で用いられるのは国家賠償法1条1項の「違法」の要件である。

 そこで、以下、国家賠償法1条1項の「違法」の要件に話を移す。 

 

 なお、裁判所の憲法判断回避のルールにおいて、裁判所が(国家賠償法上)「違法」と評価できれば十分な場合、「違法」である旨の判断をして「違憲」である旨の判断をしないのが原則である。

 そして、立法不作為においても「賠償による被害者救済」の観点を考慮すれば、「違法」と評価すれば足り、「違憲」と判断する必要はない。

 ならば、ここまでの憲法議論は必要なのか、国家賠償法の「違法」の解釈を直接行えば十分ではないのか、という疑問はなくはない

 

 ただ、「違憲ならば当然違法である」ということは言えるので、憲法解釈が無駄になるわけではない。

 また、国家賠償法の法解釈においても憲法を参照することはあるので、憲法を排除しなければならないわけでもない。

 よって、憲法と立法不作為の関係を論じる価値はある、と考えるのだろう。

 

 

 以上、立法不作為と憲法についてつらつらまとめたが、規定の分量(2000文字)を超えてしまった。

 そこで、ここから先は次回へ。

司法試験の過去問を見直す4 その5

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 ここまで平等原則を中心に見てきた。

 平成15年の過去問を検討するだけであれば、これで十分である。

 しかし、現在の司法試験の場合、このような問題は憲法訴訟とセットで出題されることが推測される。

 そこで、今回は憲法訴訟で本問との関連性の高い立法不作為について確認する。

 

6 事実上の争点と訴訟上の争点

 今回、題材にした最高裁判所の事件、この訴訟の実質的な争点は「再婚禁止期間」という民法の規定の違憲性である。

 しかし、事件はリンク先の判決を見ればわかる通り「損害賠償請求事件」である。

 つまり、訴訟上の争点は国家賠償法1条1項の「違法」の有無の争いである。

 憲法に引き付けて書けば、「(再婚禁止期間の規定を放置した)国会の不作為の違憲性」である。

 

違憲判断が出た事件の判決のURLはこちら)

平成25年(オ)第1079号損害賠償請求事件

平成27年12月16日大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/085547_hanrei.pdf

 

 この点、原告から見た場合、再婚禁止期間に関する違憲判断さえ出れば、実質的には勝利である。

 しかし、訴訟で原告が勝訴するためにはこの「国会の立法不作為」が違憲・違法である必要がある。

 そして、この立法不作為が違憲・違法にならなければ、原告は敗訴である。

 実際、この判決の主文は原告側の「本件上告を棄却する」である。

 

 

 なお、このような訴訟を政策形成訴訟という。

 政策形成訴訟の例としては選挙訴訟などがある。

 

 そこで、ここから訴訟上の争点・「立法不作為」に関する前提知識について確認する。

 

7 立法不作為の定義と具体例

 立法不作為とは国会が法律を作成しない、改正しないことをいう。

 

 例えば、憲法は国会議員の選出について普通選挙を要求している(憲法15条3項、44条)。

 その一方で、具体的な投票システムの設計は国会の制定する法律に委ねている(憲法44条、47条)。

 

 すると、このような事態が想定される。

 第一に、選挙制度を具体化する法律を最初から作らない。

 この場合、憲法が保障する選挙権は無意味なものになる。

 第二に、一定の社会条件があった関係で一定の国民(日本国籍を有する者)に選挙権を与えないような法律を作った。

 その後、社会情勢の変化によりその選挙権を制約しなければならない条件が解消された。

 にもかかわらず、国会は選挙権を与えるような法律改正を行わない。

 この場合も憲法が保障する選挙権は無意味なものになる。

 このように、憲法上の権利を実現するために必要な法律をそもそも作らないこと、あるいは、権利を保障しない状態の法律をそのまま放置すること、これを「立法不作為の問題」という。

 

 前者の例はほとんどない。

 なぜなら、憲法制定の直後に憲法上の権利を実現するための法律を作ってしまうからである。

 この場合、制定した法律の内容の合憲性は問題になるが、それと立法不作為とは一応無関係である。

 

 他方、後者の例はいくつか存在する。

 選挙権にかかわる最高裁の著名な事件として次の二つがある。

 

平成13年(行ツ)第82号 在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

平成17年9月14日大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

昭和53年(オ)第1240号損害賠償請求事件

昭和60年11月21日最高裁判所第一小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/654/052654_hanrei.pdf

 

 今回取り上げた再婚禁止期間に関する事件も後者のケースに該当する。

「社会的事情が変化したのに憲法上の権利を過度に制限した法律を放置した」という意味では「後者の例」と同様である。

 また、下級審の違憲(違法)判決で、かつ、政治判断によって上訴されないまま一審判決が確定したものとして、熊本地方裁判所ハンセン病国家賠償請求事件がある。

 

 さて、この立法不作為に関する諸問題。

 もっとも、立法不作為について見ていく前に、前提として押さえるべきものがある。

 よって、その前提について確認する。

 

8 国家権力の行為によって生じた損害に対する救済方法

 憲法の教科書などで学ぶ場合、立法不作為に関する話は「立法不作為は(実体法上・訴訟法上)違憲か」という点から学ぶ。

 ただ、憲法の教科書において「憲法訴訟」は後半にあるところ、「憲法訴訟」について触れる前に憲法の人権について学んでいる。

 よって、立法不作為についてみる前に、関連する人権、特に、17条に規定する国家賠償請求権についてみておく。

 これを見ることで、「何故、立法不作為を持ち出す必要があるのか」という点が理解できるのではないかと考えられる。

 

 

 立法不作為を取り上げる理由は何か。

 それは、「違法な国家権力の行使がなければ国(自治体)は損害賠償責任を負わず、被害者は国家賠償請求権による救済が受けられないから」である。

 

 この点、憲法17条は国民の国家賠償請求権を保障している。

 そして、国家賠償請求権を具体化する法律として国家賠償法という法律が制定された。

 それらの条文は次のようになっている(強調は私の手による)。

 

憲法第17条

 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

 

国家賠償法第1条1項

 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

 

 比較のため、民事の不法行為責任を規定した民法709条の条文もみておく。

 

民法709条
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

 

 条文によると、一般的な国家賠償が認められるための要件として、公務員の職務関連性・損害・因果関係といった要件の他に、「故意または過失」と「違法」という要件がある。

 そのため、「違法でない行為」・「(違法であっても)故意・過失がない行為」によって被害者にどのような重大な損害が発生しても、国家賠償法1条1項による責任は発生しない

 責任がなければ、被害者は国家賠償によって救済されることはない。

 もちろん、憲法や法律による補償による救済や例外があるとしても。

 

 この点については民法不法行為も同様である。

 条文の文言が「違法」ではなく「『他人の権利又は法律上保護される利益』の『侵害』」となっているだけで。

 

 

 具体例として、刑事事件の捜査・裁判を考えてみる。

 ある殺人事件があって警察と検察が捜査を行った。

 捜査の結果、特定の被告人に対する犯人の可能性が固まり、その被告人は逮捕・起訴された。

 被告人は犯行時刻におけるアリバイを主張していたが、捜査によってそのアリバイを裏付ける証言・証人は存在しなかったため、検察官は被告人のアリバイ主張は虚偽であると考えて、訴訟活動を進めていった。

 ところが、公判中に被告人のアリバイを目撃していた無関係の第三者が偶然現れ、裁判所で証言した(証言には信用性があるものとする)ので、検察官による立証は破綻し、裁判では無罪となった。

 逮捕から無罪判決が確定するまで約1年間かかり、被告人はこの件で職を失う、地位を失うなどの甚大な損害を被った。

 しかし、違法な捜査(拷問などによる自白誘導その他)がなければ、この被告人は国家賠償による救済は受けられない(なお、全く救済されないわけではない、それについては後述)。

 

 別の事例を考えてみよう。

 政府・自治体がダム造りのためにある村を沈めることになった(決定手続に問題はなく、適法なものとする)。

 その結果、その村の住民は生活の拠点と土地(財産)を失った。

 これも国家権力の行使による損害の発生の一例である。

 また、このダム作りは社会のため(公共のため)のものであった。

(具体的な額はさておき)この損害を補填すべきであるという意見には賛同されるであろう。

 しかし、違法な手続きがない以上、国家賠償によって救済されることはない

 

 

 この点、憲法はこの2例について国家賠償以外の救済の手段を規定している

 無罪判決については憲法40条で規定された刑事補償によって。

 ダムで沈められた村については憲法29条3項で規定された財産補償によって。

 しかし、憲法で規定されていない事例(適法な生命侵害・身体に対する危害)については「憲法による救済の道」がないことになる

 例えば、予防接種禍の問題がこのケースに該当し、最高裁判所はこの問題について国家賠償の範囲を広げることで対応した。

 

 この点、「憲法上の救済がない」ということは「救済が全くなされない」ことを意味しない。

 国会が法律を作れば「法律による救済」を行うことは可能であるし、現にこの手段による救済はいくらでもなされている。

 しかし、憲法に(明文上・解釈上)規定がないならば「国会は救済しなくてもよい」・「不十分な救済でも構わない」ということになる。

 

 

 このように見ることで、「立法不作為」を持ち出す意味が見えてくる。

 裁判所(司法権)を使って政府・国会(多数派)の意に反する被害者への救済を強制するためには「違法な国家権力の行使」がなければならない。

 一方、行政権を統括する内閣・政府には「法律を誠実に執行」する義務(憲法73条1号)があるため、政府は勝手に「この法律は違憲だから執行しない」などとは言えないのが原則である。

 そのため、憲法上瑕疵ある法律を機械的に執行して被害者に損害を加えたとしても、政府の行為は原則として適法になる(もちろん、例外はありうるが)。

 したがって、政府(行政)の行為ではなく、「国会の違憲・違法な行為」を特定する必要があるのである。

 以上が立法不作為を持ち出す理由である。

 

 

 なお、2点だけ深堀しておく。

 まず、「国会(多数派)が救済しないと決めた被害者を救済する義務はどこから発生するのか」という点は(憲法が規定している)「平等」と「権利」がキーワードになる。

 つまり、「国家権力の行為によって特定の個人に損害が集中した。この場合、その損害は全体で負担し、個人の権利を保護するのが平等(公平)である」という発想が国家賠償(憲法17条)や損失補償(憲法29条3項)にある。

 そのため、国民の持つ「平等」や「権利」の価値観によっては、「そのような損害は憲法上の『権利』に含まれない」・「特定の個人(基本的にマイノリティや弱者)に損害を押し付けても差別ではない」と考えて救済しなくてもよいといったようなことは言いうる。

 

 次に、「違法」行為に限定するのは不当ではないかという点について。

 確かに、「適法ならば責任なし」・「過失なければ責任なし」というのは損害を被る被害者にとって酷にも見える。

 一方、無過失責任・結果責任にしたら人間・集団はチャレンジ・試行錯誤できなくなり、社会は停滞してしまう。

 それは政治でも変わりはない。

 また、比例原則に照らして考えれば、発生する損害が重大になる行為に対しては適法(注意義務)のハードルも高くなる。

 よって、「違法」の要件があることそれ自体はしょうがないと考えられる。

 もちろん、「違法」の具体的な中身が問題になるとしても。

 

 

 立法不作為についてみる前に結構な分量になってしまった。

 立法不作為について具体的に見るのは次回に。

「痩我慢の説」を意訳する その12(最終回)

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 今回も「私釈三国志」風に「痩我慢の説」を意訳していく。

 なお、今回が最終回である。

 

36 第三十二段落目を意訳する

 前回の第三十一段落で榎本武揚の行為に関する論評が終わった。

 残りはまとめの部分の三段落である。

 

 まずは、第三十二段落を意訳する。

 具体的には、「以上の立言は我輩が勝、榎本の二氏に向て攻撃を試みたるにあらず。」から「折角の功名手柄も世間の見るところにて光を失わざるを得ず。」の部分までである。

 

(以下、第三十二段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 色々書いたけど、私がしたいのは勝海舟榎本武揚に対する個人攻撃ではない。

 個人攻撃にならないように書き方には十分気を付けた。

 また、彼らの行為が立派であった点を否定する気は全くない。

 しかし、二人は富貴と功名、どっちかを捨てる必要があった。

 つまり、勝海舟江戸城無血開城は立派であった。

 しかし、敵であった政府から爵位をもらってしまったら、それが本人の望まぬものだったとしても、彼の功名は台無しである。

(意訳終了)

 

 ここで目を引くのは、「本人が望まなかったとしても」としている点である。

 福沢諭吉の気遣いを感じるのは気のせいだろうか。

 

37 第三十三段落目を意訳する

 次に、第三十三段落を意訳する。

 具体的には、「榎本氏が主戦論をとりて脱走し、遂に力尽て降りたるまでは、」から「力めざるべからざるなり。」の部分までである。

 

(以下、第三十三段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 榎本武揚の脱走と抗戦は武士の本分・痩せ我慢から見て立派であった。

 しかし、降伏して許されてから、青雲の志を持って敵だった政府に仕えて立身出世の階段を登ってしまうようでは、恥知らずになってしまいその功名も台無しである。

 このように二人の功名が台無しになっている原因は、新政府からもらった爵位や立身出世にある。

 だから、それらを捨てて隠棲せよ。

 そうしないと、あんたがたの功名に腐臭が漂うことになるぞ。

 そこは努力せーや。

(意訳終了)

 

 福沢諭吉の主張は、敵からもらった爵位・出世が行為の素晴らしさを汚しているから、それらを放棄して隠棲せよというものである。

 隠棲に対する私の感想は既に述べたので省略。

 もっとも、功名が台無しになるだけなら本人の勝手ではないか、という感じもしてしまう。

 あるいは、「人に後ろ指をさされながら生きていけ」という言い方もできる。

 その辺はわからない。

 

38 第三十四段落目を意訳する

 最後は第三十四段落である。

 具体的には、「然りといえども人心の微弱、」から「拙筆また徒労にあらざるなり。」までの部分である。

 

(以下、第三十四段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 まあ、そういっても人間よえーしな。

 それに、別の事情があるから私の言うことを実行できないこともあるだろう。

 それはしょーがない。

 でも、明治の時代に、こうやって二人を「痩せ我慢」の観点から論評しておけば、「痩せ我慢」の維持に少しは貢献できるかもしれない。

 それなら、私の文章も無駄にならねーだろう。

(意訳終了)

 

 こういう意訳ができれば、「私釈三国志」の訳に近いのかなあ。

 まだまだ、練習や修行が足りない。

 

 あと、ここで「しょうがないよねー」みたいなことが書かれている点を見ると、福沢諭吉の気遣いを感じる。

機械的な冷たい批判ではない」と言うべきか。

 あるいは、ただの炎上狙い・キャンセル・カルチャー狙いではない、と言うべきか。

 

39 意訳を試みて

 以上、「痩我慢の説」の本文を意訳してみた。

 前回のチャレンジは辞世の句(詳細は次のリンクの通り)だったが、前回と今回とで勝手が違う。

 前回は辞世の句(和歌)、今回は評論文だからであろうか。

 

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 また、意訳をしながら本文の内容それ自体に対して色々と考えてしまったので、途中から「意訳する」という目的がぼけてしまった。

 文章の内容それ自体について考えたことは悪くないとしても、今回は「意訳」だけに集中したほうがよかったかもしれない、とは考えている。

 

 ただ、「意訳をしてみて面白かった・楽しかった」というのは事実。

 時間を見つけて他の文章に手を出してみようかな、と考える次第である。

 

40 痩せ我慢の説を見直して

 私が「痩我慢の説」という文章の存在を初めて知ったのは、内田樹先生の次のブログの記事であった(リンクは現在のものである、ただ、初めて見たのはリニューアル前のものである)。

 

blog.tatsuru.com

 

blog.tatsuru.com

 

 当時、上のブログを見て「(福沢諭吉の)こんな文章があるのか」と知って、「痩我慢の説」の本文を読んだ。

 

 この点、福沢諭吉の主張は美しい(美しさを感じる点では昔も今も同様である)

 しかし、現実における勝海舟榎本武揚のその後の行為はしょうがないのでは?

 当時の私の感想はそんなところにあった。

 

 その後、山本七平の文章をいくつか読んだ。

 その上で「痩我慢の説」を意訳しながら読んでみると、別の観点が見えてくる。

福沢諭吉の主張といわゆる『敗因21か条』的なものがオーバーラップする」と言うべきか。

 美しさを発するものが持つ欠点が見えてきたといってもいいのかもしれない。

 また、福沢諭吉の文章も持つ美しさの原点は西欧文化に由来するものではなく、日本文化に由来するものであることも今回分かった。

 その結果、以前よりも自分の意見が福沢諭吉の意見から離れたことは確かである。

 

 ただ、今回改めてこの文章を見直せたことはよかったと感じている。

 山本七平先生・小室直樹先生の書籍を読んで学んだことを使うこともできたし。

 

 

 以上で、「痩我慢の説」に関するメモを終える。

 これで、現在「やりかけ」になっているのは司法試験の憲法過去問だけになった。

 そこで、次から新しい本の読書メモを作っていこうと考えている。

 

 候補となっている本は次の3つ。

 

 

 

 

 最後の本だけこれまでの本と性質が違う。

 ただ、この本は「人間の言動に関する構造」を考えるために非常に参考になった。

 だから、トレーダーの観点からではなく、「人間の言動を基礎づける構造一般」の観点から読書メモを作ってみようかな、と考えている。

「痩我慢の説」を意訳する その11

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 今回も「私釈三国志」風に「痩我慢の説」を意訳していく。

 

32 第二十八段落目を意訳する

 最初は、第二十八段落を意訳する。

 具体的には、「蓋氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、」から「欽慕の余遂に右の文字をも石に刻したることならん。」の部分までである。

 

(以下、第二十八段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 榎本武揚は決して過去を忘れて立身出世を楽しんでいるわけではない。

 また、自分と共に戦い死んだ武士たちの武勇を忘れ、彼らの死を哀しまないでいるわけでもない。

 それを疑う者は、駿河清見寺内に立てられている彼の石碑を見てくればいい。

 この石碑は戊辰戦争で咸臨丸が清水港で沈没した際に戦没した者たちのために建てたものである。

 そして、この石碑の背面には「食人之食者死人之事 榎本武揚」と刻印され、公衆の目にさらされている。

 とすれば、彼の心情は察することはできよう。

 つまり、彼は「徳川家に禄をもらい徳川家のために死すべき」と考えていたが、できなかった。

 他方、それを実行した者たちがいる。

 それを見ると、怒り・悲しみ・嘆き・後悔といった感情が押し寄せるのであろう。

 その感情が石碑にあの九文字を刻み込んだと考えられる。

(意訳終了)

 

 前段落で推察されている榎本武揚の心中について具体的に述べられている。

 この辺を踏まえて、次の段落に進もう。

 

33 第二十九段落目を意訳する

 次に、第二十九段落を意訳する。

 具体的には、「すでに他人の忠勇を嘉みするときは、」から「人情の一点より他に対して常に遠慮するところなきを得ず。」の部分までである。

 

(以下、第二十九段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 他人の忠義・武勇を褒めるとき、それができなかった自分を不愉快に思うものである。

 そのため、榎本武揚がどれだけ立身出世の階段を登り、栄達・昇進を重ねたところで、彼の過去が彼を苦しめ続け、彼の心に安らぎをもたらすことはないだろう。

 だから、私は彼にお勧めしたい。

 徳川家のために今から死ねとは言わないが、世間に対して常に遠慮の心を持つべきだと。

(意訳終了)

 

 ここで福沢諭吉から榎本武揚への忠告に移る。

 続きがあるようなので、次の段落を見てみよう。

 

34 第三十段落目を意訳する

 さらに、第三十段落を意訳する。

 具体的には、「古来の習慣に従えば、凡そこの種の人は遁世出家して死者の菩提を弔うの例もあれども、」から「一切万事控目にして世間の耳目に触れざるの覚悟こそ本意なれ。」の部分までである。

 

(以下、第三十段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 日本の伝統・習慣に従えば、榎本武揚のような人間は出家して死者の菩提を弔ってきた。

 明治時代にそのような出家落飾が時代錯誤・大袈裟だとしても、社会の表舞台に出ることをやめ、生活を質素にして、世間から忘れられた人になるべきであろう。

(意訳終了)

 

 一言でまとめると、「社会の表舞台から降りて、隠棲せよ」になる。

 このようにまとめてしまった方が「私釈三国志」風なのかもしれない。

 

 榎本武揚についてはもう1個段落があるので、次に進もう。

 

35 第三十一段落目を意訳する

 続いて、第三十一段落を意訳する。

 具体的には、「これを要するに維新の際、脱走の一挙に失敗したるは、」から「国家百年の謀において士風消長の為めに軽々看過すべからざるところのものなり。」の部分までである。

 

(以下、第三十一段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 要は、榎本武揚明治維新戊辰戦争の折に死んだようなものだ。

 少なくても、政治的には死んだ。

 ならば、政治的な言動は一切謹んで、戦死者の霊を弔うことと遺族への配慮に専念すべきである。

 そもそも、大将は敗戦という結果責任から逃れるべきではない。

 また、この「大将が敗戦の責任を取る」という考えは社会の存立に極めて重要なものだ。

 私が榎本武揚氏に隠棲を希望するのは、単に、彼のためだけではない。

 国家百年の計の観点から見過ごせないから述べているのである。

(意訳終了)

 

 福沢諭吉榎本武揚への要望をまとめると、「『敗北・降伏した大将は敗戦責任から逃げるべきではない』といった考えは国家百年の計から見て極めて重要だ。戊辰戦争で負けて降伏した大将榎本武揚は敗戦責任をとって引っ込め。」ということになる。

 そして、榎本武揚の例を抽象化して規範にすると、政治的なリターンマッチが許されない意味での隠棲の条件を次のような形でまとめられそうである。

 

1、総大将またはこれに準じた地位にいること

2、敗北して降伏したこと

 

 この点、単なる大敗・逃亡を要件にすることは、勝敗が兵家の常である観点から妥当性を欠くように思われる。

 そこで、大敗に加えて「降伏」を要件にした。

 また、本文の記載から見ると、総大将という地位も重要に見えるので、これも要件に加える。

 

 

 通常、敗戦の大将が勝った側で重用されるというケースというのはレアである。

 それは、勝った側(今回なら明治政府)がそこまで重用しないからであろう。

 例えば、降伏した大将をて処刑すれば実現しない。

 追放しても、隠居させても実現しない。

 

 ここで気になったのが、フビライ文天祥の関係である

 文天祥南宋の再興を目指してゲリラ戦を展開して抗戦するが、最終的に捕らえられる。

 フビライ文天祥を自分に仕えさせようとする。

 これに対して文天祥は「正気の歌」を詠んで断り、結果、刑死する。

 仮に、文天祥が仕えていたら福沢諭吉はどう評価しただろう。

 

 他に似た例を他に探すと、永楽帝と方孝儒の関係もこれに近いかもしれない。

 

 さらに、重要な例を挙げると昭和天皇のケースがある。

 昭和天皇は太平洋戦争の後、約40年間ものあいだ在位した。

 一般に、敗戦を耐え抜けた皇帝(国王)は存在しないことを考慮すれば昭和天皇のケースは奇跡とも言いうる。

 このことは、第一次世界大戦の敗戦とともに消えたオーストリア帝国ハプスブルク家オスマン帝国ドイツ帝国などを見ればわかる。

 

 もちろん、私は昭和天皇が責任を取らなかったとは考えていない。

 陛下は陛下なりの責任をおとりになったと考えている。

「痩我慢の説」の表現を借りれば、専ら「戦死者の霊を弔してまたその遺族の人々の不幸不平を慰め」られていたと考えている

 また、明治政府において天皇陛下立憲君主として振る舞っていたという話は依然述べた通りである。

 その意味で他の帝国とは違うということもできる。

 ただ、「痩我慢の説」をストレートに適用すると「うーん」となるだけで。

 

 

 正直、私には「わかりかねる」以上の結論が出ない。

 また、これ以上踏み込むと意訳からどんどん離れてしまうので、この辺にしておこう。

 

 では、今回はこの辺で。

 次回は、まとめの部分を意訳して、全体的な私の感想を書いて一区切りとしたい。

「痩我慢の説」を意訳する その10

 今回はこのシリーズの続き。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

 今回も「私釈三国志」風に「痩我慢の説」を意訳していく。

 と言いながら「私釈三国志」さが全然出せていない。

 私の修行が足りないところであるが、修行中ということでご海容願いたい。

 

28 第二十四段落目を意訳する

 まずは、第二十四段落を意訳する。

 具体的には、「敵に降りてその敵に仕うるの事例は古来稀有にあらず。」から「顧みて往事を回想するときは情に堪えざるものなきを得ず。」の部分までである。

 

(以下、第二十四段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 降伏した相手に仕えることはレアでもないし、非難すべきでもない。

 それが生活のためであればなおさらである。

 だが、これは原則論に過ぎない。

 「痩せ我慢」に由来する武士の人情から見た場合、榎本武揚のケースは例外だ。

 しかも、榎本武揚は大臣にまで出世しており、生活のためといったレベルを完全に超えている。

 一見、青雲の志を遂げて「めでたしめでたし」と言えるかもしれない。

 しかし、彼の過去を見たら「めでたしめでたし」とは到底言えないだろう。

(意訳終了)

 

 これまでの私は榎本武揚の部分は真面目に読んでなかったが、こう見ると勝海舟のケースとは異なる論点が見えてくる。

 つまり、榎本武揚の論評における論点は「敗者はどこまでリターンマッチをしていいのか」という点になりそうだ。

 私個人としては「(罪を許された以上は、政治的な意味における)限界はないのではないか」と考えているが、その辺を意識しながら意訳を続けていく。

 

29 第二十五段落目を意訳する

 次に、第二十五段落を意訳する。

 具体的には、「当時決死の士を糾合して北海の一隅に苦戦を戦い、」から「その中には父子諸共に切死にしたる人もありしという。」の部分までである。

 

(以下、第二十五段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 戊辰戦争の時、死を覚悟した武士をまとめあげて東北・北海道で奮戦し、結果、武運拙く降伏したことはしょうがない。

 しかし、武士たちは榎本武揚を大将として信頼し、また、戦死したのである。

 その榎本武揚が降伏したとなれば、その降伏に同意しなかった武士たちはどれだけ落胆・失望したことか。

 また、戦死した者たちの気持ちはどうなる。

 死者の霊が存在するならば死の国から大いにブーイングをあげていることだろう。

 聞くところによると、五稜郭を開城の折、降伏に同意しない武士たちは「この戦いは徳川家の二百五十年の恩に報いるためのものだ。命が惜しい総督は勝手に降参しろ。我々は武士道に殉じる」と述べ、この言葉通りに切死にした親子もいるという。

(意訳終了)

 

 この段落は榎本武揚への非難を裏付ける具体的事情が述べられている。

 ただ、同意できるかと言われると微妙である。

 

 まず、彼らの抗戦目的が報恩にあるならば、榎本武揚が降伏しようがしまいが関係ないとも言える。

 それを示しているのが、「総督(榎本武揚)は勝手に降伏しろ」という言葉である。

 もちろん、「あいつは裏切りやがって」という感情は(生者にも死者にも)あって当然だが、それは報恩とは無関係である。

 次に、榎本武揚はリーダー(総督・大将)ではあるが、幕臣であって徳川家の一族に属する者ではない。

 つまり、徳川の権威を代行しているわけではない。

 ならば、榎本武揚に象徴的なものを求めるのは機能体に対する偶像崇拝に過ぎるのではないのか、という感じが否めない。

 そもそも、将軍だった徳川慶喜は生きているわけだし。

 

 当然だが、「個人的に許せん」という感情は自然だし、否定する気もないし、非難するつもりもない。

 ただ、それ以上の意味を付加するのは難しいのではないかと考えるだけである(個人的には、福沢諭吉がそのような感情を持つのはどうかという気がするが)。

 

30 第二十六段落目を意訳する

 続いて、第二十六段落を意訳する。

 具体的には、「烏江水浅騅能逝、一片義心不可東とは、」から「自尽したるその時の心情を詩句に写したるものなり。」の部分までである。

 

(以下、第二十六段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 中国に「烏江水浅騅能逝、一片義心不可東」という有名な言葉がある。

 これは項羽と劉邦の争いにおいて、項羽が敗走して烏江の畔まで来たとき、ある人が「川を渡ってお逃げください。そうすれば再挙できるかもしれません」と述べたところ、項羽が「昔、私は八千の若者を率いて戦ったが、今や一人もいない。そんな失敗をしながら、どのツラ下げて江東に戻って、死なせてしまった若者たちの親兄弟に会えばいいのか」と返答したものである。

(意訳終了)

 

 ここで、中国の項羽の話が持ち出される。

 総論の部分では南宋に殉じた遺臣たちが、勝海舟を論評した部分では敵に寝返って粛清された家臣たちが。

 そして、榎本武揚の章で登場したのは総大将の項羽である。

 

 この点、項羽は再起を拒否して自刃した。

 しかし、仮に、このような状況でとことん逃げて再起を図った中国の偉人を取り上げたらどうなるだろうか。

 福沢諭吉の時代には存在しないが、毛沢東はこの例にあたる。

 あるいは、三国志演義劉備もこれに近いところがある。

 

 さらに、進めていこう。

 

31 第二十七段落目を意訳する

 さらに、第二十七段落を意訳する。

 具体的には、「漢楚軍談のむかしと明治の今日とは世態固より同じからず。」から「或は死霊生霊無数の暗鬼を出現して眼中に分明なることもあるべし。」の部分までである。

 

(以下、第二十七段の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 項羽と明治では時代も社会も違うから、項羽榎本武揚を比較するのはバカげていると言うかもしれない。

 しかし、人情は今も昔も変わらない。

 この点、明治政府で立身出世の階段を登り、青雲の志を遂げて富と名誉を手にした榎本武揚本人はドヤ顔で得意げにいるかもしれない。

 もっとも、過去を振り返れば、戊辰戦争で死傷していった部下・武士たちの惨状、死傷した者の父母兄弟の悲嘆にくれて途方にくれているさまを思い出すこともあるだろう。

 また、そういった苦境を人から聴くことだってあるだろう。

 そのとき、彼は大いに苦悩しているだろう。

 ひょっとしたら、涼しくなった秋の雨が降った日の夜において、薄暗い灯りの中に一人でいたところ、死霊や生霊の幻影を見るといったこともあるかもしれない。

(意訳終了)

 

 ここで、福沢諭吉榎本武揚の心中を察している。

 立身出世の階段を登り栄達を極めた彼は表面上得意げかもしれないが、決してそれだけではない、と。

 

 

 今回はこの辺にして、続きは次回に。

「痩我慢の説」を意訳する その9

 今回はこのシリーズの続き。

 

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 ここまで「私釈三国志」風に「痩我慢の説」を意訳してきた。

 今回も前回と同様、勝海舟への一連の論評について私が考えたことをまとめたい。

 

 なお、前回のメモを公開したのは1月26日。

 だいぶ期間が空いている。

 そして、この間に『危機の構造』と『日本の組織』をメモにした。

 そのため、前回と今回で私の意見が変わっているところもある。

 その辺も考慮しつつ、「痩せ我慢の説」について考えてみたい。

 

hiroringo.hatenablog.com

 

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25 徳川家と徳川幕府の同一性

 前回は「勝海舟の未来において採るべき手段の当否」について考えた。

 次に、「徳川政権と徳川家は同一か」という点が気になった。

 問題点を抽象化すれば、「機能体と共同体の分離可能性」といってもいいかもしれない。

 

「総論」において、福沢諭吉は「死病に陥った親」と「滅亡寸前の政府」を同一のものとして扱った。

 つまり、機能体と共同体は不可分であると考えている(傾向にある)ことが見て取れる。

 山本七平の『日本人と組織』で学んだ観点から見れば、これは「一尊主義」に近い。

 つまり、日本古来の発想ということになる。

 

 この点、以前の私であれば「機能体と共同体は別であろう」と考える。

 だから、「『統治システム』と『親』は別」・「『政府』と『共同体』は別」という感覚になる。

 山本七平の書籍を読んだ今の私でもこの感覚に近い。

 だから、福沢諭吉の主張に対して、「共同体(徳川家)のためには城を枕に討死すべし」という意味であれば受け入れられるとしても、「統治システム(徳川幕府)のために城を枕に討死すべし」というならば「とんでもない」と考えることになる

 

 一方、勝海舟徳川幕府と徳川家を分けて考えていた」と推測される。

 山本七平の言葉を借りれば、「二尊主義」だったと言えよう。

 そして、勝海舟は徳川家臣団の生活再建や徳川慶喜の赦免にも奔走したと言われている。

 無血開城後に隠居した場合と比較すれば、勝海舟の明治時代の行為は十分「痩我慢」に値するのではないか。

 少なくても、徳川家との関係では

 

 このように見ると、二人の間に「一尊主義」と「二尊主義」の対立を見ることができる。

 また、勝海舟が二尊主義的立場であり、福沢諭吉が一尊主義的立場から非難する、という構造になっている。

 さらに言えば、福沢諭吉が日本古来の一尊主義側というのが興味深い。

 

 

 以上、第2章までを意訳した上で、さらに、色々と考えてみた。

 こうやって文章にしてみると、色々と自分の勘違いが見つかったり、理解が深まったりする。

 その意味で、このメモブログに『痩せ我慢の説』を取り上げてよかったように考えられる。

 

 もっとも、『痩せ我慢の説』の本文はまだ終わってない。

 以下、榎本武明に対する論評部分を「私釈三国志」風に意訳していく。

 

26 第二十二段落を意訳する

 榎本武明に対する論評が始まるのが第二十二段落である。

 まずはこの段落を意訳する。

 具体的には、「また勝氏と同時に榎本武揚なる人あり。」から「本魂の風教上より論じて、これを勝氏の始末に比すれば年を同うして語るべからず。」までの部分である。

 

(以下、第二十二段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 勝海舟とは別にコメントすべき人に榎本武揚がいる。

 榎本武揚勝海舟と異なり徳川政府の維持に奔走し、江戸から函館まで脱走して奮戦したものの、武運拙く降伏した人である。

 鳥羽・伏見の戦い以降、幕府が戦意を失ってひたすら憐みを乞うような状況であって、勝算がないことは(私も勝海舟榎本武揚も)承知であった。

 そんななかでの榎本武揚は抗戦は「痩せ我慢」に由来する武士の意地であった。

 北海の水戦・函館の籠城など、榎本武揚と彼に従った佐幕派幕臣・諸藩の人々の奮戦は人たちの奮戦は天晴である。

 この振る舞いは勝海舟とは雲泥の差がある。

(意訳終了)

 

 ここから話題は勝海舟から榎本武揚に移る。

 榎本武揚勝海舟と異なり、江戸城明け渡しの後も佐幕派と共に抗戦した幕臣である。

 この段落は榎本武揚の紹介なので、さっさと次の段落に移ろう。

 

27 第二十三段落を意訳する

 今回は次の第二十三段落まで意訳する。

 第二十三段落の範囲は、「然るに脱走の兵、常に利あらずして勢漸く迫り、」から「新政府の朝に立つの一段に至りては、我輩の感服すること能わざるところのものなり。」の部分である。

 

(以下、第二十三段落の私釈三国志風意訳、これが意訳であることに注意)

 しかし、榎本武揚らの善戦も空しく、「もはやこれまで」という状態になった。

 そこで、榎本武揚とその一部の人々は明治政府に降伏し、東京に護送されることとなった。

 勝敗は兵家の常である以上、敗戦と降伏を非難すべきではないし、新政府の寛大な処分も立派と言えるだろう。

 ここで話が終われば、美談で終わる。

 しかし、榎本武揚がその後、立身出世の意欲を持ち、かつ、新政府に重用されるとなったら話は別になる。

(意訳終了)

 

 ここで確認しておきたいことがいくつかある。

 まず、榎本武揚らの降伏それ自体を非難していない点である。

 つまり、福沢諭吉本人が「城を枕に討死にすべき」と述べてはいた(第十段落)が、現実の降伏それ自体を非難していない

 したがって、福沢諭吉は現実における一億玉砕以外の選択を十分許容していることが分かる。

 このことから、勝海舟に対する批判も「降伏のタイミングが早い」という批判であって、「降伏すべきではない(=江戸城を枕にして死ぬべきであった)」というものではない、ということが分かる。

 

 

 この点を確認して、次の段落に進んでいこう。

 しかし、ある程度の分量になったので、残りは次回以降に。